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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー⑰

二神は頷いた。

「なるほど。こちらといたしましても、何でもかんでも知りたいわけじゃありません。それに、葵さんに警察の手が及ばなかった点については、俊葵君がとても安堵しています。葵さんや橋本先生が疑われるのであれば、身代わりにでもなりそうな勢いでしたから。」


「俊葵君が?」

「はい。」

「それはなんともいじらしい…」

「ええ。橋本先生には思いもよらないでしょうね。

今のままでは永遠に俊葵君の片思いです。」

「片思い…面白い事を言う、それではまるで先生が葵さんだけを大事にしているみたいだ。」


ふふ、

二神は笑うだけで答えなかった。

それは、俊葵が自ら幸一に問い、幸一が直に俊葵に答えるべきものだからだ。


二神は長井の目を見据えた。

「長井さん。それであなたは、どうしてこのカフェにいたんです?この時期は予算委員会があったはずです。あなたも高瀬さんもこんな所にいる事が知れたら事だ。」


長井はその目の力を受け流すように、いくらかタイミングをずらして見つめ返す。

「前日に、高瀬さんに呼び出されました。

高峰 稀世果の父親が娘の死でウチの先生に不信感を持っていると、東京の高校に進学する時、橋本先生だから安心して任せたのに、どうなっているんだと、とても優秀な娘だった。話次第では民事で裁判を起こすと言っていると、」


「ほぉー、では、この面会は橋本先生も認めたものだったんですね。」

「そうです。」

「それでどうなりましたか?」


長井はかぶりを振った。

「どうもこうも、

あの日私は空港から真っ直ぐあのカフェに行きました。高瀬さんは既にあの席で私を待っていました。間も無くあの刑事が現れ、テラスに席を取り、続いて高峰 由稀世が現れました。

高峰 由稀世は中々私どものテーブルには来ず、結構な時間あの刑事と話していました。」


「話の内容は聞こえましたか?」

「いいえ。人が大分いてとてもざわついていましたから。」


二神は頷き、続きを促すように視線を合わせた。


「しばらく…二、三十分位ですね。それ位経ってから刑事は帰りました。そして高峰 由稀世が高瀬さんに合図をしてきて、私どもはテラスに合流して、

高峰 由稀世は怒り心頭だという話だったのに、いざ対面すると、

娘があんな破廉恥ハレンチな事をしていたとは知らなかった。親として不徳の致すところだ。橋本先生には娘の将来を買って頂いていたのに、期待を裏切ってしまい申し訳無いと、それこそ謝り倒してきたんです。」


「そ、そうですか…」

二神の想像とは真逆の話だった。


ーーしかし、違和感を感じる…ーー


「長井さん。写真では田村巡査部長は私服を着ています。それなのにどうして、高峰 由稀世の相手が警察官だと思ったのですか?」


「高瀬さんがそう言ったんです。」

「高瀬秘書が⁉︎」


コクリ、長井は頷いた。


二神はもう一つの違和感を口にする。

「伊野業議員と高峰 稀世果が賀詞交換会で出会っていたのは、多数の人間が目撃している。が、父親とも親しい付き合いをしていたとは…」


「初めは、なぜ高瀬さんが、とは思いました。しかし高瀬さんは驚くほどこちらの情報を知っていまして、怖いというか、伊野業議員と高峰 由稀世の繋がりを不審に思うどころの話じゃなくて、」


「なるほど、火消しに必死だったと、」

「まあ…そうです。」

「面会後は何処かに?」


長井は首をゆるく振った。

「いいえ。そのまま空港に、おかげで日帰りで東京に帰れました。」


「お一人で?」


「いえ。帰りは高瀬さんと一緒に、」


ーー違和感を感じるなんてもんじゃない。違和感しか無い…ーー


二神の頭は忙しく動いている。しかし手は手持ち無沙汰に、写真の束を弄んだ。

トントン整えた束がこぼれ落ち、パラリと解ける。

テーブルに散らばったどのショットにもランチを楽しむ楽しそうな面々。圧倒的に女性が多く、男性もわずかに居るが、ほぼ女性客の連れだ。


一枚の写真に二神の目が止まった。

ーー珍しい。男二人連れだ。テーブルの上にはアイスコーヒーのグラスだけか。二人は同じ方向を見ている。カウンターの位置からして目線は・・・ーー


「長井さん、この人達を覚えてませんか?」


カウンターの傍、出入りに近い丸テーブルを指差した。出入りに近く、室内の灯りがあるため、むしろ長井の姿よりはっきりと写っている。


「いいえ。気が付かなかったです。とにかく人が多くて、」


深見は顎に手を当てた。

「伊野業議員は、あちらに土地勘が有る。第一公設秘書の高瀬秘書も詳しいと見るのが自然でしょう。」


長井は頷く。


「それならば、このカフェがここまで混雑する事は織り込み済みのはずだ。ここを指定したのは、他に意図があったからだ。話し合いのためなんかじゃなく…」


「確かに、」

長井が食い気味に言った。

百戦錬磨の議員秘書。今更それに気がつくとは、いかにその時の長井が高瀬に取り込まれていたのかが分かる。


「しかし、恥ずかしながら私はあの土地にあまり土地勘は無いんです。遠出はいつも第二秘書の西崎君に任せきりで…」

長井は呟くと急にしょぼくれた。


キャリアのファーストステップは、幸一と同じ党の別の議員の私設秘書だったという長井。その議員がスキャンダルで失職。初当選した幸一に誘われて公設秘書になった経緯がある。クールというより冷徹、とにかく有能。幸一が党や国会で知名度を上げる度に長井の評判も知れ渡った。

