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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
98/102

ホリーホックホーリー㉝

線香に火が付けられ、順番に手を合わせていった。

お参りが終わると、供え物のミカンを下げた洋子が小さな房を皆に配っていく。


ぽいと口に放り込んだ俊葵が、

「酸っぱぁ」

と叫ぶと皆が笑った。


「それにしても、父さん、あ、一葵父さんの事だけどね、父さんはどうしてここに墓を建てたんだろう?」

俊葵は、海に向かって伸びをしながら言った。


「そぅね…」

洋子の、奥歯にモノが挟まったような返事に、俊葵が振り返った。


「お母さん、何か知ってるの?」


頰を引攣らせながら頷いて、

「ええ。俊葵も、もう、それが理解できる年頃ね…」

洋子は、まるで自分に言い聞かせるように言った。


「あ、叔母さま。俺、先に上に行っときます、」

「奥様。家の方に荷物運んできます。」


真司と西崎は矢継ぎ早に言うと、気を利かせたのか、立ち去ろうとする。


「いえ、いいの!お二人はもう家族同然なのだし、いいわよね?俊葵、」

洋子はそう言って俊葵を見上げる。


「そうだよ。二人が良ければ一緒に聞いてもらってもいいかな?でも、ここは暑いね。中で話そうよ。」

俊葵はそう言うと、支えるように洋子の二の腕を取った。



俊葵は、感慨深い思いで島の家の玄関を潜った。

ここを出てから、そうは経っていないのに、何を見ても懐かしくて胸がキューっとなってしまう。

開け放たれたテラスの窓からは、海風がそよそよと吹いてきて、埃っぽさはまるで感じない。

昨日からここに来ている西崎が、念入りに掃除をしてくれたようだ。


「お飲み物、温かい物が良い方は?」

キッチンから西崎が顔を出して言うと、

三人が一斉に首を横に振った。


「ふふ、ですよね。あ、俊葵君、ここに置いときますから、運んで下さい。」


と、言うと西崎はダイニングテーブルの上に麦茶のピッチャーと、グラスを載せたトレーを置いた。


こういうところも西崎は変わったと思う。

俊葵は内心ニヤリとしながら、

「はーい。」

と立ち上がった。



「お墓の話だったわね。」

コトリ、

麦茶のグラスを置いた洋子は、俊葵の目を真っ直ぐに見て言った。


「うん。」

「一葵がここにお墓を建てた理由なら、あの子らしいシンプルな理由だと思うんだけど、」

「うん。」

「あの子は…一葵は、どこか、幸一にいさんを信用していないところがあったわよね?」


そうだろうか?俊葵は目をきょろりと上げ考えた。

最後は、父親の言いなりに、秘書になったのに?


