第二話 解呪体質
もう駄目だ――なんて青褪めていたが、人生はそう簡単には終わらないようで。
私は兄と一緒に、王城の客間へ連れて行かれた。
座り心地の良いソファーに腰を下ろした私達の目の前には、先ほどのベルン様が座っている。
目は赤いが、もうすでに泣き止んでいて、申し訳なさそうな顔をしていた。
「先ほどは驚かせてしまってすみませんでした」
「い、いえ! こちらこそ、料理を食べてしまって申し訳ありません……」
私もそう謝ると、ベルン様は首を横に振る。
「いいえ、あれは、良いのです。皆さんに食べて貰おうと思って用意したものですから」
どうやら料理自体は食べて良かったものらしい。
なら、どうしてベルン様は泣いたのだろう。私が不思議に思っていると、
「イングリット。実はね、この昼食会にはベルン様達の側近探し、という意味があったんだよ」
と兄が教えてくれた。
私の『幸運』の聖痕が、正しく判断するために詳しい話は聞いていなかったのだけど、そういう話だったのか。
それならば、招待状が両親ではなく、私と兄に届いた理由が分かる。
……いや分かるけど、ちょっと待って欲しい。それって、かなり重要な件だったのではなかろうか。
「ち、ちなみに、どういった基準で……?」
「料理です。テーブルが三つあったでしょう? あれは私達、兄弟を示しているのです」
ベルン様の言葉に、昼食会のテーブルを思い出す。
確かテーブルごとに、牛肉メインの料理、フルーツや野菜メインの料理、そして鶏肉や卵メインの料理と分かれていたはずだ。
「牛肉の料理はハイリンヒ兄上、フルーツと野菜料理はアイリス姉上、そして鶏肉と卵料理が私になります」
なるほど……と思ったが、理由はよく分からない。
助けを求めるように兄を見上げると、呆れた顔をされた。
「料理がそれぞれの紋章をイメージしていたんだよ。まさか紋章まで知らないって事はないよね?」
「し、知っていますとも!」
兄にそう言われ、慌てて私は答えた。
この国の王族はそれぞれが紋章を持っている。
本日の主催者であるご御三方ならば、ハイリンヒ様が獅子、アイリス様が百合の花、そしてベルン様が雄鶏だ。
そう考えると、確かにテーブルの料理はそれぞれの紋章に合っている。
牛肉は肉食である獅子を、フルーツや野菜は植物に分類されるため百合を、鶏肉や卵はそのまま雄鶏だ。
卵のサンドイッチを食べた私は、ベルン様のテーブルに向かった、という事になる。つまりベルン様の側近になりたい、と表明したという事になるらしい。
……だけど、それは少し変ではないだろうか。だってあのテーブルには誰も人がいなかったのだ。
私は知らなかったけれど、招待状には側近選びのための昼食会である、という旨が書かれていたはずだ。
ベルン様と同い年の子供だっていたはずだ。なのに一人もいないなんて奇妙な話である。
しかし、それを聞いて良いものかどうか。そう悩んでいると、
「……実は、私は側近になりたがる者は一人もいないだろう、と思っていたのです。だから私のテーブルを選んでくれた事が嬉しくて、思わず泣いてしまいました」
と、ベルン様は小さく笑って言った。
「一人もなんて、そんな事はないと思いますが……ねぇ、兄さん?」
私が聞くと、兄は「うーん」と微妙な笑顔を浮かべて唸ってしまった。
どうしてそこで黙るのだろうか。
何なのだろうとベルン様を見れば、こちらはこちらで驚いた様子で目を丸くしている。
「フレデリク、その、彼女は……」
「……申し訳ありません。妹は十年ほど屋敷に引きこもっていたので、社交にはとても疎くて……」
兄の言葉にベルン様は「そうでしたか……」と納得した様子で呟いた。
話の流れから考えると、ベルン様は何かしらの良くない話があるようだ。
皆が知っている事だとしても、本人にそれを聞くのはちょっとな……と思っていると。
「……私は昔から、呪いを受けやすい体質なのです」
とベルン様は話し出した。
ベルン様は生まれた時から、周囲の呪いを自分に引き寄せる、という体質を持っているそうだ。
簡単なものだとちょっとした頭痛だったり、微熱を出したりする程度だが、そのせいで子供の頃からよく寝込んでいたらしい。
最初の頃は、彼の家族や周囲の人間も病弱なのだろうと思っていた。
しかし薬では一向に体調が回復しない事に疑問を持って、魔術の方面で調べてみたところ、そういう体質だったという事が発覚したらしい。
ちなみにその体質は、ただ呪いを引き寄せるだけではなく、同時に、かなりゆっくりとではあるが解呪もしているらしく。
そのため、後者を取って『解呪体質』と呼ばれているそうだ。一応は外から魔術で解呪する事も可能ではあるらしい。
正直に言えば興味深いと思った。何か魔術的な要因をひしひしと感じたからだ。
しかしそれを言葉にしてしまうのは、どう考えても失礼だ。なのでぐっと我慢して、出かけた言葉を飲み込む。
「呪いを区別して受ける事は出来ず、どんな呪いを拾ってくるかも分からない。死に至る呪いだってあるかもしれない。……だから、呪いによっていつ死ぬか分からない私の側近に、なりたいと思う者がいないのです」
最後の方は弱弱しい声で、ベルン様は言った。
なるほど、そういう理由なのかと理解はした。
しかし納得できない部分はある。だって……。
「そ、それは……受けるのは仕方ありませんけれど。でも、死ぬ前に魔術で解呪すれば良いのではありませんか?」
私がそう言うと、ベルン様は口をポカンと開けた。