エピローグ ニワトリ王子の魔術伯
その後、私は三日も寝込んでしまった。
マロウ家の人間は魔力量が豊富なのが特徴だが、その魔力を出し尽くしたせいで、回復まで時間がかかってしまったらしい。
ベッドから起き上がれない私を、兄達が面倒を見てくれて。ベルン様やアイリス様もお見舞いに来て下さった。
特にアイリス様からは「私の側近が、本当にごめんなさい」と謝罪まで頂いてしまった。
ユリアさんの行動と、アイリス様は別だと思うのだが、主として側近の愚行を見抜けなかった事が許せない、との事だった。
そう言えば、二人はどうなったのだろう。
気になったので聞いてみると、あの二人は今、取り調べの真っ最中なのだそうだ。
ユリアさんに関しては、動機が『黒靴』への恋心のため、グラジオラス家との関係はゼロ。
だがグラジオラス家は、自分達の家から反逆者を出してしまったという事で、全員が職を辞したらしい。
グラジオラス家の人間は優秀だっただけに痛手だと父が言っていた。一応、何らかの処罰を与えたあとで、彼らに関しては復職してくれないかと陛下が直接頼んでいるそうだ。
ユリアに関しては、極刑は免れないだろうとの事だが――――それはある意味で、彼女の望み通りなのではないかとも思ってしまった。
さて、問題の『黒靴』だが。今までは死霊術で逃げていたものの、今回はそれが使えなかったらしく、大人しく捕まっている。
とは言え口を開くと王家への恨みつらみ、憎悪が山ほど出てきて手に負えないそうだ。
彼も極刑は免れないだろう。だが、残っている『黒靴』を捕まえる関係で、刑が施行されるのはまだ先になるらしいが。
「イングリット、どうしました?」
そんな事を思い出していたら、お見舞いに来て下さっていたベルン様に心配されてしまった。
いけない、いけない。考え出すと、そちらに意識が行ってしまうのは私の悪い癖だ。
「いえ、申し訳ありません。ユリアさん達の事を考えていました」
「そうでしたか」
ベルン様は頷くと、目を伏せる。
「……本当に、あなたが無事で良かった」
「ベルン様のおかげです。兄や両親も言っていました。とても勇気のある方だと」
私がそう言うと、ベルン様は微笑んで、少しだけ首を横に振った。
「……いいえ。勇気なんて、そんな。いつも私は『黒靴』の言う通り、泣いてばかりで。でもイングリットが危ないと思ったら、いても立ってもいられなくて」
だって、とベルン様は続ける。
「あなたがいなくなる事が耐えられなかった。あの時、私を選んでくれたイングリットが」
「ベルン様?」
「イングリット、私は――――あなたより年下で、頼りない男です」
ですが、とベルン様は胸に手を当てる。
エメラルドの瞳が真っ直ぐ私を見つめてくる。
「あなたの事を、誰よりも愛しく思っています。側近としてだけではなく、どうか私と、お付き合いをして頂けないでしょうか?」
「――――」
これは、告白、というものなのだろうか。
今まで生きてきて、こんな事を言われたのは生まれて初めてだ。
「でも、私なんて」
「なんて、と言わないでください。あなたは、イングリット・マロウは素敵な女性なんです」
ベルン様の言葉が、胸の中に広がる。
心臓が痛い。顔が熱くなる。
私だってベルン様の事は好きだ。側近としての好きはもちろんだが、一緒に出掛けた時に、意識してしまうくらいには。
息が出来ない。心臓がばくばく鳴っている。
「あの」
「はい」
「わた」
噛んでしまった。
うぐ、と詰まりながらも、私はもう一度、口を開く。
「私も、ベルン様の事が、す、すすす、好き、です」
緊張のあまり、何とも情けない返答になってしまった。
しかしベルン様はパアッと笑顔を浮かべて、私の手を両手握る。
助けに来てくれた時と同じように。
その手の温かさは、あの時よりもずっと温かくて、そして、愛しく感じたのだった。
END
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