喧嘩の負けかた
「俺と・・同じ、召喚された人間・・・」
確かにイアから聞かされてはいたが実際にお目に掛るとは
それにしても何故シャルは蒲生竜也を睨み続けているだろうと疑問が湧いたが
答えはすぐに分かった気がした
「ほらよぉ!もっと抵抗しろや!!つまんねぇだろがッ!」
もう決着が着いているが未だに仲間をけしかけるのを一向にやめようとしない
弄んでいる、相手は戦意を喪失しているのに
「こ、こうさっ・・ぁがっ!!」
今、明らかに降参を宣言しようとした相手を攻撃して言わせなかった
嬲って楽しんでいる
「はぁあーあ、ツマンネ・・ハイクラスの連中ぶっ壊しちまったから
わざわざ降りて来てやったのによぉ・・・ざっけんなよッ!!!」
「もぉいい・・やれ」
癇癪を起したように喚き散らしたと思ったら
次の瞬間、心底興味を失ったような無感情な声で命令を下した
その後は一瞬だった、目で追う事も出来ないほどにズタズタにされ
相手チームは消えてしまった
「んあぁぁーあ・・おい!早く次のヤツ出てこい!!」
ダルそうに伸びをした後にまだ続けるつもりらしい周囲に怒鳴り散らしている
あんまりな光景に観客も顔を見合わせ、ざわつき慄いている
「イア・・あいつは・・・」
「はい、無作為に召喚し、バグやモンスターを退けてくれていた人・・ですね
こちらの世界においでだとは・・・」
「おい!早く次だって言ってんだろ!!来ねぇなら片っ端から潰してやろうか!?」
スッと観客席の一角を指差している、まさか無抵抗な観客まで襲わせるつもりか?
アイツ・・・レジェンドやハイクラスをこんな調子で崩壊させて
壊す相手を探しにここへ降りて来たのか・・・
隣を見ると我慢できないと言わんばかりにギリギリと歯を食いしばっていたシャルが
「・・めろ、ぃやめろぉぉぉぉっ!!!」
観客席から飛び降り向かって行ってしまった!
「おい!お前・・・やっぱりまだこんな事を続けていたのか!!」
「あんだぁ?テメェ・・・?」
鬼気迫るシャルと打って変わって竜也という青年は
小指を耳に突っ込んでかったるそうにシャルを見ている
「戦意が無くなった相手を逃がすでもトドメを刺す訳でも無く
生かさず殺さず追い詰めて痛めつけるこの下衆がッ!!」
まずい・・相手との実力差は圧倒的だ
あんな逆鱗に触れるような事を言ったら・・・
観客席の手すりを握り逡巡する
(駄目だ放って置けない・・!)
「イアはここで待っていてくれ」
「えっ!?で、でも」
「いいね?あいつは危険だ、場合によっては宿に避難してくれ」
階段を降りて回り込んでいる時間は無い
シャルと同じように客席から身を乗り出し飛び下り、いや落ちた
「シャル!!」
「ダイスケ!?ダメッ!!こいつは危ない・・」
「だから来たんだ!!」
「なんだよ次から次へとよぉ確かに誰でもかかってこいっつったけどよぉ
雑魚1匹とイカれたオッサンかよ・・・」
飛び入りだがモニターは参戦者として認識したらしく、表示を変えた
【蒲生竜也 VS 春保大輔】
「おい、おいおいおい!!オッサン、botじゃねぇのかよ!!
馬鹿みてぇなアクセつけってっと思ったらプレイヤーかよッ!!」
モニターの名を見て相手、竜也の声に邪悪な喜色が混じる
「退屈で堪んなかったんだよ!オッサン!喧嘩吹っかけに来たって事はヤれるんだよなぁ?」
ニヤァと笑う竜也に気になった問いを投げる
「退屈ってバグの処理はどうしたんだ?下層に湧いていたぞ
上層にも湧いてる筈だバグを放置して退屈も無いだろう」
それにと続け
「この世界のトップなんだろ?もう闘わなくても権限は充分の筈だ
わざわざ下層に来てまで何故NPCの人を痛めつける!?」
だが言葉が終える前に
「っぜぇぇなぁ!!!説教垂れてんじゃねぇ!!バグだとか知るかよ!
