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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー㉒

時計を見る。

チッ、

思わず二神は舌打ちをした。


幼い頃、舌打ちをする同級生がカッコよく見えて、真似ていたら、母親に千切れるかと思うほど舌を引っ張られた。思い出す限り、それ以来の舌打ちだ。


幸一の秘書の長井との会見を終え、二神は真っ直ぐに羽田空港に向かった。


先程までの長井との情報の交換によって、姿を消した情報屋は、長井が幸一の地元の情報を得るために使っている探偵と同一人物だということが分かった。更に、長井が持つコネクションによって、離島航路のターミナルまでの彼の足取りを掴む事が出来た。桟橋で誰もが振り返るような男と立ち話をしていたという目撃情報も有ったが、どの便に乗ったかまでは分かっていない。


二神には確信があった。

ーーきっと奴は姫島に居る。多分囚われの身だ、ーー


ただしに、姫島漁港の漁労長の協力が得られていると聞いていた二神は、まず事情を話しておこうと、糺に連絡を入れたのだが、

まさか・・・

どこがどうなってそうなったのか、太郎と西崎が姫島に居り、且つ、平和裏へいわりに今井 真司を奪還したと言うではないか…


その時、二神が乗る予定の便を示すディスプレーが、遅延からダイバート(代替地の着陸)若しくはリターン(出発地へ戻る)の可能性という表示に変わった。


四日前に発生した台風は西太平洋を真っ直ぐ北上している。西日本の海上は明日には大時化おおしけであろう。

今帰っても、島に向かうフェリーはきっと全便欠航だ。

そう考えて、二神は自分を落ち着けようとした。

しかし、そう言い聞かせようとすればするほど、気持ちは落ち着きとは程遠い方向に向かう。


ーー羽澄はずみ…どうしてお前はいつも困難に首を突っ込もうとするんだ…ーー


二神はカッシーナ・イクスシーの黒い島のようなチェアーの片隅で頭を抱えた。


心情とは裏腹の軽やかな音楽が鳴ってディスプレーが切り変わる。

そこに恐れていた欠航の文字は無く、代わりに、二神の予約便の搭乗口の変更が告げられていた。

ほぅ、

息を吐き、いつも仕事の際に携えているビジネスバックを取り上げると二神は、表示が示す遥か彼方の搭乗口に向かって足を踏み出した。



「随分風が出て来ましたね。」

玄関前の校庭に降りる階段に腰掛け、夕陽を眺めていた西崎へ深見が声を掛けてきた。


「ええ。直撃ではないようですが、フェリーは二、三日欠航するかも知れませんね。お仕事は大丈夫ですか?」


その問いに深見は肩をすくめる。

「明後日ゼミが一つあったのですが、休講の連絡を入れました。自然のすることです。仕方ありません。」


ーー今日、帰れば、フェリーはまだ有ったのに・・・ーー

西崎はその言葉を飲み込んだ。


深見は目を細め、この世代の男性ではスタンダードな、美容師ではなく理容師によって整えられた直線的デザインの髪の毛をぱらりぱらりと額に跳ねさせながら、落ちていく夕陽を眺めている。

くすみグリーンのシャンブレージャケットにグレーの細目のスラックスという出で立ちは、ビジネスカジュアルのサラリーマンのようだ。

今こだわるべきではないのは重々承知だが、この、堅実を絵に描いたような男が、生活の拠点が有る東京からわざわざ教え子の墓参のために、一度ならず二度までもこの島を訪れている事が、西崎にはどうしても解せない。


