表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界恋愛っぽい短編

魔法使いの師匠には、お茶くみしかできない弟子がいる。

作者: 砂臥 環


「『魂の交換』ってやつすか」

「いや、『肉体の交換』だな」


師匠がまた変なことを言い出したので、私はとりあえず自分の中で咀嚼し、反芻した。

すると師匠はそれに訂正か補足を加える。


私と師匠のあるある。


「『魂』は概念だ。 定義のないものは好まん。 『精神』……も形而上の存在か。 ならば『記憶と思考』とでも言っとくか」

「まあなんでもいいですけど……」


師匠は魔法使いだ。

この世界には稀有な存在らしい。よく知らないけれど。


森の中の小さな家に、ゴチャゴチャと置かれた本と薬瓶。たまたま師匠に拾われた私は彼を師匠と呼んでいるけれど、弟子ではない。

ただの雑用係である。


師匠は『魔法』なんてよくわからんものを扱っているくせに、『定義』が大好き。

以前「じゃあ『魔法の定義』ってなんすか」と軽口を発してしまい、数時間にも及ぶご高説を賜る羽目に陥ったので、もう二度とそういったことは口にしないと決めている。


ちなみに内容はサッパリ覚えていない。

箒に乗って、星がキラキラと輝く空を漂っていたことぐらいしか。(※夢)


「で、そんな魔法あるんですか?」


私は師匠にお茶を入れつつ、尋ねる。

特に興味はないけれど、聞かないと不機嫌になるからだ。彼は講釈を垂れたいのである。


「ないよ。 肉体と精神は相互関係にあるんだから当然。 『魂』論者はすぐそれを切り離して考えたがるけれど(※長いので中略)──つまり具合が悪けりゃ元気が出ない。 そういうことさ。 ちなみに『(ゴースト)』と言われる存在はだね、肉体を離れた『記憶と思考』の残滓でありそれは『魂』という概念とは異なる。 発展性がない……わかるかな? 生物そのものをAとした時に含まれるaという一部であり、それが変化する場合は外的要因Bに取り込まれた状態であり、それは最早A足りえない。 別物さ」


「はぁ」と適当な返事をするも、大体は右から左へと流れていっている。だが、私が不真面目だからなわけではない。言っていることの一欠片も理解できないってだけである。


「そんなわけだから無理なんだけど、一定期間なら似たようなことはできる。外的要因Bに取り込まれない間さ。 aがそのかたちを保てるレベルの時間であれば。 それでもBの影響を受けるのは免れないけれどね」


師匠は満足したのか、「そんな不完全なモノでも欲しがる輩はいる」とヤレヤレ顔で言って、ようやく話を締めた。


おそらく薬を依頼したのは、先日森に訪れた聖職者だろう。

この森には人は来れないようになっているらしいが、時折師匠は気紛れで人を迎える。

森に捨てられていた私が拾われたのも、師匠の気紛れだ。


師匠は『人間は嫌いだ』と言うけれど、本当は、師匠は人間が好きなんだと思う。

嫌いなのも本当だけど、嫌いで好きなのはよくあることだ。


「神に仕えるお方がこの世の(ことわり)に背くような薬を欲しがるとは」


とか言ってニヤリと笑う師匠は、悪魔みたいでカッコよかった。





『魂(肉体?)の交換』をする薬が誰にどう使われたのか、はたまた使われなかったのかはわからない。


「……どうだい、君は僕になりたいかね?」

「私が師匠に? いっや、なりたくないですね~」

「失礼な奴だな」

「失礼でもなんでもありませんよ」

「君は僕の見た目が好きだと言っていたじゃないか」

「ええ、だからです。 私が師匠になったら、師匠を鏡でしか見れないじゃないですか」


師匠は「ふむ」と言う。

なにが「ふむ」なんだかよくわからないが、師匠が顎を撫でる時は機嫌がいいときだ。

どうやら満足いく答えだったらしい。


「茶を淹れてくれ」


私が「はい喜んで~!」と答えると、師匠は呆れた顔で「なんだその馬鹿げた返事は」と言う。

その傲岸不遜でウエメセな感じが、悪い王様みたいでカッコよかった。




ここに来てからどれだけ経ったのかなんて、もう覚えちゃいない。

でも多分何百回何千回と私は彼の為にお茶を淹れ、今では上手にお茶を淹れられるようになった。


師匠は「馬鹿げた返事」と言うが、アレはわたしの本心だ。

これからもずっとこんな日々が続くといい。


私は師匠の為に、何万回でも何億回でもお茶を淹れ、師匠は私の淹れたお茶を何万回でも何億回でも飲む。

そんな日々が。ずっと。





森の中の小さな家に、ゴチャゴチャと置かれた本と薬瓶。たまたま師匠に拾われた私は彼を師匠と呼んでいるけれど、弟子ではない。

ただの雑用係である。


お茶くみくらいしかできない私を、師匠が何故『弟子』と呼ぶのかはわからない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ジャンルを確認してから拝読しました。←なので恋愛物、という目で拝読。 雰囲気がおだやかで、とっても素敵でした! 弟子呼び、予防線に一票!! まだ若いのかしら? 脳内妄想では弟子の成長待ちで…
[良い点] 君の名は。 もそうなんですが、入れ替わり系って記憶とかどうなってるのかなって思っちゃうんですよね。 記憶や人格などのほとんどの要素は脳に依存しているワケで、それごと移植しないとそんなことに…
[一言] 「魔法の定義」にちゃんと持論を持ってるししょーの話は大変興味深いのでぜひ聞いてみたい←変わり者
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