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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー⑤

太郎は、舳先へさきに手を突き、髪をなびかせている西崎を見遣った。


ーーこの人、島に行くとかえって人目を引いてしまうんじゃないだろうか。ーー


170㎝ほどのほっそりした体つき、二の腕まで捲り上げられた袖のせいで、外気に晒されている肌は血管が透けて見えそうに白い。


「もうすぐ着くぞ。降りる支度してくれ!」

船長が操舵室から顔だけ出して言った。


「はーい。」

西崎は首だけを後ろに捻って返事をすると、太郎に目を止め、ニッコリ笑った。


太郎は観察していたことが多少気まずく、苦笑いを返しただけだった。


船は間も無く姫島漁港に入港し、西崎と太郎が乗船前に指示を受けた迎えのワンボックスカーに滑り込むと、車が滑らかに動き出した。


「漁労長は自宅でお二人をお待ちしています。」

運転している男は振り向きそれだけを言うと、傾斜のきつい狭い道に向けて、アクセルを踏み込んだ。


西崎と太郎は顔を見合わせる。

車に乗るのは、漁民以外居るはずのない漁港で、二人が人目に触れないためであって、待ち合わせ場所は漁協の執務室のはずだ。


「どうしたんですか。何かあったんですか?」

西崎が問うと、

男は前を向いたまま頷き、

「有ったことは有りました。でも詳しい事は…まあ、とにかく行けば分かりますから。」

と言った。


視界が大分開けて来た所で車はやや北向きに進路を変えた。

「西崎さんちょっと、」

太郎が進行方向を見ていた西崎の肩をちょんちょんと突っつく。

西崎が運転席側の太郎の指差している方向を見ると、そこは抉れたように低くなっている場所で、視界のうんと下の方に緑に囲まれて何か黒っぽいものが光って見えた。

太郎が、

「瓦屋根が見えましたか?」

と聞くと、

西崎は一時首を傾げ、それから頷いた。

「あれが波間の屋敷です。」

そう言う太郎の顔からは血の気が少し失せていた。


漁労長の家は、そこからさらに登った所にあった。

家自体はさほど大きくはないが、作りの精緻な純和風家屋で、大きな鬼瓦が上がっている。

太郎は家を見上げている西崎の側に立ち、

いぶし銀のような色でしょ。なので、これを燻し瓦と言います。かつての波間の屋敷にも同じ瓦が使われていました。」

と無表情で言った。


そこで車を駐車スペースに入れて戻って来た男が戻って来て、

「さあさあ、漁労長が首を長くしているはずです。」

と家の方に追い立てられた。

しかし誰かが迎えに出てくる気配も無い。

男は脱いだ靴もそのままに、目の前の廊下をのっしのっしと歩いていく。

表から見た家は大きく見えなかったが、廊下は意外と長くクネクネ折れ曲がっていて、薄暗い。下手をすると迷子になってしまいそうで、太郎と西崎は急ぎ足で付いていった。


男に追い着くと同時に、その部屋のドアが中から開いた。

「やあ、遅かったな。」

などという声が聞こえ、太郎は咄嗟に腕時計を見た。

本島の家を出て、一時間半も経っていないのに驚いた。フェリーを使ったなら、この倍はかかる。


「これはこれは、お久しぶりです西崎さん。こんな所でブラブラされていてもよろしいので?」

遅かったなと言った男性が立ち上がり、西崎に右手を差し出した。


「ええ。私もそろそろクビになりそうですから、職探しに参りました。伯方はかたさん雇って下さいませんか。」

西崎が切り返し、その手を握った。


部屋の中には三人の男が居たが、一人を除いて全員が笑った。


「ははは。ご冗談を、西崎さんの優秀さにはいつも舌を巻いてます。そんな西崎さんが失業する訳ないじゃありませんか。」

そう言いながら、太郎と西崎に椅子を勧める。


ーーこの貫禄のある人が伯方さんか。戒田さんの友人の漁労長だな。ーー

太郎は一人頷いた。


「ところで、初めてお目に掛る方がいらっしゃいますが、こちらは?」

西崎が聞いた。

目線の先には明らかに他の面子とは風貌も顔付きも違う小柄な男がいる。

「ああ、この方は…」

伯方がちらりと目を遣り、苦笑いした。

「ご本人曰く…」


「あーっ!深見教授!あの、“*vamp(ヴァンプ)〜それを病と呼べるのか〜”をお書きになった深見 みさお教授ですよね?」

いきなり太郎が素っ頓狂な声を上げた。


「まあ…」

小柄な男はそう言って小さく笑い、伯方をチラッと見た。

「別に、ご身分に関してわしは疑ってはいませんよ。」

伯方は肩をすくめた。

「ところで、鈴木さん。この先生はそんなに有名な方なんですか?」


名前は事前に糺から聞いていたのだろう。自己紹介をしていないのに伯方のドスの効いた声で呼ばれた太郎は肩をピクリとさせた。

しかし、深見について語りたい気持ちの方が勝ったようで、


「もちろん!映画“vamp (ヴァンプ) or Psychopath(サイコパス)

?”の原案になったのは、先ほど申し上げた“vamp〜それを病と呼べるのか〜”なんですから、」

と一気に捲し立てる。


西崎を含めた三人がそれを知らなかったようで、

「ふーん。」と相槌は打つが、それと聞いても大して興味はなさそうだ。


「鈴木さん。色々教えて下さってありがとうございます。」

伯方は、真っ黒に日に焼けた頬を片方上げる。


太郎は、その顔の方がかえって怖くて、

「いえ、」

と答えるのがやっとだった。


伯方は、その不自然に頬を上げた顔のままで深見に向き合った。

「もう一度聞きます。深見先生。あの場所で一体何をなさっていたんでしょうか?」


深見はため息を吐いた。

「何度も申し上げています。観光でこの島を訪れて迷い込んでしまったと、」


「あの道路は私有地です。あの場所に立っている時点で、不法侵入をしていたんですよ。それもさっきから言っていることです。」

「それでは、僕も繰り返させていただきます。不法侵入とおっしゃるなら、警察に突き出せばよろしい。警察官でもないあなたに、言う筋合いはありません。」


何を揉めているのかは分からないが、深見は芸術家のような繊細な見かけながら、迫力満点の伯方と互角に張り合っている。太郎は感心して見入ってしまっていた。


「いいや。あなたは言わなくてはならない。」

「何故です?」

「この人が来たからだ。」

伯方は西崎を指差した。


深見は西崎を見て、怪訝そうに目を細める。


「どうしてかって?この人は、あなたが中を窺っていた家の持ち主の秘書さんだからですよ。」

伯方はそう言うと、勝ち誇ったかのようにニヤッと笑った。




vamp(ヴァンプ)・・・妖婦ようふ。男を惑わす艶めかしく美しい女。















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