ホリーホックホーリー㉞
バタン、
最後部のハッチドアーを閉じると、辺りはまた静寂に包まれた。
ガサッ、ガサッ、
落ち葉を踏みながら歩く。
「頭の上、気を付けて下さい。」
側で真司が、洋子が通りやすいように伸び過ぎた枝を持ち上げた。
「ありがとう真司君。」
真司にとっては、突入のあの日以来の波間の屋敷だ。
島民には元々、神霊スポット扱いだった場所だが、草木が伸び切った今は、より一層、神霊スポット感が増している。
木立を通り抜けると、パッと目の前が明るくなった。
西崎と俊葵が満月に照らされた屋敷を見上げている。
洋子にとっては、泰斗と最後に会って以来の、俊葵にとっては初めて訪れる場所だ。
カチャッ、
玄関の扉が開いた。
「ああ、皆さん。お疲れ様です。」
「こちらこそ。太郎さん。瑠璃さんは中に?」
「はい。準備し終わったところで、そろそろ皆さんいらっしゃるって、そわそわしてますよ。」
五人が一列になって家の中を進む。全ての明かりが付いている平和的な光景が信じられなくて、西崎と真司は顔を見合わせた。
「まあ、まあまあ、」
奥の和室から顔を出した瑠璃は洋子を認めると、駆け寄って来た。
「瑠璃さーん。すっかりお元気そうで、」
「そうなの。なんだか嘘みたいに元気なのよ。この頃。」
廊下の真ん中、例の、伯方が蹴飛ばし、鍵とレバーが壊れたドアの前で、洋子と瑠璃が手を取り合って喜び合っている。
「お母さん!そんな所で、飛び跳ねないでよ。」
俊葵が苦笑いしながら言うと、
「あら、あなたが俊葵君?」
瑠璃が動きを止めた。
「はい。初めまして。戒田 俊葵です。瑠璃さん。お元気になられたようで、なによりです。」
「まあ、ありがとう。さすが洋子さんの息子さん。きちんとなさってて…あら、戒田って仰ったって事は・・・」
「ええ。そうなんですの。正式に養子縁組が成立しましたのよ…」
このままでは話が止みそうにないと見た太郎が、
「瑠璃伯母さん、リビングで話したら?打ち合わせも兼ねて、」
と、声を掛けた。
高峰 由稀世の名義となっていたこの屋敷は、多額の借金の形に人手を転々としていた。とある外国の個人の手に渡っていると知らせたのは、探偵の吉野である。
市場に出て来たら買い取ろうと、密かに動いていた糺は、その人物に連絡を取ったのだが、その人物にこの土地をどうしたいのか問われ、家屋敷をお祓いし、最終的には家を取り壊し、森に戻したいのだと言うと、売買の話しは無かったことにしてくれと言われた。
驚いた糺にその人物は、『売る気が無くなった。その代わり、土地は森に戻し、誰にも売り渡さないと約束しよう。どうかお祓いを頼まれてくれ。』と逆に依頼して来たのだった。
「ところで、お祓いって、波間の泰斗に習ってた何か特別な方法?」
俊葵が尋ねた。
洋子がゆるゆると首を振る。
「特にやり方を習った訳ではないの。お祓いの話が持ち上がってから、毎晩泰斗に教えを乞うていたんだけど、泰斗は天女のように笑っていらっしゃるばかりでね。正直焦っていたの。
それと並行して、そういえば、しばらく瞑想をしていなかったなと思い出して再開したのね。答えを得たいとか、そういうことを何も考えずに深い呼吸を続けていたら、ある日、この土地の精が話しかけてきたの。」
「土地の精?」
「ええ。そうとしか言いようがないわ。信じるか信じないかは、お任せしますけどね。」
そう言って洋子は苦笑いする。
俊葵は首を振った。
高峰親子がこの島にやって来た事、この島に起きた事は、結果的には防ぐ事ができなかったが、全て泰斗のお告げの中で予言されていたものだったから、
「それで、土地の精は何と?」
と、西崎。
ふふ、それにすぐに答えず、洋子は、
「瑠璃さん。お願いしていたものは揃いまして?」
と言い、
「俊葵、鞄の中の物出してくれる?」
と言った。
「はい。やっと昨日。
太郎、台所のテーブルの上の物、お願い。」
瑠璃が言うと、太郎がビニール袋を幾つかとボトルを持って戻ってきた。
太郎と俊葵がテーブルに並べていったものは、
米、ミカン、日本酒、塩、魚。
「土地の精がね、とてもお腹がすいたって仰っていたの。何が欲しいんですか?って聞いたら、姫島のものが食べたいって、」
「あー、それでー、これなんすね。」
「でも、酒だけは姫島で作っていないからね。殿島のものになってしまったんだけどねぇ、」
