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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
75/102

ホリーホックホーリー⑩

わーっはっはっはー

伯方は仰け反って笑っていた。

「ひーっひーっ、腹いてぇ〜」

下重も腹を抱えている。


ポカンとしていた太郎は、緊張で蒼白だった顔色を、今度は紅潮させた。


笑い過ぎで咳き込んでいた伯方は、やっと息を落ち着けると、

「いや。それは無いよ。太郎さん。相手は中学生の嬢ちゃんだぜ。

ま、それは負け惜しみだな、何せ、肝心のお誘いが無かったんだしな。」

と、伯方が答えた。

右に同じと下重も頷く。


「どうして、高峰 稀世果は、伯方さんを誘わなかったのだと思いますか?」

今度は西崎が聞いた。


「どうもこうも、メリットが無ぇからよ。

誘いに乗ったって分かってるのは、今井社長。村の助役、小中学の教頭、民宿の旦那。 農協の支部長。フェリー運行会社の常駐社員。な?」

伯方がさも可笑しそうに言う。


「たしかに。島でのライフラインを抑えてるって感じですね。」

西崎が苦笑した。


「その高峰って小娘、アメリカ育ちなんだとな。どうも魚が嫌いだったらしいぜ。そのせいかもな。漁協関係者全員、粉の一振りも掛かってねぇやな。」

自分の言ったことが気に入ったのか、身をよじらせ笑い続けている。


そんな理由で、とばかりに太郎は目を見開いた。


西崎は、鼻の下に人差し指をトントンと当て、何か考えているようだったが、ふと顔を上げ、口を開いた。

「その中において、若く地位もない俊葵君に誘いをかけたというのはやはり説明が難しい。深見先生。深見先生はこれをどうお考えになりますか?」


下重などは、そんな分かりきった事を聞くのかと、目に見えて鼻白んでいたが、深見の意見が気になるのか、そちらを見ている。


「そうですね。最早、高峰 稀世果は故人ですので問診は叶いませんから、あくまで憶測で述べさせていただきますが、

僕は、高峰 稀世果は明らかにパーソナリティー障害を患っていたと思っていますが、いわゆるサイコパスの要素は少ないと思っています。」


「え…」

太郎が声を上げた。


深見は、そんな太郎を見て微笑む。

「サイコパスは、反社会性パーソナリティー障害の通称ですが、サイコパスにとっては、思い通りに操るために他の人間がいるという認識ですから、いくら父親でも、負債を補填してやろうとは思わないと思うんです。もちろん人の個性に同じものは一つとして無いですからね。そんなサイコパスも居るかも知れない。しかし私は研究者なので、そこには線を引かせていただきますが。


高峰 稀世果は、少なくともパーソナリティー障害の演技性パーソナリティー障害と自己愛性パーソナリティー障害の要素を重複して持ち合わせていたように思います。

確かに、社会常識より快楽第一主義だった点は否めないのですが、男達を誘惑したのは、自身の価値を確認するためだったいう動機がそこから導き出されます。


「どうして、男達を使って価値を確かめる必要が?」


「全てのパーソナリティー障害の発端は、存在価値を歪んだ形でしか認められなかった育ちゆえだと僕は見ています。つまり、著しい過小評価あるいは過大評価です。

勿論、そんな環境で育ったからといって、必ずしもパーソナリティー障害を発症するは限りません。元々その因子を持って生まれ、病態として出現するかどうかを左右するのが環境。そう言ったら分かりやすいですかね。


あ、話が逸れました。つまり、育ちの段階で、正当な自己価値感を持ち得なかった者は、他人を使って常に自分の価値を確かめる必要があるんです。

人はどこかで自分には存在価値があると思わなければ生きてはいけませんから。

あらら、それではまだ、俊葵君の例についての答えになっていませんね。フフ、」


そう言って体を揺らした深見は、ソファーに座り直し、再び口を開いた。


「葵さんと友人だったんですよね。彼女。おそらく俊葵君葵さん兄妹の絆の強さに興味を持ったのでしょう。俊葵君は純粋ですから、揶揄ってやろうと思ったのかも知れない。俊葵君の性格なら、彼女に靡かなかったでしょう。だから落としてやろうとでも思ったか…」


「それは恋愛感情とどう違うんですか?」

堪らず下重が聞いた。


「落としてやろうと思う感情も恋愛の一端ですから、否定はしませんよ。」

深見はにこやかに言った。


「つまり、高峰 稀世果は、利用価値もあるが、自分をチヤホヤしてくれる対象として男達を求めたという部分が大きかったと、そういう事ですかい?」

伯方が言うと、

深見は大袈裟なほど頷いた。

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