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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
97/102

ホリーホックホーリー㉜

シンパシー。西崎も深見に対してそれを感じないでは無かった。

ただ、深見が言葉で表したのに対して、西崎は行動で示す。その一点で違っていただけだ。


階段を登り切り、伸び過ぎた月桂樹とミモザの枝をかき分け、玄関に向かう。

勢いで、『写真やビデオがある。』とは言ったものの、本当にこの家の中に残っているのかどうか…

預かっていた鍵で家に中に入り、リビングのテレビボードを開けるまで、西崎は気が気ではなかった。

しかし、それは杞憂だった。その扉の中からは、おびただしい数の写真がプリントショップの袋に入れられたままの状態で発見された。それを見た西崎は、あまりの数にホッとするのを通り越して、唖然としてしまった。

ドサドサと、テーブルの上に広げると、驚いて顔を上げた深見だったが、その内の一枚を手に取ると、愛おしそうに、写真の中の朱子と悠葵を見つめている。


西崎は、ほとんどの写真に一葵が写っていないことに気がついた。

この時は()()一葵は生きていた。ファインダーの向こう側に一葵は居たのだ。

ふいに、鼻の奥をツンとするものが横切る。

焦って西崎は、

「ビデオも見ますか?」

と、聞いた。

深見はかぶりを振る。

しかし西崎はビデオデッキの電源を入れ、タイトルを確認し、そのうちの一本をセットした。


“悠葵、初めてのあんよ”のタイトルの通り、内容は、掴まり立ちで不安そうにしている悠葵が、フラフラしたり、転んだり、ぺたんと座り込んだりしながら、自分の足で両手を広げた朱子の元まで歩いていく。というものだった。


これも多分、一葵がカメラを回していたはずだが、全く一葵の声が入っていない。カウンターの数字の最後まで、しっかり見て、他のものが映っていないのを確認した西崎は、


「これ、お持ち下さい。」

と、デッキから吐き出されたテープを差し出した。


流れる涙を拭いながら、

「へ?」

深見は間の抜けた声を出す。


「写真もこれだけあるんです。好きなものをお持ち下さい。無分別ですからバレやしません。バレても私が適当に言っておきますから。」


深見は、躊躇いながらも、手を伸ばしてテープを受け取り、小さく頭を下げると、テーブルに広げられた写真に目を落とした。


その時、

西崎の頭に閃くものがあった。

「あーっ!」

急に大声を出し、急に立ち上がった西崎を、深見がギョッとしたように見上げる。


「あ、どうぞ続けてください。」

西崎は、決まり悪そうに言い、一葵の書斎だった部屋に入っていった。


長い間風が通されていないむせかえるような空気に、咳き込みそうになりながら、

デスクやキャビネットを開けていく。


ーーあるはずだ。きっとあるーー


部屋を見回し、ベッドヘッド部分に、襖の取っ手のようなデザインを見つけた。右に左に動かしていると、パカッと、そのふた自体が外れた。その中に…


「あった!ありました!」

西崎が部屋から飛び出してきた。


広げられた西崎の掌の上にあったのは、小さな桐の箱だった。


「なんですか…?」

深見が首を傾げる。


へその尾です。」


「へそ、のお…臍の尾!」


西崎が裏を返して見せる。


橋本 悠葵…

母、朱子。生年月日。身長、体重が記されている。


「あ、嗚呼!」

深見は引っ手繰るように、それを胸に搔き抱いた。


ううっ、ううっうっうっ…

深見の嗚咽が部屋に響き渡る。


ーー生きている間に、こんな切ない咽び泣きを再び聞く事になろうとはーー


西崎は、言葉をかける事も、背中をさする事もせず、ただただ、その慟哭を聞いていた。


やがて、

ハァー、

息を吐くと深見は、

「みっともないところを、」

と、頭をかき、ペコッと頭を下げた。


「いえ、」

首を振った西崎は、

「深見さん、あの作戦会議の時、真司君が言ってた事、覚えていますか?」

と、静かに聞いた。


「えーっと、どの話でしょう?」

西崎に差し出されたティッシュで顔を拭きながら、深見は目をぐるりとさせた。


「防犯カメラの話です。カメラの設置場所を変えた直後、この家の玄関の鍵をこじ開けようとしてる大野氏が映っていたと、」

「あーはい。覚えています。」

「一葵さん一家が生前の事ですが、大野氏が、東京の自宅に無断で侵入した事がありまして、」

「え…はい。」

「マンションの管理人から鍵を騙し取り、合鍵を作っていました。侵入者が大野氏だと知ってなお、朱子さんは警察に告発しました。」

「何が失くなっていたのですか?」

「何も、」」

「何も?」

「そうです。何も失くなってはいなかったのですが、朱子さんはそうされました。」

「代議士の跡継ぎの内輪揉め。マスコミの大好物のような気がするんですが、聞いた記憶がありませんね。」

「結局、おもねたんでしょうね。警察は。説得された朱子さんは、被害届を取り下げました。」

「なるほど。」

深見はコクコク頷いた。


「私がどうしてその話をしたのかと言うと、()()がまさに、大野氏が探していたものだと思うからです。」

西崎は深見の手にしっかり握られた桐箱を指差す。


深見はまた首を傾げた。


「大野氏は、橋本先生と縁続きになり、甘い汁が吸えると思っていた節があったのですが、朱子さんは結婚当初から両親を避けていたようです。そんな大野氏が次に何を考えるかと言えば…」


西崎は指を揃え、ひらりと向かいに座る深見に差し伸べた。


「僕…ですか?」


「そうです。大野氏は、あなたを揺すろうとしていたのだと思います。()()を使って、」


「揺すり…え、あーっ!」

やっと思い当たったらしい深見が立ち上がった。


「これを盗ろうと、大野氏は再三機会を窺っていたのでしょう。」


ハァー、

とすん、

再び座り込んだ深見に、西崎は微笑んだ。


「これも、深見さんがお持ちになるべきでしょう。紛失したとしても、俊葵さんや葵さんの不利益にはなりませんから。」


深見は目を丸くしてそれを聞いていたが、

コクリと頷くと、また大きな涙が一粒流れ落ちた。


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