ランクマッチの挑みかた
翌朝 目を覚まして横になったまま首の筋を軽く揉んで身を起こす。屋内とはいえ硬い床で寝た為、背中がややがギシギシする
とはいえ、慣れぬ環境で確保できた安全地帯だからか
『ジゥ……ジゥ…シューーーーッッ!!!』
一定のリズムで吼える蒸気の音も気にならず割としっかり睡眠を取れてしまった。
「う”ぅ”~~んっ!くぁ……」
身体を伸ばして血流を全体に巡らせて起床に移るが、重い感触を膝に感じて目をやると
「ぅふ…んふ…んぅ……」
爆ぜる蒸気もなんのその、イアが俺の膝を枕に敷き口を半開きにして熟睡していた
「寝るときは腕にくっ付いてた気が……つか、膝なんかで寝るから首が直角になってるし…首痛めるぞ、えーと…」
いつの間にか俺の膝を枕に寝ているイアの頭をそっと持ち上げ
「ちょいとごめんなさいよ…っと」
「むぃっ……」
傍に折り畳んでおいた俺の外套の上にイアの頭を設置する
「ん”ぅ”ぅ”ぅ”~~……」
丁度いい高さにしたはずだがイアは眉間に思い切りシワを寄せて憤る
「なんで逆に寝づらそうにしてんだよ……」
「はよ~っ」
「あ、おはようございます」
既に起きていたシャルと挨拶を交わす
(もしかして見張りをしてくれてたのかな、俺としたことが気が回らなかった…!)
艦内とはいえ治安のほどは分からない、シャルに見張りを任せて早々に寝てしまった己を反省した。
前の世界から持ち込んでいた干し肉と水分を除外して保存期間を延ばしたパンを取り出して朝食の用意をしていると、イアもモソモソと起きてきた
「おあよぅござまいしゅ…」
「はよ~っす!」
「おはよう」
保存期間の確保と引き換えに水分を犠牲にした干し肉とカッサカサのパンで軽めの朝食を摂りながら今後の予定を立てる
「やっぱり闘技場に参戦ですよね?上層に行く為にはどれくらい順位を上げればいいんでしょう?」
頬を食べ物でパンパンにしながら言うことではないが、イアの疑問はもっともだ
「んっとね、アタシらは昨日登録した最底辺だから今は60万位周辺ってとこかな」
「ろっ!!?」
「くっ!!?」
イアの問いに対し、周知の事実のように開示された数字にイアと並んで叫んでしまう
「あっはははは!!2人共息ピッタリじゃん!でもでも、そんなに悲観的にならなくてもいーと思うよ」
シャルは少し神妙な面持ちになり
「…だいぶ前からね、ランクの変動は殆ど無いんだ。多分キミ達の言うサービス終了ってヤツの影響だと思う」
(そうか、サ終したから挑戦者が消えたんだ、闘技場へ挑む者なんか居る訳ないか)
ならば追い抜き追い抜かれ、バチバチに競り合う事はないはず
終わった世界独特の寂鬱感と不毛なランク争いは避けられるだろうとの希望を綯い交ぜに抱いて、干し肉を口に放り込んでパッパと手を払い立ち上がる
「よし!じゃあ行ってみましょうか!」
「おーっ!やる気でいいねっ!」
ーーーーーー
頼りない電灯が薄く照らす通路を抜けて闘技エリアへ向かう
辿り着いたのは割れた電球で囲われた鉄板に親指を立てて参加者を迎え入れる図が描かれた看板が掲げられている大部屋
──闘技場の受付ロビーだ。
「おう!兄ちゃん!エントリーすのるかい!?ヨッシャ!最近は上を目指そうって奴がとんと現れねぇ、歓迎するぜ!」
敷居を跨ぐと「がっはっは!」と厳ついオジサンがデカい声で手を大きく振りながら豪快に案内してくれる
「はい、お願いします」
雲丹のようなトガった髭を乱雑に生やし、ピッチリしたTシャツから伸びた丸太と見紛う腕を組んで「よく来たッ!」と笑っている
