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1.また同じ朝が始まる……

窓から差し込む柔らかい朝日。


私――アオサはそっと目を開けて壁に掛かっている日めくりの暦に目をやる。その日付はまた二月三日になっていた。


 …まただ、また始まってしまう……




隣でまだ寝息を立てている夫ジャルイ、淡い青色の壁紙、お気に入りのカーテン、部屋に飾ってある彼と一緒に選んだ置物、そして巻き戻った暦、――すべてが同じ。




この朝を私は幾度となく繰り返している。



私はこの日から一ヶ月以内に命を落とし、なぜかまたこの朝に戻ってくるのだ。


もうこれで何度目だろうか。


はっきりとは覚えてはいない。…‥そう、分からないほど繰り返しているのだ。


脳裏に焼き付いているのは死にゆく痛みと恐怖、そしてジャルイの絶叫。



『ア…オサ…。アオ、アオ、アオッ―――』


温かさが失われていく私の体をその腕に掻き抱きながら、何度も、何度も私の名を叫ぶジャルイ。


信じられないと、信じたくないと、訴える悲痛な声が私の心を抉っていく。


 (…ごめん…ね……)


声すら出なくて、最後に彼の名を呼んであげることすら出来ない。

死にたくないって、この人を残して逝けないって思うけれど、死から逃れることは一度だって出来ないでいる。



なぜ自分が死ぬことになるのか、その理由は分かっている。私はこの国の王妹ベルガナから憎まれているからだ。



私とジャルイはともに四年前から魔術師として王宮で働いている。そこで出会い、恋に落ちて結婚した。誰からも祝福された結婚だった。


結婚後も同じ職場で働き、そろそろ子供が欲しいねと二人で話していた頃に、国王の年の離れた妹が離縁してこの国に戻ってきた。


王妹であるベルガナは五年ほど前に隣国の公爵家へと嫁いでいた。

離縁の理由は公にはされていないが、『不貞』『石女』『追い出された』など心無い噂が社交界では囁かれている。真偽のほどは不明だけれども、彼女が苛烈な性格なのはすぐに分かった。



『本当に使えない侍女ね。もう二度と私の目の前に現れないでちょうだい』

気に入らない髪飾りを選んだという些細な理由で、真面目な侍女は王宮の職を失った。



『その容姿で私の護衛騎士?もっとあなたに合う職場があるわ』

優秀な護衛騎士は顔が気に入らないというくだらない理由で、翌日には辺境に左遷されという。



理不尽な行いだったが逆らえないのは、どんな理由で出戻ったとはいえ、王族であることには変わりがないからだ。



彼女は自分より地位が上の者の前では傷ついた自分を演じていたので、国王や王妃は彼女の傲慢な態度には気づかなかった。


いや、離縁されて傷つかない女性はいない。だから『傷心な王妹』と『身勝手な王妹』、どちらも本当の顔なのかもしれない。


ベルガナは周囲を振り回していたが、この時はまだ一線を越えることはなかった。嫌がらせは鬱憤を晴らすことが目的だったからだ。




――だがある日、彼女は恋に落ちた。


相手は王宮に務める若き魔術師ジャルイ。身分は高くないが、容姿に優れ、次代の魔術師長だと評価されるほど才能に溢れており、傷物である王妹の相手としては申し分のない者だった。


しかし、その魔術師には愛する妻がいた。


『私には愛する妻がおりますので…』

『妻?…そうですか、妻がいるのですね、妻が……』


彼女は悲しそうな表情をしたがそれ以上は何も言わずに去ったと、ジャルイが教えてくれた。



――しかしベルガナの怒りは邪魔者に向けられた、つまり私だ。



一度目の婚姻が政略だった彼女にとっては初めての恋だったのか。それとも矜持を傷つけられたからだろうか。

彼女は愛する人を己のものにするためには手段を選ばなかった。



ベルガナは誰にも見せたことがない『残忍な顔』を私にだけ向け、一線を越えた。



一番最初の死では、毒を盛られ血を吐きながら悶え死んだ。次は暴漢に何度も刺され血の海で、それから……思い出すのも嫌になるほど悲惨な死ばかりを私は迎えることになった。


