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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
99/102

ホリーホックホーリー㉞

バタン、

最後部のハッチドアーを閉じると、辺りはまた静寂に包まれた。

ガサッ、ガサッ、

落ち葉を踏みながら歩く。


「頭の上、気を付けて下さい。」


側で真司が、洋子が通りやすいように伸び過ぎた枝を持ち上げた。


「ありがとう真司君。」


真司にとっては、突入のあの日以来の波間の屋敷だ。

島民には元々、神霊スポット扱いだった場所だが、草木が伸び切った今は、より一層、神霊スポット感が増している。


木立を通り抜けると、パッと目の前が明るくなった。

西崎と俊葵が満月に照らされた屋敷を見上げている。

洋子にとっては、泰斗と最後に会って以来の、俊葵にとっては初めて訪れる場所だ。


カチャッ、

玄関の扉が開いた。


「ああ、皆さん。お疲れ様です。」


「こちらこそ。太郎さん。瑠璃るりさんは中に?」


「はい。準備し終わったところで、そろそろ皆さんいらっしゃるって、そわそわしてますよ。」


五人が一列になって家の中を進む。全ての明かりが付いている平和的な光景が信じられなくて、西崎と真司は顔を見合わせた。


「まあ、まあまあ、」

奥の和室から顔を出した瑠璃は洋子を認めると、駆け寄って来た。


「瑠璃さーん。すっかりお元気そうで、」


「そうなの。なんだか嘘みたいに元気なのよ。この頃。」


廊下の真ん中、例の、伯方が蹴飛ばし、鍵とレバーが壊れたドアの前で、洋子と瑠璃が手を取り合って喜び合っている。


「お母さん!そんな所で、飛び跳ねないでよ。」

俊葵が苦笑いしながら言うと、


「あら、あなたが俊葵君?」

瑠璃が動きを止めた。


「はい。初めまして。戒田 俊葵です。瑠璃さん。お元気になられたようで、なによりです。」


「まあ、ありがとう。さすが洋子さんの息子さん。きちんとなさってて…あら、戒田って仰ったって事は・・・」


「ええ。そうなんですの。正式に養子縁組が成立しましたのよ…」


このままでは話が止みそうにないと見た太郎が、

「瑠璃伯母さん、リビングで話したら?打ち合わせも兼ねて、」

と、声を掛けた。



高峰 由稀世の名義となっていたこの屋敷は、多額の借金の形に人手を転々としていた。とある外国の個人の手に渡っていると知らせたのは、探偵の吉野である。

市場に出て来たら買い取ろうと、密かに動いていたただしは、その人物に連絡を取ったのだが、その人物にこの土地をどうしたいのか問われ、家屋敷をお祓いし、最終的には家を取り壊し、森に戻したいのだと言うと、売買の話しは無かったことにしてくれと言われた。

驚いた糺にその人物は、『売る気が無くなった。その代わり、土地は森に戻し、誰にも売り渡さないと約束しよう。どうかお祓いを頼まれてくれ。』と逆に依頼して来たのだった。



「ところで、お祓いって、波間の泰斗に習ってた何か特別な方法?」

俊葵が尋ねた。


洋子がゆるゆると首を振る。

「特にやり方を習った訳ではないの。お祓いの話が持ち上がってから、毎晩泰斗に教えを乞うていたんだけど、泰斗は天女のように笑っていらっしゃるばかりでね。正直焦っていたの。

それと並行して、そういえば、しばらく瞑想をしていなかったなと思い出して再開したのね。答えを得たいとか、そういうことを何も考えずに深い呼吸を続けていたら、ある日、この土地の精が話しかけてきたの。」


