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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー③

二日後の夕方、西崎が東京からやって来た。

楽しげにさえ見える西崎の様子に何かを感じ取った糺が、仕事を辞める話しは付いたのかと尋ねた。


西崎はかぶりを振った。

「長井さんに、取り敢えず溜まっている有給の消化をしてはどうかと言われました。先生に辞職願を渡してくれたのか聞いても、はっきりとは答えてくれなくて…」


「そうですか…それは何と言ったらいいか、」

「全くです。宙ぶらりんな事この上ない。」

そう言って西崎は微笑む。


「そんな時に来ていただいて良かったのでしょうか?」

「ええ。私が来たかったんですから。それに、こちらに来る事は長井さんには伝えました。もちろん何をするのか、までは言ってはいませんが、」


「すみません。色々言い難いことをお尋ねしてしまいました。」

糺が眉を下げると、

西崎はまた頭を振り、

「それよりも、今はこちらのお手伝いの方に気持ちが向いているので、」

と言うとにっこり笑った。


西崎にやや遅れて、太郎が合流した。

到着早々、玄関で洋子と何やら話している。

そう言えば洋子は昨日、鈴木兄弟の叔母を見舞っていたのだ。


「洋子、俊葵!矢野さんもいいかい?」

糺が廊下で声を張り上げ招集をかけた。


テーブルに着くと、糺は全員の顔を見渡した。

「ここにお集まり頂きましたのは、これまで、些細な情報だと思っていたものが重要だったり、一見脈絡の無い気付きが突破口を開いたりという事が多々あったので、この際、皆で情報と考えを共有した方が良いと思い至ったからです。」


うんうんと全員が頷いている。


「今、俊葵には警察の尾行、監視は付いていないものと思われます。」

糺が西崎と太郎を見遣る。きっと、戒田邸に来る時に何も見かけなかった事を確認したかったのだろう。

二人とも頷いたのを見て、ホッとしたように糺が微笑んだ。


「俊葵の前に警察が現れたのも急なら、引いたのも急だった。

俊葵に掛けられた嫌疑が完全に晴れたのかどうか、今、二神弁護士に探りを入れてもらっています。

その結果、嫌疑が晴れたという事ならそのままそっとしておきたいというのが正直なところなんですが、

しかし、一度掛けられてしまった疑いを人は容易に忘れない。ぶり返すように人の口に上り、その度に俊葵が傷つけられるのは耐えられない!」


俊葵は湧き上がるもので瞳を光らせて、糺を見つめている。


「僕は、ここで打って出ようと思います。」


一同は息を呑んだ。


「しかし、僕は犯人探しをしたいのではありません。」


糺が全員の顔を見渡す。


「ご存知の通りに、名前が挙がったのがなぜ俊葵だったのか、不可解な点があまりにも多過ぎる。

新しい情報を考察する度に、まるで別のジグソーパズルのピース同士を無理矢理に嵌め込もうとしているように感じられてならない。

僕達がやらなければならないのは、俊葵を犯人にして得するのは誰なのかを知る事です。その誰かが、犯人であるとは限りませんからね。」


「そうですわね。それに、犯人がいるのかすらも分かりませんもの。」

洋子が不意に言った。

皆の目が洋子に移る。

「それがもし事故だとしたら、犯人は居ないわけですから。」


その意見に全員が頷いた。


「もちろん、皆さんは既にその可能性にお気づきだった訳ですけど、私がわざわざそれを申し上げたのは、」

そこで洋子はちらりと糺を見上げた。

話を続けてもいいよと言うように糺が目顔を返すと、洋子が微笑み返した。


波間はま泰斗たいとの残した歌を改めてご紹介したいからなんですの。」


太郎は首を傾げて他の面々を窺った。西崎は頷いている。

西崎は前回戒田邸を訪ねた時に、直接洋子から聞かされていたが、太郎はまだ聞いた事がなかった。


「『きよらかならぬ たかいみねの ゆきをいただくことなき…』」

洋子が、朗々と歌う。


はっ、

聞いていた太郎が息を飲んだ。


「稀世果、高峰、由稀世…」


洋子が頷く。

「もう、四十年も前に、泰斗は御告げを得ていました。その存在が島を沈めると、」


太郎がブルリと身体を震わせた。

西崎もギョッとしたように固まっている。






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