ふふふ、

納得できていない様子の俊葵を見て、洋子が笑った。

「そうね。一葵には日和見ひよりみ主義的なところがあったわ。子供達には悟らせないようにしていたのかも知れないわね。

まあ、私から見ての話しだから、偏った見解は許して頂戴。

きっと一葵は、ここに墓を建てたら、兄さんがこの家を売り飛ばしたりできないだろうと思っていたのだと思うわよ。」


「あーまぁ、墓を移転するのは、ちょっとややこしいですし、墓があった土地をわざわざ買いたいという人はあまりいない気がしますね。」

西崎が請け合った。


「この家や土地の名義は、ずっと橋本先生のままなんすか?」

と、真司。


コクリと洋子が頷いた。


「それも妙っすね。これだけ趣味に走ったデザインの家を建てさせて、名義は移してないって、」


「そうね。名義を移してなかった理由は分からないのよ。」

洋子の声が小さくなった。


「あーどうだろ、理由はないんじゃないかな?祖父さんがさ、家族に対しては滅茶苦茶ってだけだろ、」


そう言って西崎を見遣ると、

「いいえ。秘書にも滅茶苦茶でした。」

と言って、微笑み返す。


「なにそれ、傑作!」

俊葵が笑うと、


「でも、長男が、それも地元の名士の長男が、先祖代々の墓を拒否るって、ちょっと聞かないっすよね?」

真司が、元工務店勤務らしい正論をぶつける。


「ええ。私も聞いたことがないの。ここにお墓の形はあっても、兄さんが決めれば、本島のお墓に入れてあげるのは可能だったはずなの。だけど…」

洋子はそう言って、上目遣いで西崎を見た。


西崎は口の端をわずかに上げ、

「この島の家で眠りたいというのは、一葵さんの遺言でした。橋本先生もその遺志を尊重されたということです。」

西崎が事務的なまでに流暢に答えた。


「ふーん。じゃ、いいんじゃないの?なぁんだ。お母さんが、俊葵も理解できる歳になったとか言うから、どんな凄い事かと思ったよ。」

俊葵は両手を頭の後ろで組み、背もたれにドサっともたれ掛かった。


「それは…」

洋子が目をきょろきょろと泳がせる。


「え?まだあるの?」

ガバッと俊葵が身体を起こした。


「橋本家の墓に入りたくなかった、入れないと一葵が思った理由に心当たりがあるというか・・・でも心当たりなんて、そんな不確かな事。やっぱり喋りすぎだわ。私…」

洋子がブンブンと首を振った。


「お母さん、お母さんてば、お母さんの感を俺はいつも信頼してんの。話してよ。ね?」

俊葵は、テーブルの上に置かれた洋子の手の甲を摩った。


「ありがとう。俊葵。そうね。やっぱり聞いて頂戴。」


と言うと洋子は、グラスに残った麦茶を飲み干し、ハンドバックからハンカチを出して目をそっと押さえ、

すぅーはぁー

と、大きく深呼吸した。


「兄さんはね、最初の奥さんを亡くしているの。」


俊葵は目を丸くした。


「最初の奥さんは、体が弱くてね。子供を身籠っていたんだけど、出産した直後亡くなったの。その子が一葵。」


俊葵の目がさらに大きくなる。


「啓子姉さんとは再婚よ。啓子姉さんは最初の奥さんの実の姉なの。

啓子姉さんは外見上、一葵を可愛がっていた。そうする事で兄さんを繋ぎ留められるという風に私には見えていたわ。

そう言うのも、兄さんが啓子姉さんに心を開いているようには見えなかったから。


子供の頃、一葵が私に聞いてきたことがあるの。

『うみのおやって、海の親ってこと?じゃあ、陸の親も居るの?』って、誰か大人が話しているのを聞いたのかしら。私はそれを聞いて肝が冷えたわ。

その時は一葵に、生みの親の一般的な意味を教えたけど、いつしかそれが自分の境遇を表している事に気付いたのね。一葵は、明らかに覇気を無くしていったわ。

兄さんはその頃、国政に出ようと準備を始めていた。上京する時、いつも啓子姉さんが付いて行ってたようよ。

ある日、一葵を預かってね。どうしてもお風呂に一人で入るって聞かないものだから、私は変だと思った。そこで服を捲ってみたの。そしたら、強くつねられた跡がいくつも見つかったわ。」


ふぅー、洋子が息を吐くと、

西崎が洋子のグラスに麦茶を注いだ。

それを1/3ほど飲むと、話を続けた。


「私は、姉さんに詰め寄った。姉さん、泣いて私に頼んだわ。幸一さんには言わないで、って、

そんなこと言っても、きっとまたやると私は確信した。だからお灸を据える事にしたの。」


ゴクリ、

三人は、唾を飲み込む。


その顔を見て洋子が手をひらひらさせた。


「あらいやだ。そんなに怖いことしてないわよぉ。

あのね。その頃、波間の泰斗からね、兄さんに愛人がいるらしいという噂があると聞いたの。これだ!って思ったわ。

私は兄さんに会って、一葵が姉さんから虐待を受けてるって話した。そしてそれを私が話したと姉さんに言わないって約束させた。さもないと、浮気を姉さんにバラすわよって、」


「それで?」


「そこで兄さんは、一葵を東京の小学校に転校させた。今秘書をしてる長井さんは、東京での一葵のお世話係だったのよ。央林中学校に入学して寮に入るまでね。」


俊葵と真司が西崎を見る。


「一葵さんからも長井さんからも、そう聞いています。そんな深い事情があったとは知りませんでしたが、」

と、西崎は頷いた。


「それからの一葵は、夏休みは海外のサマースクールに行ったり、お正月は私達と過ごして、橋本とほとんど関わらずに大きくなったの。

一葵にとって、啓子姉さんは怖い人でしかなかったし、遠慮の対象だったのだと思うわ。

橋本のお墓に入りたくないというよりは、啓子姉さんに気兼ねして、島にお墓を建てたというのが本当のところじゃないかしら。」


ふぅー、

また大きく息を吐き、洋子はにっこりと笑った。


「全然知らなかった。そういう事、おくびにも出さないのが、いかにも父さんだよね、」


「そうね。でも本当に忘れてたのかも。啓子姉さんが自分を責めないように、忘れたって言ったほうがいいかしら。」


「本当に優しかったすよね。困っている人を見過ごすことが出来ないっていうか…」

真司がしんみり言うと、

頷いたまま、誰も言葉を発さなかった。


波の音が家の中まで入って来た。

その音に耳を傾ける。


しばらくして、

「あら、今何時かしら?」

洋子が言った。


西崎が壁時計を見るが動いていないのに気がつき、ふっと笑って、次に自分の腕時計を見た。

「十二時半ですね。」


「良かった。そろそろお昼にして、その後少し仮眠しましょう。出発は八時ね。」

洋子は立ち上がり、

家から持って来た矢野特製弁当を広げに掛かった。














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