うーん、ゲーム世界はオジサンも個性が立ってるな、同じオッサンとして見習いたい
登録の際に貰った電子通貨の積み立てができるカード、それがそのまま選手としての身分証明になるらしく自分とシャルのカードを提示して参加の意を示すと
カード、俺、シャル、またカード、俺、と順に見比べたオジサンが
「おい、出場するのは2人かい?」
目を丸くして意外そうに聞いてきた
「え?そう、ですけど…」
「そうか、まぁ、いいんだけどよ…」
万年筆の頭でこめかみをカリカリと掻きながら眉をひそめるオジサン
何だろうその反応は……気になる
「あの2人だと何かマズい、ですか?」
「ん?、いや!全然悪いってこたぁねんだけどな?闘技場は5人まで登録出来っからよ!頭数が揃わねぇで参加して構わねぇのかなって思っちまったんでぃ」
「えぇッ!?……ちょ、ちょっと待っててください!」
初耳の情報に急ぎ後ろで待っているシャルに確かめようと振り返り
「あ、あの!」
「うん、5人まで」
みなまで言う前に、食い気味で答えられてしまった
「あ、あとSランク以上は最大8人で戦うルールになるぜ!」
すかさずカウンターからオジサンの補足が飛んでくる
「うおおぉぉぉっッ!!!」
トンでもない新情報に天を仰ぎ慟哭する。規定数の半分以下なんてどう考えても数的に不利すぎる!!
「あ、あの!私も参加…」
「それはダメ!」
イアが挙手して立候補するが即却下する
「ん~~ッ!!」
ぷっ!と頬を膨らませ抗議するイアに取り合わず、シャルに話を振る
「あの、人数で不利ってのはマズいんじゃ」
「だいじょぶだいじょぶ!下位のリーグは最大人数での出場チームあんま居ないし、ほら!アタシ結構強いし!」
知ってるっしょ?とウインクされる
たしかにバグの一件でシャルの動きは見た、俺とは比較にならない戦闘に熟達した躍動だったが…
「でもま、どうしてもってんなら募集しても良いんだけどぉ」
「でっ!出来るんですか!?どうやって!?」
藁をも掴む勢いで聞くと
「あんねぇ、酒場で綺麗な石をばら撒くと人が見に来て、その人達をスカウトすんの」
綺麗な石、スカウト……つまり募集?
あれ?もしかしてそれって……
ソシャゲで一番の楽しみでもあり、最悪の苦しみでもある
全ユーザーの公平性を謳うソシャゲに於いて、唯一の不平等の権化
───ガチャ?
「そ、の…綺麗な石って、もしかして虹色、だったり…します?」
最高レアリティの人材が排出される際、画面が虹色に光る演出が多数あり
それを意識してか、ガチャを実行するのに必要な石も虹色に輝くものが多い印象だ
「あり?ダイスケ知ってんの?そうそう!詳しくは知んないけどあの石、チームリーダーがいつの間にか持ってんだよね!」
「天窮石な」
オジサンが補足してくれる
「あー、確かそんな名前だっけ、ねぇ~おじさん、どっかに隠してなぁい?ちょっと融通してよっ!」
しなを作ってシャルが尋ねるが
「バカヤロ!んなわけあるか!アレはもう何処にも出回ってねぇよ!滅多なこと言うな!ったく!」
オジサンに怒られた。NPCにとっても課金要素の最たるものという認識が根底にあるのか、割とガチめに釘を刺された
(まぁ、いきなり「金を寄越せ」って言ってるよーなもんだもんな)
「ちぇっ駄目かぁ…ま、だいじょぶっしょ!いこいこー!」
「えぇ!?」
シャルは切り替え早く見切りをつけると、俺の腕を掴んで選手通用門に連行して行く
(別に痛い感じで掴まれてないのに凄い力で抵抗できない…!)
