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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー⑯

長井は、写真に目を落としたままだ。

二神はどんな反応も見逃すまいと言うように長井の顔を見つめている。


長井の様子は、見ようによっては驚きのあまり放心しているように見える。しかしそこは国会議員公設秘書。頭の中で、言える事言えない事を仕分けし、効果的なセリフを構想中といったところか、

長井は、写真の上を彷徨っていた目線を上げた。


「いいえ。これは私です。」


危うく、二神は安堵のため息を吐きかけた。ここで、『自分ではない。』とシラを切り通されたら、二神に残された手札はない。


「まさか、この二人と偶然にこの店に居合わせたなどと言うおつもりではありませんよね?」


長井は多少迷ったのか、一拍遅れで頷いた。


「これはとても危険な一枚です。やっと疑惑が晴れた橋本議員の秘書が、渦中の少女の父親と同じ写真に写っている。それぞれの面会の相手が、少女が発見された管轄の警察官と、少女が元締めをしていた売春組織の上客の国会議員の秘書ともなればね、」


ガバッ、

長井が顔を上げた。

血走った眼にはさっきまでの落ち着き払った佇まいは見る影もない。

はぁ〜、

長井は大きく息を吐き、腕時計を見た。

「電話を掛けさせてください。次の予定をキャンセルします。」

と言って腰を浮かす。


二神が、長井の肘を掴んだ。

「いえ。メールで済ませて下さい。」


「逃げたりしません。この写真が危険だと仰ったのは二神さん。あなたですよ。」

長井は片方の口の端を上げ、肘を掴む二神の手を片方の手で外した。



長井は約束通りに戻ってきた。トレーを持っている。トレーの上には、二人分のコーヒーとチーズケーキが二つ。


「誰もこちらに来ないようにしてもらいました。」

先程より幾分落ち着いた長井は、スマートな仕草で、皿やカップを置いていった。


「手慣れてますね。」

二神が言うと、

「人払いも仕事の内ですからね。」

掌をヒラヒラと顔の前で振る。


「違いますよ。給仕が手練てだれだって言ってるんです。」

「ああ、学生の頃アルバイトでウェイターをしていたせいでしょうかね。私にも若い頃はあったってことですよ。」

フッ、と長井は小さく笑った。



「気を持たせては悪いので、はじめに断っておきますが、」

長井はそう言い、話し始めた。


今回長井に突き付けた写真を撮った二神の情報屋について長井は何も知らないと言う。

その言葉に嘘は無いと二神は思った。

ーーまた別の手がかりを探さないと、ーー

しかし、二神は焦る気持ちを抑えた。

ーーこの写真に、高峰 由稀世に田村。高瀬に長井が会した理由はまだ分からない。そこにヒントが隠されているかも知れないーー


何れにしても、高峰 稀世果と幸一の関わりに最も詳しい人物がこの長井なのだ。話を聞かない手は無い。


二神は改めて写真をじっくりと眺める。

高瀬と長井、このツーショットは異様だ。同じ参議院議員秘書とはいえ、全く異質の二人…

政治家の秘書には大きく二種類がいると二神は思っている。後ろ暗いモノと積極的に関わる事を良しとする者と、後ろ暗いモノの存在は認めても見て見ない振りをする者。

二神の目に、高瀬秘書は前者に映り、長井は後者に映る。


長井にもそう伝えると、

ははは、と笑った。

「うちの事務所の若い子に、言われてるらしいんです。“長井のたらい芸”って、」


「たらい…ですか、あの丸い、」

「そうです。

たらい回しが上手いって、」

クックック、

愉快そうに笑う。そして唐突に口元を引き締めた。


「すみません。お仲間の行方が分からなくて気を揉まれているというのに…あなたはとても話しやすくて、余計なことまで話してしまいそうだ。いや、そうではなくて、知っている事は話します。と言っても、既に色んな事を知ってるんじゃないですか。」


苦く笑って首を振った。二神は、

「では遠慮なく、お聞きします。」

と言ってお冷を一口飲み、喉を潤した。


「犯人として橋本 俊葵君の名前が取り沙汰されたのは、彼が橋本先生の孫だから。彼は政争の具にされた。私はそう思っています。橋本先生に警察は接触していないようですがね。」


コクリ、長井は頷いた。

「ご家族はそういう意味でターゲットにされ易いのは確かでしょうね。先生はその事で心を痛めていらっしゃいます。次の選挙に障る障らない。そういう事は抜きにして、」


ーー言うだけならなんとでも言えるーー

二神は鼻白んだ。真偽は、幸一本人に聞いてみたところできっと埒が明かない。


「政争の具に関してはどうですか?先程申し上げた高峰 稀世果の裏稼業、随分と繁盛していたみたいですよね。そちらの業界で、」


「高峰 稀世果の裏稼業…本当にひどい話です。先生も騙されていたんです。期待のホープだと言っていました。彼女の事。」


「それはそれは、

ところで、長井さんがその事を知ったのは何時ですか?」


「何時かと聞かれれば、彼女が姿を消した辺りでしょうか。その頃には先生は高峰 稀世果とは全く関わっていませんでしたが、事務所に、『高峰 稀世果と連絡が取れない。』と、複数の問い合わせがあったんです。その直後ですね。警察に詳しい人が情報を伝えてくれましてね。」


「高峰 稀世果のどの情報ですか?」

「女子校に家宅捜査が入ったと、」

「なるほど、」


そこまでは二神が掴んでいる通りだ。

しかし、ただしが西崎から聞いた話によると、幸一は随分と高峰 稀世果に入れ込んでいたようだ。どうしていきなり交流を断つことになったのだろう。


「先生はいつ頃から高峰 稀世果と関わらなくなったんでしょうか?あの女子校は良家の子女が通う事で有名な所ですね。交換留学も盛んな学校ですが、アメリカ出身の彼女は留学生枠では無く、推薦枠で入学していますね。幸一議員の口添えが無ければ難しかったと思うのですが如何ですか?」


「もう調べられているんでしょう?そうですよ。咎められるほどの事でもないですが、痛くない腹を探られる理由くらいにはなります。だから関係者には口止めしていますね。」


「では、それ程に期待を掛けていた高峰 稀世果と交流を絶ったのはなぜでしょう?騙されていたとどうして分かったのでしょう?」


長井は不意に黙り、ソーサーから砂糖のスティックを取り、破いた。サラサラと落とされる粒々をカフェオレの表面に張った膜が一時受け止めるが、やがて重さに耐えられなくなってスーッと沈み込んでいった。


「その詳しい経緯は、言えません。ただこれだけは言えます。これを知る事は、葵さんにとって良い事でした。」


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