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2.あと少しだけ…①

あの朝から二週間。


――今回はまだ生きている。


今までは足掻いていたからなのか、死ぬ日は同じではなかったと記憶している。

はっきりしていることは、湖で夫と結婚記念日を迎えられたことはないということだけ。




毎回ベルガナは真綿で首を絞めるように私を追い詰めてから、物理的にとどめを刺す。


精神的に追いつめるのは離縁させたいからではない。

もし離縁が目的なら王命でさせているだろう、王族にはそれだけの力があるのだから。



彼女は私が苦しむ姿を見て楽しんでいるのだ。



ベルガナの愛は歪んでいる。


――もはや狂気だ。



政治的な婚姻なのに、離縁した理由はここにあるのかもしれない。


彼女はあちらの国で一体何をしたのだろう…。


たぶん醜聞になるから隠蔽されたのだ。王族のやりそうなことだから驚かない。 





ジャルイは結婚前から女性達から人気がある。見目麗しいうえに、優れた才能、人当たりのよい性格を兼ね備えているのだから当然だった。

それでも私は嫌がらせを受けたことはなかった。

彼は私に一途なのは一目瞭然だったし私もそうだったから、周囲も温かく祝福してくれていたのだ。



しかしそれもベルガナが現れるまでのこと。


今は周囲の人が私を見る目は厳しい。


『アオサは浮気しているようだ』

『後輩の手柄をアオサが横取りした』

『自分のミスを巧妙に他人に押し付けている』


こんな陰口が裏で囁かれているのだ。

最初の一つは信じなくても積もり積もればみな疑心暗鬼になり、やがて『こんなに噂が出るのならどれかは本当なのでは…?』と思い始める。


名前が出た者達は否定せずに口を閉ざすから、更に噂の信憑性が増す。


『なんで嘘を否定してくれないんですかっ!』と問い詰めたこともあった。けれど、死ぬのが私だけでなくなったのでそれからはもう二度としないと誓った。



いつだってジャルイだけは私の味方だったけど、それでも他の人達から距離を置かれた私は心が疲弊していった。

なんとかしようと足掻いていたからだ。



でも今回は平気。


運命には逆らわない代わりに、愛する人だけを自分の目に映す。

やってみると意外なほど簡単だった。


人は気持ち一つでこんなにも楽になれるのね。

 




「変な噂が立っているけど、大丈夫か?アオ。根も葉もないことだけど質が悪いな。俺から上に抗議して――」

「過保護すぎよ、ジャルイ。自分のことは自分でどうにかするわ、大人ですもの」


彼の言葉を遮って、大丈夫だと告げる。

いつだって彼は私を助けようとしてくれた。彼の胸で泣いたこともあったし、彼に噂を否定してくれるように頼んだこともあった。


でも今回は頼まない。


 少しでも長く私のそばにいて……。 


彼は頼りにされていないと思ったのか、唇を噛み締めて悔しそうな顔をする。


彼がこんなふうに子供っぽい態度を見せるのは私だけ。私は彼の特別なのだと、また心に刻みつけることがあって嬉しくなる。



「でもね、本当に困ったらお願いしてもいいかな?」


こう言ったのは、彼の笑顔を少しでもたくさん見たいから。


「もちろんだ!アオ、いつだって頼ってくれ」

「誰よりも頼りにしてるわ」


こんな会話を交わしながら、小さな幸せを噛み締め大切な時間を過ごしていく。


今までと違って彼の私への態度がより一層甘くなっているように感じる。たぶん、彼と一緒に過ごす時間が増えているから、そう思うのだろう。


 

「そうだ、アオの分も有給休暇の申請をしておいたから。せっかくだから一週間にしておいた。思い出の湖の近くの小屋も借りたし、たまには仕事を忘れてゆっくりしよう。なっ?」

「よく申請が通ったわね?魔術師はそう多くないから長い休みは普通、許可されないのに…」


この会話は初めてだ。たぶん、私が彼との時間を増やしたから。


「あっはは、休めないなら辞めるって脅してみた」

「…えっ、まさか本当に脅したの?」

「ああ、全力で脅した。辞表だって二人分ちゃんとチラつかせた」


悪びれた様子もなく『俺にとってアオが一番で、その他はどうでもいい』と付け加えてくる。

いつもの私なら『思っていてもそんなことを口にしては駄目よ』と嬉しい気持ちを隠して妻として諭していただろう。


でも今回はそんなことは言わない。嬉しいと思う自分に素直になる。



「私の一番もジャルイよ。……二番目はないわ」


彼が永遠の一番、子供はもう望めないから。



「どうして泣くんだ?アオ」


私の頬をそっと拭ってくれるジャルイの手は温かい。


「…嬉し…涙かな、ふふ。あなたに愛されているから嬉しくてたまらないの」

「アオがそんなふうに思ってくれて、俺も嬉しいよ」


……これはたぶん、嘘ではない。

嬉し涙なのは半分は本当。いつだって変わることのない彼の想いに心が締め付けられる。


彼は照れながら『アオの泣き顔は俺だけのものだな』と抱きしめてくれる。

繰り返す時間の中でこの展開は初めてだった。



 …またひとつ大切な記憶が増えていく。



最高に幸せな時間を彼と一緒に新たに築けた。



だからだろうか、このあとすぐに私は『あの台詞』を聞くことになる。


――運命はバランスを取るために、幸せだけが増えることを許さないようだ。




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