瑠璃が言うと、
太郎が、
「米も、この島で唯一田んぼやってた人がいたんだけど、去年で辞めてしまってたんだ。そこを頼み込んで譲ってもらったんだよ。」
と、得意げに説明した。
「本当に、ありがとう。」
洋子が頭を下げると、
いえいえ、
二人揃って手を振った。
「さあ皆さん。これを、それぞれ十二個に分けましょう。」
洋子が立ち上がった。
「何度も済まないね。さっき作ったもの持って来て。」
瑠璃が太郎に指示する。
太郎はビニール袋や紙コップ、紙皿、白紙で折られた箱を両手に抱え戻ってきた。
全てを十二個に分けた後、
敷地の東西南北の点に、米、ミカン、日本酒、塩、魚を置いていく。
広い敷地の四方を取るのは案外難しい作業だったが、予め、位置を測って周りの枝などを取り払う作業は、真司の兄が買って出てやってくれた。
敷地の四方を手分けしていた西崎と真司と俊葵が戻って来た。
「お母さん、終わったよ。」
「はーい。皆さんお疲れ様。」
「あと四つ残ってるけど?」
と、俊葵がトレーを指差す。
「これはもう一つの家にね。」
「ああ、」
西崎は一人頷いている。
「あー、はいはい。」
真司にも分かったようだ。
「私が置いてきます。俊葵君見てみますか?」
俊葵は首を傾げながら頷いた。
さっき、洋子と瑠璃が再会を喜び合っていた辺りに、レバーと鍵が取れ、ただの板になってしまったドアが有るのには気が付いていた。突入隊が随分派手にやったんだなと思っていたのだが、
西崎がそのドアを押し中に入ると、明かりが点った。人感センサーになっているらしい。俊葵も後に続いて入ると、すぐ目の前に壁がある事に面食らった。両側には細い通路が伸びている。
「左右とも折れ曲がった先に廊下が続いています。右側には大きな窓が一つドアが一つ。行ってみますか?」
俊葵は頷き、西崎の後に続いた。
密閉されて、空気が動かないせいか、埃っぽく息苦しい。
行き止まりを折れる。またパッと明かりが点いた。廊下の片側に、100×150cmほどの嵌め殺し窓があるが・・・
「どうしてカーテンが向こうにかかっているんですか?」
俊葵が聞いた。
「反対側に行けば分かります。」
西崎は答え、
廊下の行き止まりに付いたノブを指差す。
「ここは、直接外に繋がっていました。
さあ、反対側に行きましょう。」
西崎が先立って廊下を進む。曲がり角を曲がると、ドアが半開きになっている。俊葵は、そのドアが変形しているのに気が付いた。
その中に、さらにドアがあり、それは内側に開いている。
「ドアーが二つ?どういう・・・」
俊葵が今潜ったドアを開閉させて眺めている。
「それが、この部屋にもお供えをする理由ですよ。この部屋は、独立した一軒の家なんです。」
「一軒の…なんで?」
「完全な防音室が欲しかったんでしょうね。」
「何のために?」
「その答えの一つがあれです。」
そう言って西崎は、ドアの正面を指差した。
そこには、カーテンが掛かった窓がある。
「カーテン。ああ、あの窓…」
「そうです。あの廊下からこの部屋を見るための窓です。」
「見る…」
俊葵は首を傾げた。
「その前に、お供えを置きましょう。」
西崎は、俊葵が手に持っていたトレーから、お供えを取って、四隅に置いていく。
「この家に招かれた客は、我々が出入りしている玄関からではなく、先ほどのあのドアを潜って、廊下に入り、まずこの窓を覗くシステムになっていたと思われます。」
「覗く…」
「今日は 満月だから…」
西崎は、巨大なベッドの上にある、横長の嵌め殺し窓を指差した。
西崎は壁まで行くと、スイッチを押した。
すると、明かりが消え、嵌め殺し窓から差し込んだ月明かりが、部屋に差し込んでいるのが分かった。
「高峰 稀世果がここで何がしたかったのか、なぜここまでこだわったのか、今となっては確かめようもありませんが、
私にはこの部屋が舞台のように見えて仕方ないんです。」
「舞台…」
俊葵は、親指と人差し指に顎を乗せ、暫く考えていたが、降参というように眉を下げて西崎を見た。
西崎はくすっと笑うと、
「そろそろ行きましょうか。きっと皆さんがお待ちですよ。」
と、ドアに向かう。
西崎に促され立ち去る刹那、俊葵は一度部屋を振り返った。月明かりは丁度、ベッドの真ん中に落ちていた。




