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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ホリーホックホーリー②

俊葵は、ずっと木製の柵に押し付けていた額を離し、焼き菓子のような匂いのするその未知の物体に恐る恐る手を伸ばした。

やっと指先が触れようという、その時、


「子供は玩具じゃないんだぞ!」


廊下の奥から怒鳴り声が聞こえ、俊葵の指先がぴたりと止まった。


「ん、にゅ…ふ、ん…」

ベッドに横たわる、何もかもがピンク色の物に覆われたその物体が、規則正しく立てていたスーピーという音を僅かに乱す。


俊葵は完全に手を引っ込め、小さなベッドから後退った。


「そんな事言ったって、今更、どこかにやる訳にはいかないでしょう?」


ーー洋子叔母さま!ーー


「どうしてお前は一葵に甘いんだ!いつもいつも、俊葵の事だって、海外の仕事に行く時は迷惑掛けられっぱなしじゃないか!」


ーーお祖父さま?ーー


「私がそれで良いと言ってるの!それとも何?啓子姉さんが俊葵の面倒を見てくれるとでも言うんですか?」


その洋子の言葉を最後に、誰の声も聞こえなくなった。

足音が近づいてくる。

ガチャ、

ドアが開いた。


「あ、俊ちゃん。お利口さんね。葵ちゃんを見ててくれたの?」

洋子が俊葵の目線に下りて頭を撫でた。


「あ…おい?」


「そうだよ。葵。君の妹だよ。」

振り向くと、一葵がドアの前に立っていた。

スタスタと歩いて、ベッドからピンク色の塊を抱き上げる。


ン、ンン…グウェ、ンン…

意味を成さない音を発していたかと思うと、葵と呼ばれたピンクの物体は突然目を開けた。


「葵、ほぉ〜らお兄ちゃんだよ。」

一葵は、葵を縦に抱き、頭を支えて、お辞儀をさせるみたいに身体を前に倒すようにした。


「あら、ちゃんと見てるわ。俊ちゃんの事。」

洋子が手を叩いて嬉しそうに言う。


「どうだ、可愛いだろう?」


そんな事は分からない。でも目が離せなかった。

オニキスの湖のような瞳。

そこに映る自分がどうしてそんな顔をしているのかが不思議で仕方なくて、


「あら、俊ちゃん…」

「そうか。俊葵も嬉しいのか。」


俊葵は自分でも知らないうちに泣いていた。



ドンドン、

何かを叩く音で意識がふわりと浮かび上がった。

目を開けると、辺りは薄暗くて、


「俊葵、俊葵!そろそろ起きなさい。夜寝られなくなるわよ。」


「ゔ、あー、お、母さんか…ゔ〜ん…お、き、る〜、起きた…」

「ふふふ。分かったわ。早くいらっしゃいね。」


結局俊葵と糺は戒田邸に帰った。

洋子の顔を見るなり積もる話を始めようとする二人を、むしろ洋子が、昨夜寝ていないんだろうからと、ベッドへと追い立てたのだった。


ざっと顔を洗いダイニングに顔を出すと、やはり起き出したばかりか、緩慢にティーカップを口に運ぶ糺がいた。


「おそよう。俊葵。」

声も眠そうに糺が言った。


「あは、懐かしいね。おそよう。」

「うふふ。そうね。一葵が時差ボケで変な時間に起きてくると、あーちゃんが言っていたわね。『父さん、おそよう。』って、」

「フフッ、あのさ、葵の夢見たんだ。葵がウチに来た時の、」

「そんな小さい頃の事覚えているのかい?」

糺が驚いたように言った。


「いや、覚えていたというか、覚えていたのを忘れてた…」

「ふふ。」

洋子が俊葵の分カップを出してきた。


「奥様。お湯、もうお入れしてよろしいですか?」

矢野がキッチンとダイニングを隔てた暖簾がわりのレースのカーテンをめくる。


「あ、矢野さん。お願いします。」

俊葵が洋子の代わりに言った。


「はいはい。」

矢野が顔を引っ込めるとすぐに、花の香りが鼻腔をくすぐった。


「ジャスミンティーだね。俺好きだな。」

「そう。良かった。これ、頂き物なの。」


洋子は、時々知り合いに編み物の製作を頼まれるが、材料費以外に料金のようなものは受け取らないので、代わりにこうして物を届けてくれる人がいるのだ。


「前にも言ったけど、俺に対して祖父さんがああでもさ、別に良いと思ってるんだ。」

二口目のジャスミンの香りが鼻腔を抜ける刹那、俊葵は言った。


「俊葵…」

糺と洋子は戸惑い気味に目を合わせる。


「本当だよ。それってその分だけ葵を守ってくれるって事だろ?例え、跡継ぎだからっていう計算()くでもさ、」


「そう、とも、言うわね…」


「もちろん。会社もあるのに、俺に付き添ってくれて、お父さんにはなんて言って良いか分からないくらいに感謝してる。だからさ、もう、ふつうに出勤してよ。ね?」


「そうよね。私も気になってはいるんだけど…」

洋子が上目遣いで糺を見る。


「ああ、そうだね。じゃあ明日は行ってこようかな。あーあ、ズル休みの口実が無くなっちゃったよ。」

そう言って糺はおどけた。


俊葵と糺が肩の力が抜けたこんな会話ができるのも、太郎と次郎の鈴木兄弟が、協力を申し出てくれたからだ。

特に太郎は姫島に乗り込んで調査を手伝ってくれるとまで言い出した。



「それはとてもありがたいお申し出ですが、この裏に一体何あるのかほとんど分かってないんですよ。そんな危険な事とてもとても、」

糺が言うと太郎は、

「でも、西崎さんという方にはお願いするんでしょう?その方だけでは手に余るんじゃありませんか?」

と引き下がらない。

フフフ、

二人のやり取りを聞いていた次郎が笑った。

「戒田さん。諦めた方がいいですよ。兄は一度噛み付いたら離れないスッポンみたいな所があるんです。結構な特技ももってますし、きっとお役に立ちますよ。」


()()()()()の所で、太郎がニヤッとした。そんな太郎を初めて見た俊葵は首を傾げる。


「手伝って下さるとなれば願ったり叶ったりですが…では、お願いしてもよろしいですか?」


「「ぜひ!」」

兄弟の声が揃った。


「と言っても、私は店をそうそう抜けられないですが、」

次郎が申し訳なさそうに言うと、


「ううん。次郎さんの情報で、わかった事いっぱいあったんですから、」

俊葵が首を振った。


「そうですよ。次郎さんにはそのままでお願いしたい。それに、大野氏と田村巡査部長にはすでに顔を知られているわけですから、島で鉢合わせにでもなったら…」


「そうですね。分かりました。では、私はベースキャンプって事で、」

次郎がにっこり笑うと、

コクコク全員で頷き合った。


「西崎さんと合流でき次第、姫島漁協の漁労長とお引き合わせすることにしましょう。」












































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