プロローグ─薙編①
──ぼくに心を傷める資格などないのだと、13の頃には理解した。
三人の妹と弟がいた。一番下の妹は餓死して、弟は野犬に噛み殺された。上の妹は母親に金になるからという理由で男に売られた。まだ、11歳だったのに。父親も母親もクズだった。だけど、ぼくは家族を守れなかった。だから、心を傷める資格などないのだ。
*
「薙、おいで」
「はい、高白様。お呼びでしょうか?」
何処からともなく現れた薙と呼ばれた少年は膝をつき、主に頭を垂れた。主である高白はいつもこうして誰にも見えないところで薙を呼ぶ。煌びやかな装飾品や絵画に囲まれた私室はどうにも落ち着かず、薙は内心落ち着かずにいる。
「お前に、プレゼントがあるんだ」
「ぼくに、プレゼント?」
「そう、──オレがこの日乃国の皇太子である十六夜殿と盟友なのは知っているね?」
「えぇ、それはもちろん」
日乃国。───それは薙が身を置く国であり、主の天城高白が騎士として仕える国でもある。
現当主が高白である、天城は王家を当初から支えてきた名門の家族として有名な上流貴族の一つである。当主の高白は齢20の若さで次期王の参謀としても期待される程の実力者であった。
「彼に君を騎士候補として紹介したいと思ってる」
「ぼくを、ですか…!?」
高白の言葉に薙は困惑した声を上げた。慌てて顔をあげると高白はその蒼の瞳を愉しげに細めていた。長い前髪で隠れてはいるが、表情が口元にまで現れている。薙が申し訳なさそうに顔を伏せようとすると、そのまま脇に手を添え立ちあがらせられた。ソファに腰を押さえ付けるように座らせ、高白自身も隣に座った。
「薙は強いよ」
「高白様、でも、ぼくは!っ、ぼくの手は!」
「───薙」
フラッシュバックするのは、過去の記憶だ。
亡骸、亡骸、血、肉、亡骸亡骸亡骸、死、手にこびりつく、赤。
「薙、オレをみて」
「っ、…ふ、ふ、ふーっ…」
はくはくと唇が動く。まともに息が吸えない。
そうすると高白は薙の頭を撫で、それから自分の肩に押さえつける。
「お前は、もうオレの影じゃなくていいんだよ」
高白の声が、やけに優しく響く。
薙は高白に拾われた。忌み子と化け物と、何度も何度も罵られ親にはただの金蔓としか見られず。何度も自分の命を呪った薙を高白は救ってくれたのだ。彼に拾われ、彼を護ることで恩を返すのだと薙は剣を学んだ。魔術も学んだ。だが、こうして過去に苛まれる。
「高白様」
「なんだい、薙」
「ぼくは、あなたの役に立てなかったのですか?」
「違うよ、オレはね、お前が誰よりも大事だよ」
いつも通り、高白は薙に優しかった。彼に幼子のように撫でられ、そうして眠りに落ちていく。
鼻腔を掠める甘い匂いだけが、いつもと違った。