町への帰りかた
『コヒュー・・ハヒュゥー・・』
疲労困憊の荒い息が間の抜けた音を立て、砕かれた顎と喉から抜けていく
はぁ~・・この抜けた甲高い音、笛ラムネを思い出す・・・
強く吹こうとして咥えたラムネを吹っ飛ばした事もあったなぁ
この数時間でわが身に起きた荒唐無稽な出来事から脳を守る為
昔日の駄菓子屋での思い出に逃避する
(・・・ッ!)
などと馬鹿な事を考えている場合では無い!
イアはどうしただろうか!?無事なのかと
ガクガクと軋む首をゆっくりと動かしイアの姿を探すと
「ぐっしゅぅ・・ぅぅ~・・・」
涙その他諸々で顔をぐしゅぐしゅにしたイアが
未だ、足に力が入らないのであろう四つん這いでよろよろと近付いて・・・
ガバッ!!
凄い勢いで抱き付いてきた
「うぇぇ・・ッ!わあぁぁぁん!!
よがっだッ!ゔゔ、びょがっだでじゅぅぅ!」
びぇんびぇん泣いて後半は何を言ってるか最早分からない
「ひゅじへひょかった!」
「おぉ・・はいはい、はは・・・」
尚も縋り付き泣きじゃくるイアの背中を撫で互いの無事を喜ぶ
・・・顎がブラブラしてるから俺も何言ってるか分からないな
顎が砕け両腕もボロボロだが飛び上がる程の痛みはない
強いて言えば麻酔が切れかけて戻ってくるジクジクとしたあの微妙な痛みだ
アバター体で痛覚を抑えられてて本当に助かった
こんな大怪我がもたらす激痛、下手したらショック死してたかもしれない
未だウォウォウ泣くイアに薬草を擦りこんでもらい
なんとか歩けるまでに回復する
顎は未だブラついたままだが・・・
ボロボロの身体を互いに支え合いやっとの事で町へと向かう
ーーーーー
「ッは!あぁぁぁ・・・」
「ふゅうぅぅぅぅ・・・」
無事に町へ辿り着き
深い溜息と共に広場のど真ん中に座り込む
五体を投げ出し「あ”ぁ~」とが亡者が如く魂が抜け出るような声が喉を震わせる
「・・・ん?あれ?」
顎が・・治った?、カチカチと嚙み合わせる
「おぉ・・」
腕の怪我も治っている、グゥッと伸びをして改めての無事を実感する
「町ではが傷が全快しますからね、助かりました」
イアも地面にペタッと座ったまま安堵している
拠点に戻ると傷が治る系のゲーム世界で良かった
顎と腕をぷーらぷらさせながら町中を闊歩する訳にはいかない
特にこれから向かう場所には・・・
「ここか・・」
町の中心街の古くも立派な建物
掲げられている看板には『ギルド連合』
行方不明の人たちを探すとの依頼を受けた以上
元凶を断った報告をすべきなのだが
・・・しかし、どう伝えたものか
バグを潰したところで被害に遭った人は戻らない
ヒルメになんと言えば・・・
答えが出ぬままドアを開けると
ギルド内部は広く、酒場が併設されていて随分と活気づいている
内部を見回すと見知った姿を発見した、カウンターで帳面に何か記している
「あの・・」
カウンターへ近づきヒルメに声を掛ける
書き物をしていたヒルメが顔を上げ、こちらを見る
「まぁ!初めまして、ギルド連合へようこそ、
ギルドへの登録をご希望でしょうか?」
(・・・・?)
初めまして?一体なにを・・・
「えと、行方不明の人についての、依頼を・・」
「あ!ご依頼の方でしたか!」
「え?はい」
「でしたらこちらの用紙に依頼内容と報酬を明記して、あちらのボードへ・・」
何を・・言っているんだ?
尚も依頼の出し方の説明を続けるヒルメに困惑していると
「あの、ごめんなさい!間違えました!」
イアが割って入り頭を下げ、そのまま腕を引かれ表へ出る
「ど、どうした!?いや、ヒルメも一体何が・・」
外に出て蝶番を軋ませるギルドの扉を振り返りながらイアに問うと
「・・・修正、です」
震える声でイアが呟いた
「世界がヒルメさんの居なくなった人に関する記憶を修正したんです」
「え!?なんで!昨日は確かにっ」
「ヒルメさんは消えた人の心配を続けて記憶を保っていました、
恐らくですが私達に話を信じて貰って捜索を依頼して・・安心して、だから」
「そんな・・」
ずっと消えた人を心配して悩んで
心に強く焼き付けておかないと記憶が消される・・・?
「記憶を保持し続ける事は出来ないのか?」
イアは少し考え
「私達と同行し、この世界の仕組みを理解すれば・・
完全にシステム外の存在になり記憶の修正から免れるでしょう、けれど・・」
目を伏せイアは絞り出すようにか細く続けた
「それは同時に、帰る場所を失ってしまう、という事に・・・」
イアの説明に疑問が湧いた
「それって俺達は完全にシステム外の存在って事だよね?
俺達は記憶の修正を受けない、それは分かる
だけど拠点で傷が治る、あれもシステムの影響の筈だけど」
「修正は不具合を排斥する世界の数少ない自衛手段なんです
バグや私、大輔さんのようなシステムから逸脱した存在は
世界では最早、手出しが出来ないんです」
「拠点で傷が治るのは恩恵ですね、世界システムは私たちの敵ではなく、
飽くまで不具合を修正している、んです。
NPCが存在しない人の記憶を保ち続けるといった軽度の不具合・・・を治す、
自浄、作用の・・一環・・・ッ」
「ごめん、辛いことを言わせたね、ごめん・・・」
涙を流すイアの肩にそっと触れる
恩恵は受けられるが排除はされない・・か、都合がいいのは結構な事だが
振り返りギルドの窓から微かに見えたヒルメは朗らかに同僚と談笑していた
昨日の憔悴していた姿はもう無い
知人を想い苛まれ続けるのが良いか、悩みごと忘れてしまえた方が良かったのか
どちらが彼女にとって良い事なのか、俺には終ぞ判らなかった。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