「わたしー!観客席でー!おーえんしてますねー!」
シャルの物理とイアの声援に押されて闘技場本殿へと向かう
相手チームを待つ控室から、真っ直ぐと続く廊下を抜けると
金網で囲われ下は鉄板が敷き詰めれらた、リングと呼ぶには寒々しい舞台が大きな照明機材で照らし出されている
闘技場というよりは違法の地下格闘技場のほうがしっくりくる
中央には大きなモニターが据えられており、そこには
【春保大輔 VS J815991】
(あの英数字が対戦相手の名前……?そうか!この世界にはもうユーザーは居ないんだったな)
つまり相手はユーザーが少ない時に投入される数合わせのbotプレイヤーだろう
だとしても相手は怪物型とは別物の人間型のはず
(この間の鼠人間との戦いとはなにもかもが違うんじゃ……)
相手がbotであろうと初めての対人戦に緊張する俺に、棍を肩に担いだシャルが声を掛けてくれる
「もぉ~、そんな深刻そうな顔しなくてもだいじょぶだって!」
「はい…分かりました…」
「だっはは!全然分かってない!」
そんなやり取りをしていると相手も舞台に上がってきた
人数は1、2……案の定5人居る、初戦から最悪の展開だ…
身なりもしっかり整えており剣を持ったツンツン頭に斧を担いだ大男、自分よりも巨大な盾を構えて鎧を着込んだ女性、その3名の後ろにマントと杖を持った目付きの悪い男と僧服を着たチョビ髭が布陣している
典型的で完成された編成と相対し始まる前から戦意が削ぎ落されていく
こっちは2人とはいえ俺は戦力にならない、実質シャルのワンマンチームだ
(せめて俺が囮になって気を引く?それとも前に出て盾になるか?)
そんな事をぐるぐると考えていると
二階席で蝶ネクタイを締めてサングラスを掛けた司会者が試合前の口上を述べ終わり『レディ……』と開戦の合図に入っている
「も、もうっ!?え、ど、どうしたらっ……!」
『───ファイッッ!!!!』
わたわた1人で慌てふためいていても俺の準備を待ってくれる者は誰もおらず
≪…ッカーーーーッッン ッッ!!!≫
開戦の宣言と共にゴングが鳴らされた
「始まっちまった……!よ、よし!いくぞ!」
悲壮な覚悟を持って一歩を踏み出す前に
隣からドッ!!っと凄まじい音がしたと思った瞬間───
凄まじい速さで相手の中枢に肉薄し棍を大きく素早く薙ぎ払って陣形を滅茶苦茶に崩壊させ、5人を瞬く間に倒して
「ニッ!」
こちらへ余裕のVサインをしたシャルが居た
「だぁっから、言ったっしょ?だいじょぶだってぇ!」
その言葉の通りシャルの単騎駆けで勝負がついてしまった。
モニターに数字が映し出されている。自分達の順位を示す数値が3000程減り、順位の変動を祝うメッセージが表示されていた
「お~!この調子なら今日中にミドルクラスに上がれるねぇ」
「今日中…ですかっ!?」
「勿論!余裕だよっ!」
その言葉と自信に偽りは無く、それからの4戦をシャルの活躍で危なげなく勝利した。
そして、あれよあれよとDランクのトップと当たる時が来た
(まさか初日でクラス昇格戦に挑めるとは…)
情けないのは自分が全く勝利に貢献できていない事か。こんな体たらくで よくもイアに参加するなと言えたもんだ
俺が沈んでいるのを察したのかシャルが
「まーだ何か気にしてんでしょ?イイんだよ、数合わせだけで助かってんだからさ!だからわざわざ舞台に上がんなくても……」
「いや、何も出来ないのは自覚してる、けどシャルを1人で放り込んでおきたくないんだ、いざとなったら身代わりでも囮にでも使ってくれていいから」
俺の言葉にシャルは一瞬、キョトンとした顔をして
「変なヤツだねぇダイスケはぁ」
なんだか ぎこちない変な笑みを浮かべた
「は は は いや 健気な事ではないですか 実に、結構」
割って入るように突如、聞こえた笑い声に身構える
いつの間にか相手チームも舞台に上がっていた、が
(一人……?)
