ホリーホックホーリー
次郎が作ってくれた昼食を食べていると、
糺の携帯に二神から、俊葵の携帯に洋子からほぼ同時に着信があった。
「テレビを見ろって?」「次郎さんテレビ見ていいですか?」
「ああ、はいはい。」
太郎が身体を伸ばし、カウンターの隅に並べられていたリモコンを押した。
そこには、所属する党のロゴマークをデザイン的に配した衝立をバックに、目の前には沢山のマイクを据えられたテーブルに着く幸一が映っていた。
「!」
糺と俊葵は声もなく顔を見合わせる。
『えー、それでは、会見を始めさせていただきます。質問のある方は挙手をしていただき、会社名と…』
チラホラ挙がる手の中から幸一が一人を選ぶ。
『えー、今回、橋本先生の抗議を受け入れて、記事を掲載した全ての週刊誌が店頭からの回収と訂正文と謝罪文の掲載を決めましたが、この決定は極めて異例だと思います。それには、橋本先生の議員としての身分、党内で要職に在られる威光が大いに影響しているという声もあります。そこのところ、どのようにお考えになりますか?』
『あなたは、弘文社さんか、週刊マヒルを発行されてる…ふん。「声もある。」か、どうして、「自分はそう思う。」とは言えないんですかね。自分の意見をぼやかして批判を躱そうとする人に、答える筋合いがあるとは思えないが、』
質問にまるで応えていない幸一に、会場内には憤懣やる方ない空気で満ちていた。
平身低頭でいる必要はない。だからと言ってこれでは逆効果だろう。
鈴木兄弟は、親が知り合いというだけの地元の名士を、歯痒い思いで見つめた。
ーー店頭回収?!訂正、謝罪文掲載?!ーー
俊葵は目を丸くして糺を見た。糺も同じような表情で、俊葵を見る。
なんとか気を取り直し、二人は目を画面に戻した。
画面は、全員が挙げているのではないかと思われるほど沢山の手で塞がれている。
『では、一番奥のあなた。』
『はい。共有通信社の木村と申します。記事の内容に関しては、確かに行き過ぎな面も多々あったとは思います。未成年者のプライバシーに関わる部分も多かったですし、しかし、記事の全てが事実に即していないとは言えないと思います。現に橋本先生は、ある年、地元の賀詞交換会に、話題の少女を伴って出席されています。公式の場に関係が明らかでない人物を同伴されるのは、公人として軽はずみだったと思うのですが、如何でしょう?」
『ほぉ、さすが通信社さんだ。ご自分の意見を的確に述べられる。おまけに週刊誌も出されていない…』
そう言って、幸一はギョロッと会場を見回す。
木村という女性は肩を上下させて笑った。
『たしかに、私は一昨年、地元商工会が主催する賀詞交換会に当該少女を伴って参加しました。実は、発表はもう少し先にするつもりでしたが、いい機会なのでお知らせ致します。
この程、国連の機関である、国際食料計画の青少年会議を私の地元に誘致することが正式に決まりました。実はその少女を我が国の代表に押し出していこうと、各方面の方々に紹介しておったところなのです。その矢先の不幸でございました。大変優秀な女性でした。残念です。この場をお借りして、冥福をお祈りしたいと思います。』
そう言って幸一は目を閉じ、首を垂れた。
一瞬にして粛然とした空気が会場に流れた。幸一と一緒になって黙祷を捧げる者まで現れた。
司会者が質問を促しても、手を挙げる者は誰も居なかった。
「太郎さん、もう…」
俊葵が言うが早いか、太郎は素早くテレビの電源を消した。
「全く、橋本先生の独壇場でしたね。」
と、次郎。
糺は頷き、
「してやられた…」
と掌に顔を埋めた。
「そうだよね…二神先生が言ってたのって、店頭回収とか謝罪文掲載とかそういう意味じゃないよね…」
「ああ。今朝の電話でも、お義兄さんに、俊葵の個人情報が警察から漏れてるって話したんだ。お義兄さんも、『それは面倒掛けたな。すまなかった。』って言ってくれたから、意思の疎通ができたものだとばっかり…」
そう言って糺が珍しく項垂れる。
俊葵は、いつも糺がしてくれるように、ポンポンと糺の背中を叩いた。
「とにかく、どうしてるか気になるから、俺、お母さんに電話掛けてみるよ。」
糺は、はっとしたように目を大きく開き、「頼む。」と小さく言って、またも項垂れた。
洋子の話では、戒田邸の前に記者らしき人影は無いとの事だった。
「家に帰ろうか。俊葵。」
糺が力なく呟いた。
「うんそうしよう。お父さん帰ってきたら、お母さんきっと安心するよ。でもその前に、二神先生と話しておいて。お父さん、」
コクリと頷くと糺は携帯を持ち上げた。
二神は、来客中という事だったが、しばらくすると掛け直してきた。
『リアルタイムで会見を見ていなかったんですよ。今、秘書からあらましを聞かされて驚いていたところです。糺社長。今、ご自宅ですか?』
「今は、鈴木さんの弟さんの喫茶店だ。急遽店を閉めてくださって、そこに居る。うちの前に、昨夜から記者が居ないというんで、帰れるなら帰ろうかと思っているんだが、いいかな?」