ぶっ壊せるもん壊して遊んで何が悪ぃってんだよ!!」
あぁ、久し振りだ・・・この会話が成り立たない感覚
向こうに、取り分けネット上にうじゃうじゃ居たなこういう手合い
コイツは紛れもなく現実から来た奴だ
「無駄だよ、ダイスケ。こいつに何言っても無駄」
「あ?お前ゲームキャラの癖に生意気な口利いてんじゃねぇぞ!」
「そう、アタシはゲームの世界の住人、自覚も違和感も感じなかった
お前に会うまでは・・・ッ!!」
シャルは握りしめた棍を構えながら続ける
「破竹の勢いで上層まで上がって来た猛者、目の当たりにすれば
決着が着いた後も攻撃を命令し続け相手を倒すんじゃなく壊すよう仕向ける性格破綻者
アタシはそれに違和感を覚えて自分を持ったんだ!」
シャルの言葉に興味がとうに失せた玩具を見るような目でシャルを見て
悪びれずに言い放つ
「あぁお前俺に逆らったあのゴミか、思い出したわ
んだよ、またぶっ壊してゴミ捨て場に捨てて欲しいんかよ」
「おまえはぁぁぁッ!!!」
ダッと踏み込み竜也へ構えた棍で殴りかかろうとするシャルだが
だんっっッ!!!
何かが強く衝突した嫌な音が響き
シャルと思しき人影があっさりと地に伏せる
竜也の率いるメンバーにあっという間に倒された
(何が起きたか見えなかった・・・)
シャルが動かない、完全に倒された訳ではないようだが気絶してしまったようだ
茫然とする俺に勝ち誇るように
「そいつなぁ?初期配布されるSRだぜ?こいつらは完凸済みのぶっ壊れ性能SSRだ
勝負になるわきゃねっだろがよぉ!!」
それになぁとニヤと嫌らしく笑い
「俺の異能は強化だ!下僕の全能力を10倍以上まで引き上げられるんだぜッ!?」
異能・・・忘れてた、俺は何も与えられなかったが
俺以外の召喚された奴は何かしらの能力を貰っているんだった・・・
「テメェもなんか異能があんだろ?見せてみろや!オラ!かかってこい!!」
両手をクイクイと動かし挑発されるが・・俺には・・
「俺は貰っていない・・」
「あ?」
「異能を与えられていないんだ、俺は」
そう伝える俺に竜也は顔をしかめ
「俺は教えてやったのにテメェ!隠してんじゃねぇぞ!!」
「違う!本当に・・ッ!」
弁明する俺に呆れた溜息を吐き
「おい、そこにすっ転がってるゴミ、始末しろ」
「なッ!?おいッ!!」
「主命、承りまして御座います」
焦る俺を余所に
銀色の鎧と同じく銀に輝く槍を構えた女性が感情の薄い声で了承する
どうする・・?この連中はモンスターと違って体当たりなんて効かないぞ・・・
このままだとシャルが・・・・
考えられたのはそこまでだった
仰向けに倒れるシャルに槍を構え近づいてくる死の化身
(俺に出来るのはッ!!)
足が地面を蹴りシャルに覆い被さり庇う態勢をとる
「はぁ?なにやってんだ?あいつ・・・構わねぇやれ」
「ハッ!」
背中に鋭く槍が叩きつけられる
(ッぐぅッ・・・)
痛覚を和らげる疑似体でも痛みを感じる程に痛烈な一撃
歯を食いしばり執拗に背中を襲う痛みに耐える
気を失っていたシャルに意識が戻り
眼前の槍で滅茶苦茶に斬られ殴られている俺を見て悲鳴を上げる
「なッ!何やってんの!!ダイスケ!!ど、退いて!死んじゃうよ!」
酷く動揺するシャルを見て思い出した
イアはちゃんと大人しくしているだろうか
蒲生竜也、アイツは本当に危険だ
自分達がこの世界に居る要因がイアにあると知ればなにをするか
辛うじて動く首を回し観客席のイアに目を向ける
イアは大量の涙を流しこちらへ向かって来ようと手すりに手をかけていた
瞬間、イアと目が合った、気がする
『く・る・な』
敵に悟られないよう仮面を解放し口だけ動かしイアに伝える
何を伝えたいか判ったのだろうイアは首をぶんぶん振り
尚も手すりを越えようとしている・・・だが
『た・の・む・こ・な・い・で・に・げ・て』
必死に伝え続けイアの姿が見えなくなった、へたり込んでしまったのだろう
それでいい・・・思っていると
「お前、マジで能力ないんかよ?」
黙って観察していた竜也が声を上げる
「へぇ~オッサンだからかねぇ・・悲惨なもんだな。あぁ、そうだ」
そらっ!と掛け声を出すと
「ぅぐっ・・・」
腹部に鈍い痛みが走る、見ると
シャルの膝がワキ腹にめり込んでいる
「ぁ・・え・・な、んで・・・」
一番困惑しているのはシャルだった
「く・・くっははははっは!!
よぉ!見えっか!?コレなんとかってゆー石なんだけどよぉ
要はガチャ石な、んでこいつが有償石になッとよぉ
相手のユニットを引き抜けるんだなぁ!この世界はッ!
そらッ!休むな!蹴り上げろッ!」
「・・・・・は?」
(ソシャゲで?課金で相手の手持ちを奪う?)
「ひゃーーーッ!そうそうそう!そういう反応になるわな!そりゃあよ!
マジもんの札束での殴り合いだぜ!?イカれてるよなぁ!?