舞台の上には豪奢な着物を着流し、涼やかな目をした美人が一人、佇んでいた
こちらの訝しむ視線に気付いたのだろう、静かに笑い
「あぁ、其方らのお相手は私一人ですがどうかお気になさらず……元より勝負をお譲りする腹積もりでありました故。」
よく見ると相手側の舞台の下に質素な着物の人物が控えているが、モニターの表記では既に棄権した事になっていて相手の参加選手は眼前の麗人だけだ
「あっしの事はお気になさらず」
棄権扱いになっている人は舞台下から「どうぞお好きに」と首に掛けた手拭いで額の汗を拭っている
「へぇ、随分と親切なんだね、こっちは有難いけど。どーゆーつもりなのかな?」
シャルが油断なく棍を握りながら問う
「いやなに、其方らがそこいらの凡百ならば 玉薬で彩ってやろうと思っていたのですが」
麗人は俺をジッ…と見詰めて端正に整った口の端をクッと歪めて笑みを作り
「つかぬことを御聞きしますが そちら様は何処からお出でで?」
「お、俺?俺は……」
突然の問いに たじろいでしまう、どう答えたものか、違う世界から来たなどと言えるわけも無し。ここは東の国の名も無い田舎だと適当に誤魔化そうとすると──
「この世界ではない別世界。で、ございましょう?」
ゆったりとした落ち着いた声、だが有無を言わせぬ圧も含まれている
あの目は確証を得ている凄みがある。下手な嘘は自分の首を絞める事になると思い、彼女の言葉を肯定する
「……そうだ、詳しく言えと言われても説明は難しいが」
「あぁ それは結構です 私は貴方様が他と違うか 否かを 確認したかっただけですから」
曖昧な返答に楚々と礼をし目だけで笑ってみせる
蠱惑的で惹きこまれそうな美しさだがそれ以上に得体のしれない怖ろしさを感じる
彼女は口元を扇子で隠し「ふむ」となにやら一考し
「あれを除去する可能性が あるやもしれぬ者ならば……」
…?アレとは何を指しているんだ?バグの事だろうか
「ふーん…ま、言いたい事は分かったよ、それでも普通はさぁ「お前達の力を試してやる~」って、手合わせくらいするもんじゃないの?」
訝るシャルの言葉に対し、麗人は口元の扇子を少し拡げて「くく」と笑い
「私に普通を説くなど栓無きこと、ですが敢えて言うなれば…私は彼奴めが肝を潰す様を視たいだけ」
麗人はチラリと俺を見て
「貴方様にそれが可能かは測りかねまするが この現を抜かした世で、可能性を示す存在に初めて見えたのです 所詮、全ては運否天賦 なれば分が悪くとも勝てば胸が梳く方に賭けるのみ」
「…さて長話は好きませぬ故、私これにて失礼致します。」
「あの詰まらぬ餓鬼の癇癪に比ぶれば 大殿のうつけなど大望を抱く者の些末な悪癖と流せましょうぞ。あれに見える凡夫はどう立ち向かうのか……」
最後に俺の瞳を真正面から見据えて何事か呟くと
スッと見惚れる様な所作で美しく一礼し、ニィと彼女が笑った瞬間─────
『ボッッッオォォォッッ!!!!!』
視界を覆う閃光と爆風、爆音が鼓膜を揺らす
「じ、自爆…!?」
顔を庇った腕の隙間から覗くと人影は無く、彼女が立っていた場所に残る焦げ跡と吹き上がる黒煙のみが
何処へ消えたのかを全て物語っていた
【UNDER ⇒ MIDDLE】
【Rank UP!! Congratulations!!!!】
呆気に取られる俺達の横ではモニターがミドルクラスへの昇格を表示していた。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




