ホリーホックホーリー㉗
「太郎さん…太郎さん!」
声がすると同時に、強い力で両肩が後ろに引っ張られた。
バチャッ、
ほとんど海水の砂浜に尻もちをつく。
「大丈夫ですか?」
西崎が顔を覗き込む。
「船が…高峰・・・間に合わなかった…」
太郎がしゃくりあげる。
「上から見ました。警察と海保には誰かが連絡していると思います。」
言いながら、西崎は何度も太郎の背を摩った。
岩場に着いた時、真司が上から手を伸ばしていた。
下から西崎に持ち上げられ、どうにか岩場の上に辿り着くと、数台あった車は伯方の一台を残し居なくなっていた。
伯方が波間の敷地から出て来た。
「おう、太郎さん。ご無事で、」
太郎が、
「伯方さんも、」
と頷くと、
伯方は、怪我をした山城は、深見が応急処置をした事。手当ての間に意識を取り戻し、島の診療所に運び込まれた事。天気が回復したら本島の病院に運ばれるだろうと話した。
コクコク、
太郎は、伯方の話にただ頷いていた。
「で、本島の警察署長と話したんだけどよ。あちらもこの悪天候では出張って来れねぇんだと。そんでもこの屋敷は犯罪現場だろう?現場を保存しないとなんねぇんだと。そこで相談なんだが、本島の警察が来るまで、俺たちがここに居るってのはどうかと思ってよ?」
「はぁ、」
太郎は首を傾げる。
「太郎さん、伯方さんが仰りたいのはですね、」
西崎が耳打ちしてきた。
「あ、あー、」
太郎はコクコク頷いた。
「太郎さん。今度は靴、脱いでくれよ。」
伯方の一言で、中まで水の染み込んだ靴を脱ぐ。
さっきとは家の様子がまるで違うのに気が付いた。
「そっか、明かりが点いてるんだ。」
西崎が頷いた。
「自家発電装置を動かしてもらったんです。」
「お疲れ様です。」
見たことのない男が、タオルを手に立ち上がった。よく見ると、さっき散々土足で歩き回った後を拭いていたようだ。
「あ、ごくろう様です。僕も手伝います…」
最後は消えそうな声で、太郎は男の側にあったバケツに目を向ける。
「足、血が出てます。ここはいいですから。まず傷の手当てを、」
男に脛を指差されて、
太郎は、履いていたコットンパンツが裂け、無数に切り傷ができているのに気が付いた。
「深見さん!」
西崎が呼ぶと、深見は奥の和室からひょこっと顔を出した。
「あ、太郎さん。良かった無事で、」
太郎は、頭をかいた。
「傷の手当てお願いできますか?」
「もちろん。」
深見は救急箱を持って、リビングに先立って歩いた。
そこには誰も土足で入らなかったのか、綺麗なままで、深見は真紫の大きなソファーに太郎を座らせた。
「大野は?」
太郎が尋ねると、
「あの乱闘で少し怪我をしていましたので、手当を済ませたところです。中々手当を受けてくれなくて困っていたんですけど、太郎さんって聞いたらすっかり大人しくなって、捗りました。」
と言って、深見はクククと笑った。
太郎は頭をかいた。
「西崎さん。」
太郎は部屋を出て行こうとしていたのを呼び止め、
「吉野さんでしたか、あの方はどうされてますか?」
と聞いた。
「和室で休んでもらっています。深見さんに見てもらったら、健康にはほとんど問題はないということだったのですが、監禁されていたせいで、一人になるのは嫌だというので、」
「じゃあ、もうお話は聞いたんですか?」
「いえ、まだ。」
「じゃあ、これから聞いてみませんか?」
「しかし…」
「ショックを受けた人に、傷が癒えるまで何も聞かないという方法もありだとは思うんですけど、彼は探偵さんなんでしょ?修羅場の一つや二つ潜り抜けているはずで、ならば、喋る方が回復の近道になると思うんです。
いや、これは綺麗事ですね。
西崎さん。僕は知りたいんです。
ここで何が起きていたか、高峰 稀世果はなぜ死んだのか、由稀世は何がしたかったのか、その手掛かりに繋がる近道は吉野さんだと思うんです。」
「そうですね。事態はまだ収束していない。あの爆発も高峰 由稀世とは限らないし、聞きましょう。」
西崎は部屋を出て行った。
しばらくして、伯方と西崎に両脇を抱えられ、吉野が姿を現した。