殺されるのにおかしな言い方だが、安らかな死が一度だってないのはそれほど私を憎んでいるからだろう。



『あなたさえいなければ…』


これは毎回、彼女が私に吐き捨てる言葉。



――この思いこそが彼女にとってすべて。



私も色々な方法で足掻いてみた。


周囲に巻き戻ったことを訴えたこともあったけれど、気狂いだと思われて終わった。そうだろう、私だって自分が経験しなければ絶対に信じない。

誰かに助けを求めたこともあったが、その人まで巻き込む最悪の結果となった。


逃げればいい?そんなこと何度も試して失敗した。


ベルガナは狡猾で権力もあって、全てにおいて私は敵わない。

それはもう上手く立ち回るのだ。私の不幸な死が決して自分とは結びつかないように。



死に至る過程は変化すれど、結果は決して変わらない。まるで運命が彼女の味方をしているようだった。


死ぬ運命は回避できない。





そもそもなぜ時間が巻き戻るのだろう。その答えすら見つからないまま、同じ結果を繰り返す。



――もう疲れた。必死に足掻いて最後に絶望しながら息絶えるのは‥…。



今まではなんとか運命を変えようと、そのことばかりに時間を費やしていた。


ふと、もしこれに終りがあるのならと考える。いつもはそんなこと考えないのに。

私は勘が鋭いわけではない、でもこれはなにかの予感なのかもしれない。



――始まりがあれば必ず終わりはある。



 私はまた、このまま終わるの…?


いいえ、同じ結果に辿り着くなら、愛する人との時間を大切にして残り僅かな時を過ごしたい。






隣で眠るジャルイの頬に、私はいつもと同じようにそっと口づけを落とす。


そしたら彼はう~んと唸りながらゆっくりと目を開け『……おはよう、アオ。今日も早起きだね』と笑うはず。



「う~ん…。おはよう、アオ。今日も早起きだね」


……ほら、運命は変わらない。

私に向かって優しく笑い掛けるジャルイ。髪は寝癖でボサボサで、片方の頬にはシーツの跡がついている。

こんな寝起きの彼を知っているのは私だけ。 


また死に向かって時間が動いていくと、いつもは思っていたけど今日は違う。

私だけの彼をしっかりと心に刻みながら微笑む。



「おはよう、ジャルイ。今日もいい朝ね」


私がこう言うと、彼は起き上がって私を抱きしめてこう囁く『アオ、一ヶ月後の結婚記念日には休みを取って思い出の湖に行こう』と。

彼が今朝思いついたことだけど、私はすでに知っている。



「そうだ、アオ。一ヶ月後の結婚記念日には一緒に休みを取ってあの湖に行こう!僕らの思い出の場所で祝うっていい考えだろっ!」


ほら、抱き締めて彼はそう告げてきた。名案だろって顔をして、私も喜んでくれると信じ切っている。

だって彼は知らないから、一ヶ月後には私がいないことを。

だからこの約束が叶うことはないことを。


……知らなくていい。変えられないのなら、いま知る意味などないのだから。



「素敵ね!あなたが求婚してくれた場所でまた愛を誓ってくれる?ジャルイ」

「もちろんさ。そうだ、毎年あの場所で二人で祝うことにしよう。いや、そのうち二人じゃなくなるかな」

「ふふふ、もしかしたら三人になっているかもね」


ジャルイは嬉しそうに未来を語る。だから、私も二人で築くことがない未来を言葉にしていく。



私は彼のために優しい嘘を、自分のために悲しい嘘を紡いでいく――この幸せな時間を壊したくないから。


ジャルイの瞳に映る私は一度目の朝と同じくらい穏やかに笑えていた。


これはなにもかも諦めたからなのか、それとも今この瞬間を生きて心に刻んでいるからなのか。

どちらでもいい、だってこんなふうに自然に笑えたのは久しぶりだったから。




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