表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第四話 『黒靴』

「父さん、母さん、兄さん。正装用のお金で機材を買ったのは、本当に申し訳なく思ってる。でもさすがに、側近選びに関しては、事前にお話が欲しかったです!」


 帰って早々に、私は両親と兄にそう訴えた。

 だって、あまりに予想外の話だったからだ。

 ただでさえ引きこもりの私である、王子の側近なんて、どう考えても難しい案件だ。

 すると三人は苦笑して、


「ごめんごめん」


「はっはっは、それに関してはすまなかった。だが、どうしても先入観のない『幸運』の行方が必要でな」


「ええ。十年前の『黒靴』の時みたいにね」


 と、それぞれにそう答えてくれた。

 先入観のない『幸運』。

 私の聖痕である『幸運』は、先入観があろうとなかろうと、反応はするものだ。

 しかし、それをどう解釈するか、というのは別である。

 余計な感情を間に入れると、解釈が間違ってしまう可能性が出るのだ。

 ……確かに、そう言う事なら仕方ない気もするけれど。

 でもなぁ、うーん。

 そんな事を思いながら、うう、と私が唸っていると、


「イングリットはベルン様の話を聞いてどう思った?」


 なんて、父からこう聞かれた。

 どう、というか。父の問いがどこを指しているのか、いまいち分からない。

 なので感じた事を順番に応えていく。


「うーん……自分に自信がない方なのだなぁと。あと……」


「あと?」


「病弱だと思われるくらい、呪いを受けるなんて変だなって」


「うふふ、さすが私の娘ね。いい子、いい子」


 私がそう答えると、母に頭を撫でられた。あ、嬉しい。

 少し気持ちが上昇していると、父も私の答えを聞いて満足そうに頷いていた。

 

「そうだ。ベルン様は生まれた時からたびたび、無意識に呪いを引き受けられて来た。その呪いを調べていくと、ひとつのルーツにたどり着いた」


「ルーツ?」


「『黒靴』の創始者が考えた呪いだ」


 黒靴!? それって……。

 そう聞いて、私は思わず目を剥く。

 そこに繋がるのかとも思った。


「小さいものを、少しずつ。分かり辛く、巧妙な手口でなかなか捕まえられない。イングリットの『幸運』が働いた一件で、ほとんどの人数を捕らえる事が出来たのは、それこそ幸運だった。だが……『黒靴』の魔術師が一人、捕まえられていない」


「あれから十年も経っているのに、ですか?」


「正確には捕まえてはいるんだ。だがな、問題はその魔術師は顔を変え姿を変え、そして『増える』事にある」


 あ、それは魔術関係の話だろうか。

 少し興味が出てきて、私は身を乗り出した。


「それは分身? それとも複製的な?」


「急に食いつきが良くなった」


「イングリットの魔術オタクは、マロウ家随一だからね。何たって正装用のドレスを機材に変えるくらいだ」


「うっ」


 痛い所をつかれて、思わず胸を押さえる。

 これはそのネタでしばらくいじられるフラグだ!

 うう、だって、だって何回かしか着ないドレスより、何度も使う機材の方が良いじゃない……。

 なんて事は口が裂けても言えないけれど。


「はっはっは! それで助けられている部分もあるからなぁ。さて、話を戻すが、奴が使うのは死霊術の類だ。魂を分割して作り出すものだ」


「禁術では?」


 禁術、というのはその名の通り使用を禁じられている魔術のことだ。

 死霊術がそれにあたる。学問としての死霊術は認められているが、行使する際には必ず許可と立会人が必要となるものなのである。


「ええ、そうよ。使うたびに寿命も精神もすり減って、最後は廃人になりかねない危険なもの。それをその魔術師は使っているの」


「どうしてそこまで……」


「詳しくは分かっていない。捕えても、直ぐに自爆してしまうんだ」


 自爆、とは穏やかではない。

 よほど知られたくない事なのか、それとも。 


「今回の昼食会は名目上は側近選びのためだった。だがもうひとつ、イングリットの『幸運』に、引っかかる何かがないか知りたかった」


「……もしかして、今日集められた中に、その魔術師の疑いがある方が?」


 私がそう聞くと、父は頷いた。


「四伯それぞれに調査をしているが、絞り込んだのが本日の来客達の家。もしくは協力者だね。イングリットの幸運が、今回は『良い』方へだけに働いたみたいだから、少なくともあの場にいた者達じゃない。……けれど、その家族はまた別だ」


 そこで一度区切った父の言葉を、母が引き継ぐ。


「ベルン様が周囲の呪いを引き受けて下さるから、王族は無事で過ごしている。けれど陛下達は、親として、家族として、複雑な気持ちなのだと思うわ。ベルン様だけにそれを強いている現状が」


 ……それは、私も分かる気がする。

 私だって父や母、兄がそんな状況にあったなら、黙って見ている事はできない。

 申し訳なくて、悲しくて、何とか助けたいと思うだろう。

 ぐっと私が拳をにぎりしめていると、


「フレデリク、イングリット。マロウ家は中立を貫いてきた。けれどイングリットの聖痕が、ベルン様を示したのは必ず意味がある事だ。だからこそ、お前達にはベルン様の側近となってほしい」


 と、父は真剣な面持ちでそう言った。

 兄は頷く。


「了承は貰って来たよ」


「ああ、ありがとう」


 それから父は、私を見た。


「イングリット。かつての事件が、未だお前の足を引きずっているのは、私もエルネスタも分かっている。だが――――それでも頼みたい」


 父の頼み。母と兄も私を見つめている。

 その言葉を聞いていたら、頭の中に、泣いていたベルン様の姿が浮かぶ。

 ――――放っておけない。おきたくない。

 そう思って、私は頷く。


「……私も、いつまでもこのままで良いってわけじゃないのは、分かってる。『黒靴』もまだ続いているなら。私、一度関わったもの。最後までやりたい」


 すると、家族はほっと笑顔になった。

 そして父も、母と同じように大きな手で私の頭を撫でてくれる。


「それでこそ私達の娘だ」


「フレデリク、お願いね」


「了解。父さんも母さんもイングリットには甘いんだから」


「お前もだろう?」


 両親は笑って、兄にそう言う。

 その声が、優しくて、あたたかくて。

 誇られた事も嬉しくて、私も少しだけ、泣きそうになったのは内緒だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