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6.何も知らない君へ嘘をつく〜ジャルイ視点〜

――何度も、何度も、何度も、俺のアオサが死んでいった。


目を背けたくとも、頭の中に直接その瞬間が飛び込んでくる。



『アオ‥サ…、アオ、アオっ―――』



冷たくなっていくアオサの体を抱きしめ叫んでいる俺の声に、一人で立ち尽くしている今の俺の声が重なる。




この記憶は今の俺のものではない。

だが、この苦しみは俺のものだ。



――これは現実に起こったこと。



『魔唱玉』が時間を巻き戻したという逸話は真実だった。


『アオサを助けてくれっ…』と魔唱玉に縋りついている俺は、……もう正気ではなかったようだ。


そして俺の願いは叶えられ、すべてがなかったことになる。しかし俺は巻き戻った記憶がないから、ただ同じことを繰り返すだけ。



何度も、何度も、残酷に殺されたアオサ。


……俺のせいだ。




『魔唱玉』がなぜ発動したのか。

悲惨な死が必要なのか、それとも俺の精神の崩壊がきっかけなのか。

そして、どうして玉についた血だけは今回そのままだったのか……。


たぶん、玉自体は巻き戻っていないのだ。



魔唱玉は俺に見せてくれた。

最後に巻き戻った時の俺が『これが さい…ごっ』と玉に書き殴る場面を。



そっと触れると、玉が帯びていた膨大な魔力が殆どなくなっていることに気づいた。


きっと最後の時の俺は玉から何かを読み取ったのだ。そして、時間を巻き戻せる玉の魔力がもう残り少ないことが分かった。だから『もうやり直せない』という意味であの血文字を書いたのだ。


消えてしまうかどうかなんて考えなかったのだろう。……もう狂っていた。


『アオ、アオ…。また、会いたい。永遠に一緒…だ…』と笑いながら、アオの血がついた自分の手を愛しそうに舐めていた。



――その気持ちは痛いほど分かる。





もう巻き戻れない。けれど、アオサはまだ生きている。


なんとしても助ける、運命を変えてみせる。どんな手を使ってでも……。





それから俺は秘かに調べ、黒幕が王妹ベルガナだろうと判断した。


アオサにはなにも言わなかった。

時間が巻き戻るなんて誰も信じない。

『殺されるんだっ』と教えたら、ただ怯えさせるだけだ。


二人で逃げるという選択肢も考えた。しかしあの残忍な殺し方を見れば、ベルガナは地の果てまで追いかけてくると思った。


俺がベルガナを選べばアオサを見逃すとも思えない。もしその気があるなら、権力を使って表向きは穏便に離縁させたはず。


記憶がないのに、残酷な死を毎回与え続けた――あの女は狂ってる。



 



いつアオサに魔の手が伸ばされるか魔唱玉は教えてくれなかった。



――だから、今日殺る。



王族付きの侍女を介して、あの女に『お会いしたい』と伝えた。もちろん返事は『いつでも待っております』だ。


 待ってろ、すぐに殺してやるっ……。



王族には加護の魔術が掛かっているが、魔唱玉に残っている魔力を上手く使えれば勝算はある。

それに甘い言葉を耳元で囁いたら、あの女は発情期の雌豚のように何かを期待して、自ら加護の魔術が掛かっている装飾品を外すだろう。


どんな手段を使っても、アオサを今度こそ死なせない。






◇ ◇ ◇



「アオ、今日は魔術師長から仕事を頼まれたから少しだけ残業していく。だから、先に帰ってくれ」

「少しだけなら待ってるわ」


アオサと俺は最近毎日一緒に帰っていた。

俺が残業するときもアオサは、待っていたいからと待ってくれるのだ。普段は、彼女の優しさに甘えて待ってもらっていた。


だが、今日だけはだめだ。



「今日はアオサ特製煮込みハンバーグが食べたいんだよね。だめかな?」


甘えた口調で言う。アオサはきっと俺の好物を作ってくれるはず。


「分かったわ、リクエストに応えて煮込みハンバーグにしましょう。じっくり煮込んだほうが美味しいから、今日は先に帰っているわね」

「すぐに片付けて帰るから」

「待ってるわ。お腹をペコペコにして帰ってきてね」


俺がアオサの頬に口づけを落とすと『職場ではだめ』と叱ってきたが、顔は全然怒っていなくて、むしろ嬉しそうだった。


――俺はこの笑顔を守る。



それから、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、あの女の元へと向かった。






「二人きりにしてちょうだい」


ベルガナは控えている護衛騎士と侍女を下がらせた。

あの女は媚びるように俺を見つめてくる。

完全に俺がここに来た目的を自分に都合よく勘違いしている。


「私に会いたいと聞きましたわ。ふふ、あなたの気持ちはよく分かっています」

「気持ちとは?」

「妻がいるから、本心を隠しているのですよね。大丈夫です、憂いはもうすぐなくなりますから。ジャルイ、私達の仲は国王も祝福してくれます。実はもう話してあるのですよ。驚きましたか?」



 はっ、憂いはなくなるだと…。


気持ちの悪い女だった。自分しか愛せないそんな女だ。


俺はベルガナの背に周り、まずは彼女の髪に刺してある飾りを優しく外す。触れるだけで吐きそうだったが、彼女からは俺の顔は見えていない。


 はっは…、それが分かっていたからこそ後ろに立ったのだがな。



「まだ私達は…、…だめ…」


頬を赤らめて俺を見上げてくる。口ではだめと言いながら、耳飾りを自ら外している。

俺が自分を求めていると勘違いしているが、わざわざ訂正はしない。


すぐに自分の愚かさに気づくはずだ。

次に俺はベルガナの首に掛かっている派手な飾りを力任せに外す。



――ブチッ!



「痛っ…。ジャルイ、もっと優しくしてちょうだい!」

「はっはは、優しいのはお嫌いですよね?ナイフで切り刻んだり、毒でのたうち回ったり、馬車で何度も引いたり。こういう残酷なことがあなたはお好きでした」


ベルガナは俺の様子がおかしいと気づいたようだ。後退りして、椅子にぶつかり無様に転んだ。



「誰か、早く来てっ!」


ベルガナの叫びはまだ誰にも届いていない。

彼女は自ら護衛騎士と侍女を遠くへと追いやった。それもしばらくは絶対に近づくなと念を押して。


いずれは異変に気づくだろう。

それまでに俺は加護の魔術を壊し彼女を殺る。


「今度こそアオサを殺させない」



俺は彼女自身に掛けられた加護の魔術を壊していく。複数人が掛けたものだから、複雑に絡み合って解くことは無理だ。


だから、無理矢理彼女から引き剥がす。

ベルガナの絶叫が聞こえ始める。生皮を剥がされたような痛みが伴うと言うからそうなのだろう。



――ゴフッ…。


俺の口からは鮮血が滴り落ちる。加護の魔術を壊そうとしているから、呪いの魔術が俺を蝕んでいるのだ。

やはりそう簡単にはいかないらしい。肝心の魔唱玉も今回は力を貸してくれないようだ。



「アオ、待っていてくれ。すぐに帰るからな…」

 


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