第十二話 呪いを辿って
「何故」
『黒靴』とユリアさんが驚いた顔になる。
馬鹿な、と口も動いた。
すると答えたのはベルン様だった。
「――――あなたは、呪術にお詳しく。あちこちで呪いを振りまいてらっしゃるのでしょう」
だから、とベルン様は言う。
具合は悪そうだが、その目には強い光が宿っていた。
「私の体質は、呪いを集めます。――――呪いを辿らせて貰いました」
ベルン様はそう言った。
何て、無茶な真似を。聞きながら私はそう思った。
ベルン様は『解呪体質』だ。けれど、解呪には時間がかかる。
どんな呪いか分からない。そしてどんな呪いだって、死なないわけじゃない、倒れないわけじゃない。
なのに。
魔術陣に抵抗しているため、声を出す元気もないが、そんな事を思いながら目を向けていると、
「死ぬ前に魔術で解呪すれば良い、ですよね」
とベルン様は仰った。
ああ。
ああ、そうだ。私がそう言った。そう言ったのだ。
「結構、大変でしたけどねぇ」
「フフ。フレデリクは優秀ですから」
兄の言葉に、ベルン様は小さく笑った。
どうやらベルン様が受けた呪いを、兄が魔術で解きながら来てくれたようだ。
やっぱり、兄はすごい。
そう思っていると、
「では、私達の娘を返してもらおう」
と、父と母が『黒靴』とユリアさんに向かって、揃って攻撃魔術を放った。
氷の矢だ。何の手加減もなく、それらは『黒靴』とユリアさんに向かっていく。
二人は幾つかは防いだが、私の方の魔術陣に魔力を込め過ぎたためか、ろくに抵抗も出来ず、その矢を体に受けている。
ぐ、と呻く声が聞こえて、二人が倒れる。
すると私の足元の魔術陣も光を失った。
「殺しはしないわ。――――話を聞く必要があるもの」
かつかつと靴音を立てて近づきながら、母は倒れた二人を魔術で拘束する。
私が使ったものよりも、はるかに高度な、相手の魔力を封じるタイプの術だ。
あれならば、自爆して逃げる事はできないだろう。
「私達の娘に、酷い真似をしてくれたわね」
そう言って二人を見下ろす母の目が、だいぶ怖かった。
普段穏やかな母だが、本気で怒るととても怖い。今が、それだった。
……とにかく、だ。
何とか魂を切り取られたりもせず、無事に生き延びる事ができたようだ。
ほっと息を吐くと、魔力を放出し過ぎたせいもあって、床にバタンと倒れてしまった。
「イングリット、大丈夫ですか!?」
それを見て、大慌てでベルン様が鉄格子に飛びつく。
「あはは、はい、見た目よりは平気です」
「全然そういう風には思えないのですが……」
「ですね。魔力切れですよ。数日寝込みます、あれは」
兄はほっとした顔で息を吐くと、持っていた剣で乱暴に鉄格子をこじ開けた。
扉が開くと、ベルン様が駆け寄ってきてくれる。
「イングリット、すみません。私のせいで……!」
「いえ、あれは私の見通しが甘かったんです。魔術しか取り柄がないのに、お恥ずかしい限りで……」
「いいえ」
ベルン様に申し訳なくてそう返すと、彼は首を横に振り、
「あなたの取柄は、魔術だけじゃありませんよ」
と言った。
どうだろうか、自分ではよく分からない。
そう思っていると、頬にぽたぽたと水が落ちた。
ベルン様の涙だ。
「あなたが無事で、本当に良かった……」
「……何だか、私、ベルン様を泣かせてばかりですね」
ベルン様を見上げながら、私はそう言う。
出会った時もそうだった。あの時も、ベルン様のテーブルについて食事をして、彼を泣かせてしまったのだ。
「私はあなたに嬉しい気持ちばかりを頂いています」
ベルン様は話しながら、服の袖で涙を拭う。
それから私の手を取った。すると「冷たい」と驚いた様に呟く。
「魔力がごっそりなくなると、そんな感じで。ベルン様の手は温かいですね」
「では、ずっと繋いでいますね」
ぎゅうと両手で私の手を握り、ベルン様は言う。
ああ……本当に温かいな。何だかとても心地良いなぁ。
そう思いながらベルン様を見上げていると、ゴホンゴホン、と咳が聞こえた。
見ると何とも困った顔の父と、面白い物を見たという顔の母と、ニヤニヤ笑う兄の姿があった。
「そういうのは、とりあえず後で! 後でね!」
父はそう言うと、牢屋の中に入ってきて、私を抱き上げてくれる。
それでもベルン様は私の手を握ったままだ。
「……ベルン様」
「……駄目ですか?」
父がとても渋い顔――――いや、王族にその顔は向けて良いのだろうか、という顔になった。
そんな父の背を母がポンと叩いて、
「いいじゃありませんか」
と言う。父は「しかし……」ともごもご言っていたが、
「娘が可愛い気持ちも分かるけどね、早くイングリットを休ませてあげないと」
と兄にも言われ、渋々と言った様子で。
その状態のまま私は家へと連れて行ってもらった。
ベルン様の手はとても温かくて、父の腕の中にいるのもとても安らげて、気が付くと私は眠ってしまっていたのだった。