しかし、その看板の陰で人知れず苦悩もあったのだろう。西崎と同じで独身の長井には、おそらくその胸の内を吐露する先がないのではないか。


西崎の名前を聞き、思わず肩が上がりそうになってしまった二神だったが、

幸い長井は自分の感情に拘っていて、二神の変化には気がついていないようだ。


「戒田社長に聞いていますよ。先生のご長男の一葵さんの葬儀は、ほとんど、長井さんが仕切ったとか、マスコミの対応を含めて見事だったと、西崎さんは、先生と一緒にオーストリアに行かれたんでしたよね。どちらの役目が重いかと言えば、やはり、東京にいて取り仕切る長井さんのお役目の方が重要だったと、私も思いますからね。」


長井は短髪を撫で付けると、顔の前で掌をヒラヒラ振った。

そして、照れ隠しか写真の縁を摘み顔を近づける。

「この二人は警察官でしょうか?」


二神は頷いた。

「多分。それも所轄では無いです。」

「えっ、」

「この人達は東京から高瀬さんを尾行してます。」


長井は唖然と深見の顔を見つめている。

しばらくして目を瞬かせ、やっと声を出した。


「なぜ?」


「なぜ…高瀬秘書があなたとの面会を追尾者に見せる理由ですか?それとも、高瀬秘書に尾行が付いている理由ですか?」


「その…両方でお願いします…」

長井が消え入りそうな声で言った。


くすっ、

「分かりました。こちらも全てをお伝えする事は出来ないのですが、

ある事をきっかけに、伊野業代議士を調べたことがありましてね。」


長井の眉間に深い皺が刻まれた。


「警察は随分前から高峰 稀世果と伊野業代議士との関係を知っていたのだと思われます。」


「ああ、さっき上客とか仰ってましたね。」


「秘書の間では、高峰 稀世果の組織は有名だったと聞き及んでいますが?」


長井は唖然とし、かぶりを振った。

「高峰 稀世果の組織について初めて知ったのは、警察の家宅捜索があったと知らされた時です。信じてもらえないかも知れませんが、」


二神は、掌で顎を擦っていたが、

「橋本先生の政界での位置付けもあるでしょうが、何より、高峰 稀世果を見出した張本人ですから、かえって、長井さんの耳に入らなかったのかも、」

と、頷いた。


信じてもらえたと安心したのか、長井は笑顔を見せる。


反対に二神は顔をしかめた。

「もちろん、肉体関係の相手が未成年というのは既に犯罪です。実際、警視庁が青少年保護条例違反容疑で伊野業議員の監視を続けていたという確かな情報もあります。

しかし、この人達は、誤解を恐れずに言うならば、その程度の容疑で動いているのではない。」


「と言うのは?」


「伊野業議員が売春組織の黒幕だと睨んでいるんだと思います。」


「え、あー、はい…」

驚きかけて長井は、コクコク頷いた。

「納得です。高瀬さんはかなりの裏情報通ですから、その出所はとなると、反社会組織等とのつながりを疑うしか無いと思っていたところですから。」

そして、急に存在を思い出したかのようにチーズケーキにフォークを入れた。

「しかし、伊野業先生が黒幕だとして、私との面会をその追尾者に見せる事が彼らのプラスになるとはとても思えません。」


「確かに、大してプラスにはならないと分かっていて、敢えてそうしたのかもしれない。

高瀬秘書がわざわざ橋本先生の地元で長井さんと会う。それが密談に見せる演出でもあった。混雑する店を選んだのは、長井さんに追尾者の存在を気付かれたく無かったから、

それをせざるを得ないほど、追い詰められているとも言えますね。

しかし…」


二神は、冷め切ったコーヒーを一口啜り、暑い空気のせいでゆらめいて見える窓の外に目を遣る。一階に位置するこの喫茶店の窓からは、向かいのビルと空の境目さえ拝めそうにない。


中々続きを話そうとしない二神を長井はじっと見ていた。

長井と二神は今日が初見ではない。

地元の事はほとんど西崎を頼っていた幸一が、急に孫の俊葵が幸一の妹夫婦の養子になると告げて来て、手続きのために引き合わされたのが最初だ。その時にも思ったのだが、この男とは初めて会ったような気がしない。じゃあどこでと問われると分からないから、今でも考え続けている。


「やっぱり、分からないな。」

二神が呟く。


「え?」

考えていた事が声に出ていたかと思った。

「何がです?」


「これですよ。」

二神は写真を指先で突いた。

「ここに、田村巡査部長までやって来た理由ですよ。」


「ああ、西崎さんに付き纏っているんですよね。この警官。」


「ええ、まあ、」

二神が頭をかく。


「先生に言われて調べましたが、県警でも相当の問題児だそうですよ。下手な鉄砲数打ちゃ当たるで、検挙率は高くて、それでも昨今は市民の目も厳しいですから、こういうタイプの警官には風当たりが強くなっているんですよね。それでも県警本部に席があるということは、誰か大物がバックにいるんだろうと、」


「で、誰か分かりました?」

「いいえ。」

「分からない?言えないのではなく?」


長井はコクリ頷いた。


「しばらく連絡がありません。」


「連絡がない⁈」


長井はみるみる目を大きく見開き、声はおろか息をする音すら飲み込んで二神を見る。


二神は、テーブルに両手を突いて立ち上がった。

「長井さん。国会議員秘書にとって情報源は肝だということはよく分かっています。それは弁護士だって同じです。今はその情報を分かち合うべきだ。違いますか?」






















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