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第一話 美味しそうな料理を食べただけなのに


 そして昼食会の日は来てしまった。

 大慌てで新調したドレスを着て、髪型を整えてもらい、王城へと向かう。

 馬車の窓から見える空は、憂鬱な気持ちとは正反対にとても綺麗な青色をしていた。 


「イングリット、来たばかりなのに死にそうな顔はやめなさい」


「今から一撃でも喰らったら倒れそうだよ、兄さん……」


「昼食会で何の一撃を喰らうつもりなんだい、妹よ」


 そんな会話をしながら王城へ到着すると、案内されたのは中庭だ。春に咲く薄桃色の花に囲まれた綺麗な場所だ。

 そこに白いテーブルが三つ並んでいる。招待状にも書いてあったが、今日の昼食会は立食式になるらしい。

 ひとつのテーブルに座ったまま、延々と時間を過ごす苦痛がないのは本当に有難かった。


 とりあえず昼食会が始まったら、料理を皿に取って隅っこに移動しよう。

 そんな事を考えていると、周囲が賑やかになった。

 あれ、と思って見回せば、主催者がやって来た所だった。

 もちろん王族だ。人数は三人。

 前に立つのは一番年上の王子ハイリンヒ様。その右後ろに二番目の王女アイリス様で、反対の位置に一番年下の王子ベルン様だ。

 確かハイリンヒ様と兄が同い年の十九歳、アイリス様が十七歳。

 それからベルン様が十三歳だったかな。ふわふわした薄い金髪にエメラルドの瞳の、優しい顔立ちをしている。


「皆、良く集まってくれた。こうして会えて嬉しく思う。今日は楽しんでいって欲しい」


 ハイリンヒ様がよく通る声でそう言うと、作り立ての料理は運ばれてきた。


 牛肉メインの料理、フルーツや野菜をふんだんに使った料理、そして鶏肉や卵をメインに使った料理。

 何か決まりがあるようで、それぞれ別のテーブルに運ばれていく。

 中でも私が目を奪われたのは鶏肉と卵の料理だ。


 チキンと卵のサンドイッチに、オレンジソースのかかったチキンソテー。

 柔らかそうな鶏ハムに、透き通ったコンソメスープ、卵たっぷりのポテトサラダ。

 さらにデザートにはクリームたっぷりのプリンまで用意されている。


 その美味しそうな事と言ったら! あのテーブルが輝いて見える……!

 さっきまでの憂鬱な気分は吹き飛んだ。どれも全部美味しそうで、食べても良いのかソワソワする。

 料理が並び終えて「さあどうぞ!」とのお声がかかるのを待ってから、私は兄を見る。


「兄さん、これ食べて良いんですかね」


「食事に対する食いつきは本当に良いよね、イングリットは」


「屋敷に引きこもっていると、楽しみは魔術の研究と食事くらいだから!」


「胸を張って言う事じゃないよ。……うん、まぁ、いいんじゃない? ほら、皆もテーブルに向かっているし」


 兄の言葉で、私は各テーブルを見る。

 確かに皆、動き出しているね。

 男性陣は牛肉メインのテーブル、女性陣はフルーツや野菜がメインのテーブルに多く集まっている。


 けれど不思議な事に鶏肉と卵料理が並んだテーブルには誰もいない。

 ……皆、鶏肉とか卵好きじゃないのかな。あんなに美味しそうなのに。

 変だなぁと私が思っていると、


「……イングリットはどのテーブルが良い?」


 なんて兄に聞かれた。少し、探るような目をしている。


「私は……」


 やっぱり、鶏肉と卵料理のテーブルが気になる。キラキラ輝いて見えるから。

 輝いているなら、あれは私の聖痕的にもきっと良いものだと思うし。

 残ったらもったいないし、誰も食べないなら私が食べてもいいよね?


「鶏のテーブルがいいな」


「そうか。……うん、行っておいで」


「……兄さんは?」


「そんな不安そうな顔をしなくても、僕も行くよ。まったく、お前はもう十五なんだからね?」


 一人で行くのはちょっと……と思っていると、兄は苦笑してそう言ってくれた。

 うう、自覚はしているんだ、自覚は。一人でどんな場所へも行けるようにならなければ駄目だって事は。

 だけど兄は今日は付いて来てくれるようだ。その事にほっとしながら、私はそのテーブルに近づく。

 そしてお皿を手に取って、まずはとサンドイッチに手を伸ばした。

 照り焼きにされたチキンとマヨネーズで和えられた卵が、ふわふわしたパンに挟まられている。

 ああ、美味しそう……。周りの皆も食べているし、それじゃ私も遠慮なく……。


「いただきまーす」


 小声でそう言うと、サンドイッチをぱくりと一口。

 ……すごい、自分で作ったサンドイッチと天と地ほどの差なんだけど。

 さすが王城の料理人……美味しい……。


 感動しながら食べていると、ふと何か視線を感じた。

 おや、と思ってそちらを向けば、第三王子のベルン様がこちらを見ていた。

 しかも何故か目を大きく見開いて私を見ている。


 ……あれ?

 もしかしてこれ、王子が食べる分として用意された料理のテーブルだったのではなかろうか。

 だからこのテーブルだけ誰も集まっていなかったとか、そういう……。

 えっどうしよう。駄目なやつだったのかな、これは。

 嫌な予感を感じながらも、とりあえず口に入っている分を飲み込むと、大慌てで兄の方を見た。


 兄はにこりと微笑んでいる。何でそんな他所行きの笑顔を浮かべているんだ、兄さん。

 気が付くと他の出席者達も、思い思いの表情で私を見ていた。

 ……あ、やばい、これは本当に駄目なやつっぽい……。


 と、とりあえず何か言わなくては!

 だらだらと冷や汗を流しながら必死に頭を回転させる。


「あ、あのう。……ちょ、ちょっと食べてしまったんですが、あの。…………食べます?」


 そして出て来た言葉がこれだった。どうしてこういう時に限って私の語彙は、居留守を決め込むんだろうか。元々そんなに豊富な方ではないけれど。

 ああ、もうどうにでもなれ……。

 断頭台に上がる気持ちでベルン様の反応を見ていると、


「う、うう…………!」


 ベルン様はボロボロ涙を流し出してしまった。

 ……終わった。本当に終わった。

 この国の第三王子を泣かせるというとんでもない事をやらかした私は、生まれて初めて人生の最後を覚悟したのだった。



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