「何か面白いものでも見つかりましたか?」


そう言われるまで、西崎は、自分が深見をジロジロと観察していたことに気がつかなかった。

西崎はすぐに目を逸らし、ペコッと頭を下げる。

深見は微笑みを浮かべ、

「ずっと西崎さんのお話を聞いていて思っていたのですが、的確な言葉を使って簡潔に質問なさいますね。素晴らしい。」

と、話題を変えてきた。

西崎の不躾な視線のことはスルーしてくれるらしい。


「はぁ、恐れ入ります。」


「僕は、さっきも言いましたが、人付き合いが苦手で、当然会話も苦手。誰かに質問なんてとんでもないっていう・・・フフ、心理学者にあるまじき生態ですね。

そこをいくと、西崎さんは意図した答えを引き出す術に長けていらっしゃる。初対面の僕や真司君相手に、意図した以上の情報を引き出しておられて、むしろその情報が濃過ぎたのか、時々狼狽えておられたのが少し…フッ、その秘訣を伺いたいなと思ってたんですよ。」


クスクス笑いながら言われると褒められた気がしない。

西崎は眉間に皺を寄せた。

「ある程度の情報収集は済んでいましたし、情報も充分検証しました。お言葉ですが、材料さえあれば誰にでも出来る事かと、」


「真司君の場合はそうだったかも知れませんが、僕がこの島に居る事は知らなかった訳でしょう?やはり生来の才能なんじゃないかなぁ。」


そう言って笑みを深くすると深見は、会話はここで終わりとばかりに、また空の方に視線を戻した。


そうなると西崎は二の句を継ぐ事はできない。


ーー人付き合いが苦手?この会話をコントロールしてるのはそっちなのにーー


「あ、」

深見が声を上げた。深見の目線の先を見ると、かつて校門だった敷地の開口部から伯方の車が入って来るところだった。

伯方達は、漁港に停泊している漁船が流されないように、漁船同士を繋げたり、岸壁に係留する作業を支援するために港に行っていたのだ。

何もない校庭の何処に停めても良さそうなものなのに、車は校舎に平行に立てられた鉄棒の前にキチンと停車した。


西崎と深見が居るのを見て、伯方の部下の一人がビニール袋を掲げて見せている。ついでに夕食も調達してきてくれたらしい。


後部座席のドアを閉め、伯方が肩を揺らすようにして階段を上ってくる。

深見も西崎も一緒に校舎の中に入ることにした。


廊下を歩きながら伯方は、

「波間の屋敷を張らせていたんだが、そいつが車寄せの片隅に小さな船が置かれてあるのを見たと言っている。海が時化るのを知って、浜から引き上げて来たのかも知れんな。フェリーは、繰り上げの最終便が一時間前に出たんだが、大野はそれにも乗っていなかったそうだ。

波間の屋敷には少なくとも、二人居ることが分かったんだけどよ、」

と一息に話した。


「中にはもっと居るのかも知れませんね。」

深見が言った。


ガラガラと引き戸を開けると太郎が、「しー、」と唇に人差し指を当てて言う。叱り付けるような目つきだ。


「なんだ。寝ちまったのか。」

「やっぱり毎日気が張ってたんですよ。」

「そうですよね。痩せちまいましたもん。」

「安心した顔しやがって、」

スースーと寝息を立てる真司の顔を覗き込み、伯方と部下がが口々に言った。


「飯の匂いがしたら真司も起きるだろ。」

伯方が言うと、

部下はお茶を入れる用意を始めた。


「太郎さん、」

西崎は、伯方から聞いた話しを太郎に話して聞かせた。

一通り話し終わると、

「もっと他にも居るかも知れない…」

深見が同じ事を繰り返す。


太郎は、テーブルの上に置きっ放しになった真司の携帯を指差した。

「今日はまだウィークデーです。()()()は、真司君がまだ職場の寮に居るものだと思っているでしょうね。」

それは、大野や高峰 由稀世からメールや着信の類は無いという意味だろう。

「近づいている嵐がネックだと言うなら、それは()()()にとっても同じです。どの程度仲間がいるのか知りませんが、この荒天では漁船のチャーターを含め、応援の呼びようもありませんから、」


伯方が、近寄ってきてどしんと座り込んだ。

「太郎さん。それは…つまり…」


「そうです。今日しかありません。」














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