おっと、やれッ!あばら殴れッ!折っちまえ!!
へっへ・・ま、んな仕様だからこの有り様なんだろうがなぁ!」
ゲラゲラと笑いながらこの世界について蒲生が講釈を垂れ続けている間にも
シャルの拳や膝が鳩尾やワキ腹に何度も突き刺さる
「ゃ・・やだ!やめて!やめてよ!!アタシこんな!やだぁぁッ!!」
泣きながら叫ぶシャルにすっかり枯れてしまった喉を絞り
「だいじょ・・ぶだ、あんま・・いたみかん、じないか・・ら」
「いや・・ぃやだよぉ・・ごめっ!だい、すけぇ・・ごめんな、さいっ」
「お?はっ!ははは!くっはははは!お前そんな面白れぇリアクション出来たのかよ!」
泣きじゃくるシャルをみて竜也が心底愉快そうに笑う
だが
「あぁ笑った笑ったぁ・・おい、もういいぞ!飽きたから」
とどめを刺せという事だろう
とんでもない野郎だ、他者を痛め苛む事を心から楽しんでいる
ぶん殴って・・やりたい・・・
心の底に湧いた敵気心とは裏腹に身体は蓄積された鈍い痛苦に支配される
体力の限界から四肢は惨めにも震えていた
不意に肩、肘から力が抜けガクッとつんのめってしまった
(これはちょっと・・・どうにもならない、な・・・)
「シャル・・・」
肘を突いた事によりシャルと顔が近くなった事を利用し
敵に悟られぬように小声で話しかける
「だ、ダイスケ!?大丈夫!?あ、アタシ」
不可抗力とはいえ無遠慮に近づけた顔に眉を顰める事無く聞こえる心配の声に
(やっぱ良い子だよな)と、変に達観した感想が頭に浮かぶ
嫌に落ち着いているが、死ぬ間際は案外こんなものなのだろうか
この世界で死んでも現実で目覚めるだけだが
だからこそ、こんな提案でも迷わず出来る
「落ち着いて聞いてくれ・・相手は止めを刺す為に
槍で突き刺してくる筈だ・・ぅぐっ」
「大輔!口から血が・・」
鉄臭いと思ったが血を吐いたらしい、それでも伝えなければ
「頼む、頼むから聞いてくれ・・・
奴が槍を振り下ろしたら俺を相手に向かって思い切り蹴り上げてくれ」
「や!、なに!なに言ってんの!?」
唐突な馬鹿げた提案にシャルの瞳が揺れ顔が青白くなっていく
「槍が俺に食い込んで簡単には抜けなくなる筈・・だッ・・
それに俺の体がッ・・目隠しや目眩ましにもなるかも、だ・・・」
今のシャルは蒲生の制御下にあるが完全ではないようだ
極限状態なりに観察していると
先程から槍でおもくそシバいてくる奴は指示が無くとも
メッタメタに振り下ろしてくるが
シャルは蒲生の「やれ!」だの「いけ!」だのの言葉の後で攻撃動作に入っている
ならば隙がある筈
虚を突けば蒲生のシャルをコントロールする術も
追い付かない・・と良いが、それは賭けになるか
「やだ!やだ!やだ!」
シャルの目にみるみる涙が溜まって凄い事になっている
聡いな、思惑を理解しているようだ
「連中が俺に気を取られている内にイアの元へ向かって走って・・
一緒に逃げてくれ・・会場の外へ、違う階層へ
追い縋ってくるならイアの能力で別の世界へ・・・
奴にむざむざ殺されるより・・・」
「ダメ・・逃げるなら一緒にッ」
「そりゃあ・・無理だな・・ちょっと体に力が入らないからな」
はは・・と力なく笑ってみせる
「動かない体でも一瞬の目隠しになるなら
小太り体型も案外役に、立つって訳だッ・・な”・・」
喉に血が絡んで噛んでしまった。最後なのに締まらないな
「短い付き合いだけど・・さ。最後の頼みって事で・・な?」
シャルは答えないが目を伏せ唇を戦慄かせている
どうするべきか考えてくれているのだろう
「無力でありながら圧倒的な窮状において尚
護る意思が揺らがなかった。見事、誇って逝きなさい」
ぽつりと、槍を振り下ろしていた女性がそう告げ
派手に構え直した槍を突き立てようと上体を逸らせ勢いをつける
(あぁ・・・でも・・・)
槍が背に向かってくる気配を感じながら俺は蒲生竜也を睨み続けていた
(叶うなら・・・・・)
奥歯を食い締め、益体もない負け惜しみが止まらない
(ぶん殴ってやりたい・・あの屑を)
痛みで感覚がとうに失せた腕に力を込め
ニヤつきながらこちらを見る蒲生竜也を睨み
背中に無情な一撃を感じた刹那
目の前に広がる世界が一変した
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