「土地の精?」


「ええ。そうとしか言いようがないわ。信じるか信じないかは、お任せしますけどね。」

そう言って洋子は苦笑いする。


俊葵は首を振った。

高峰親子がこの島にやって来た事、この島に起きた事は、結果的には防ぐ事ができなかったが、全て泰斗のお告げの中で予言されていたものだったから、


「それで、土地の精は何と?」

と、西崎。


ふふ、それにすぐに答えず、洋子は、

「瑠璃さん。お願いしていたものは揃いまして?」

と言い、

「俊葵、鞄の中の物出してくれる?」

と言った。


「はい。やっと昨日。

太郎、台所のテーブルの上の物、お願い。」

瑠璃が言うと、太郎がビニール袋を幾つかとボトルを持って戻ってきた。


太郎と俊葵がテーブルに並べていったものは、

米、ミカン、日本酒、塩、魚。


「土地の精がね、とてもお腹がすいたって仰っていたの。何が欲しいんですか?って聞いたら、姫島のものが食べたいって、」


「あー、それでー、これなんすね。」


「でも、酒だけは姫島で作っていないからね。殿島のものになってしまったんだけどねぇ、」

瑠璃が言うと、

太郎が、

「米も、この島で唯一田んぼやってた人がいたんだけど、去年で辞めてしまってたんだ。そこを頼み込んで譲ってもらったんだよ。」

と、得意げに説明した。


「本当に、ありがとう。」

洋子が頭を下げると、

いえいえ、

二人揃って手を振った。


「さあ皆さん。これを、それぞれ十二個に分けましょう。」

洋子が立ち上がった。

「何度も済まないね。さっき作ったもの持って来て。」

瑠璃が太郎に指示する。

太郎はビニール袋や紙コップ、紙皿、白紙で折られた箱を両手に抱え戻ってきた。


全てを十二個に分けた後、

敷地の東西南北の点に、米、ミカン、日本酒、塩、魚を置いていく。

広い敷地の四方を取るのは案外難しい作業だったが、予め、位置を測って周りの枝などを取り払う作業は、真司の兄が買って出てやってくれた。


敷地の四方を手分けしていた西崎と真司と俊葵が戻って来た。

「お母さん、終わったよ。」


「はーい。皆さんお疲れ様。」


「あと四つ残ってるけど?」

と、俊葵がトレーを指差す。


「これはもう一つの家にね。」


「ああ、」

西崎は一人頷いている。

「あー、はいはい。」

真司にも分かったようだ。


「私が置いてきます。俊葵君見てみますか?」


俊葵は首を傾げながら頷いた。


さっき、洋子と瑠璃が再会を喜び合っていた辺りに、レバーと鍵が取れ、ただの板になってしまったドアが有るのには気が付いていた。突入隊が随分派手にやったんだなと思っていたのだが、

西崎がそのドアを押し中に入ると、明かりが点った。人感センサーになっているらしい。俊葵も後に続いて入ると、すぐ目の前に壁がある事に面食らった。両側には細い通路が伸びている。


「左右とも折れ曲がった先に廊下が続いています。右側には大きな窓が一つドアが一つ。行ってみますか?」

俊葵は頷き、西崎の後に続いた。

密閉されて、空気が動かないせいか、埃っぽく息苦しい。


行き止まりを折れる。またパッと明かりが点いた。廊下の片側に、100×150cmほどのめ殺し窓があるが・・・

「どうしてカーテンが向こうにかかっているんですか?」

俊葵が聞いた。

「反対側に行けば分かります。」

西崎は答え、

廊下の行き止まりに付いたノブを指差す。

「ここは、直接外に繋がっていました。

さあ、反対側に行きましょう。」


西崎が先立って廊下を進む。曲がり角を曲がると、ドアが半開きになっている。俊葵は、そのドアが変形しているのに気が付いた。

その中に、さらにドアがあり、それは内側に開いている。


「ドアーが二つ?どういう・・・」

俊葵が今潜ったドアを開閉させて眺めている。


「それが、この部屋にもお供えをする理由ですよ。この部屋は、独立した一軒の家なんです。」


「一軒の…なんで?」


「完全な防音室が欲しかったんでしょうね。」


「何のために?」


「その答えの一つがあれです。」

そう言って西崎は、ドアの正面を指差した。

そこには、カーテンが掛かった窓がある。


「カーテン。ああ、あの窓…」


「そうです。あの廊下からこの部屋を見るための窓です。」


「見る…」

俊葵は首を傾げた。


「その前に、お供えを置きましょう。」

西崎は、俊葵が手に持っていたトレーから、お供えを取って、四隅に置いていく。


「この家に招かれた客は、我々が出入りしている玄関からではなく、先ほどのあのドアを潜って、廊下に入り、まずこの窓を覗くシステムになっていたと思われます。」


「覗く…」


「今日は 満月だから…」

西崎は、巨大なベッドの上にある、横長の嵌め殺し窓を指差した。


西崎は壁まで行くと、スイッチを押した。

すると、明かりが消え、嵌め殺し窓から差し込んだ月明かりが、部屋に差し込んでいるのが分かった。


「高峰 稀世果がここで何がしたかったのか、なぜここまでこだわったのか、今となっては確かめようもありませんが、

私にはこの部屋が舞台のように見えて仕方ないんです。」


「舞台…」


俊葵は、親指と人差し指に顎を乗せ、暫く考えていたが、降参というように眉を下げて西崎を見た。

西崎はくすっと笑うと、

「そろそろ行きましょうか。きっと皆さんがお待ちですよ。」

と、ドアに向かう。


西崎に促され立ち去る刹那、俊葵は一度部屋を振り返った。月明かりは丁度、ベッドの真ん中に落ちていた。































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