『もちろんそれは結構ですが、』
「警察は先生のところに何も言ってきていないのかい?」
『はい。何も、私がマンションを出る際、記者は大勢居ましたけど、警察が尾けて来る事もなかったですし、』
「そうか。あの清掃会社のバンにも一台も付いて来なかった。」
『それは良かった。コンシェルジュの吉岡さんにも、不審な車が停まっていたら即警察に通報して良いと伝えてありますが、今のところ、そういう車両は見かけていないとのことです。
糺社長。橋本先生と私達に見地の齟齬があるのは確かです。がしかし、マスコミが俊葵君を追い回すのを止めさせるのが本来の目的だった訳ですから、今のところは良しとするべきかと、
情報収集は継続して行います。そこで何か新しいことが分かったらお知らせします。今日はゆっくり休んで下さい。』
ピッ、
「分からん…」
通話を終え、首を振る糺を鈴木兄弟が真剣な眼差しで見ていた。
「警察が動いていないんですか?」
と次郎が聞く。
「二神先生のところにも何も言ってきてないそうです。」
糺の言葉に信じられないといった様子で太郎が目を見開いている。
「差し出がましいようですが、一つよろしいでしょうか?」
次郎が、おずおずと口を開いた。
糺が頷く。
「私にはそうそう、警察が諦めるとは思えません。
それは、以前、大野さんと警察やマスコミも絡んだ揉め事がありまして、その時に得た実感と言うか…」
「はい。お兄さんにお聞きしていました。」
コクコク次郎は頷き、
「あの出来事は、民間人と民間人の揉め事で、警察も民事不介入の原則もあったから、この件とは条件も違う部分もあるのですけど、」
「でも、警察は明らかに向こうの肩を持ったじゃないか!」
じっと聞いていた太郎が声を荒げた。
「そう、今それを話そうとしてる。」
「あ、ごめん。」
太郎が顔を赤らめて謝ると、
次郎は苦笑いし、話を再開した。
「オウムの件で、保健所の許可を得ていると主張すると警察は、在留期間を過ぎている外国人を雇っていると言い始めて…」
糺は、両手の指を組み、次郎の目を見つめて聞き入る。
「以前に、中東出身の青年をウエイターとして雇っていまして、雇い入れる祭、在留資格証の提示を求めました。記載されていたその期間に十分猶予があったのは確かです。彼は留学生でしたが、その後故郷に帰る為にここを辞めました。後で分かった事ですが、その青年は再入国していて、在留期間の更新が認められないまま在留してしまい、摘発されていたらしいのです。」
「そのことは警察に言ったんですよね?」
と、俊葵。
「もちろん。
しかしその警察官は言いました。雇っていた期間を証明できるのか?そんなものいくらでもどうとでもできるんだぞ!と、
私は、折れるしかなかった。父の代から飼い続けている店の名前にまでなっているオウムを家に連れ帰りました。」
「でも、でも、サブは…」
太郎が目に涙を溜めている。
次郎が頷いた。次郎の瞳も僅かに光っている。
「家に連れ帰って一ヶ月も経たず…死にました。」
「店の前にマスコミが集まり、それが続いて、もう店を閉めるしかないのかと思い始めた頃、お店のほかのお客さんが、マスコミに抗議してくれたり、集めてくれた署名を警察に届けてくれたりして、なんとか…」
「そんな事が…」
俊葵の目も潤んでいる。
「警察は、一度決めたターゲットを容易に諦めない性質があるようです。今は、一時的に橋本先生の抗議のせいで動きが止まっているかもしれませんが、これからはもっと大胆に動いてくる可能性も、」
「どうしてそう思うんです?」
糺が鋭く問うた。
次郎も同じ鋭利さで見返す。
「会見を見るに橋本先生は、ご自分と高峰 稀世果との関係を釈明したに過ぎません。俊葵君が言った、『祖父さんは自分のメリットになる事しかやらない。』の通りです。そのニュアンスをマスコミが感じ取ったら?」
俊葵が立ち上がった。
「そうか!祖父さんの跡継ぎだとそのまま勘違いし続けてくれたら、マスコミも大人しくなってくれるかも知れないけど、俺は戒田の養子になるんだし、それを田村刑事にも言ってしまったし…」
「い、今、田村刑事と言いましたか?」
次郎が驚愕といった顔で俊葵を見つめている。
「は、はい、」
「その、田村刑事です。ここに来たのは!」
「「「え、ええーっ、」」」
太郎まで一緒になって叫んだので、一同の目が集まった。
「だって、僕も知らなかったんだもん…」
太郎が拗ねるように言った。
糺が腕組みをして唸る。
「正しく、次郎さんが仰るとおりですね。警察は食い下がり続ける。少なくとも田村巡査部長は…
そう言っていた糺は不意に糺は立ち上がり、両手拳でカウンターを叩いた。
「だが成果はあった!大野氏と田村巡査部長。二度とも偶然に二人が関わったなんてあり得ない。この二人は間違いなく繋がっている。」




