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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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メランコリック アポロン⑳

糺は、西崎との関わりや、おおよそ実生活とは無縁なギリシャ神話が、なぜそこに登場する事になったのかを、鈴木兄弟に語って聞かせた。


急にこの仲間内に引き込まれた次郎は、自分がその話を聞いていても良いのかと、時々兄の表情を伺っている。

しかし、元来、頭の回転が速いのだろう。話を聞きながら、時々目線を空に彷徨わせたり、こめかみをグリグリ押したりして何かを考えている。

そして糺が話し終えると、

「この記事では、ギリシャ神話でのダフネとは、月桂樹とあります。しかし、高峰 稀世果の遺留品は、沈丁花だったんですよね?」

と、尋ねた。

俊葵は頷く。

「ダフネが月桂樹を指すんだとは、俺、知らなかったです。ダフネは沈丁花の英語名だって、父さんに、あ、一葵父さんに聞いていたもんですから、」


「あ、一応、それは合ってるらしいよ。沈丁花も月桂樹もダフネだね。」

と、太郎が携帯を操作しながら言う。


「思うに、高峰 稀世果が持っている花としては、沈丁花より月桂樹の方が良くないですか?」

次郎が言うと、一同は一瞬ポカンとして次郎を見つめた。

次郎は苦笑いする。

「ですから、その紙片を高峰 稀世果がたまたま持っていたとしても、沈丁花の花も持っていたということは、この紙片の言葉と関連付けたいという意図が明白ですよね?」


糺、俊葵、太郎がコクコク頷いた。


「つまり、メッセージを込めている。それなら、最も有名な神話にも登場する、月桂樹を持っていた方が、演出効果は高いって話です。沈丁花よりもね、」

そう言って次郎が皆の顔を見渡す。


「あー、でも、月桂樹が手に入らなかったのかも、」

ウェブサイトで、月桂樹が地中海沿岸の原産だと知った太郎が言う。


俊葵は、庭の様子を思い描いた。

玄関に続くアプローチの傍に初夏になると黄色い花が咲く木が…父さんがブラジルから持ち帰ってきて、あれはたしかミモザと言った…もう一方にはもっと前から生えている、香りの良い葉っぱの…

「いえ、鈴木さん…太郎さん。うちの庭にありました。月桂樹…」

そう言って俊葵は、茫然とした。


「「えっ、」」

糺と太郎が驚いている。


「やっぱり、家が“沈丁花屋敷”と呼ばれている事になぞらえているのかな…」

俊葵がしょんぼりと言った。


次郎は慌てた。

「すみません。私が余計な事を言ったばっかりに、」

そう言うと、兄に似ないしっかりとした眉毛を情けないほど下げている。


「そうだよ!言い方に気をつけてよ。俊葵君はね。とっても純粋で繊細なんだ。」

なぜか太郎が胸を張って言う。

それを聞いた俊葵が両腕で抱えるようにして顔を覆った。

覆い切れていない耳は真っ赤で、腕に隠れている顔も同じようになっているであろうことは有り有りだ。


ぷぷぷ、

糺が吹き出した。

それで俊葵は弾かれたように顔を上げ、拗ねて唇を尖らせた。

「お父さん!笑うなんて、ひどいよ!」

「そうですよ。本当のことなのに、」

太郎が大真面目に請け合う。


「もう…勘弁して下さい。太郎さん、」

俊葵が真っ赤な顔を掌で扇いでいる。


次郎も思わず吹き出していた。


ーーたしかに、この少年は、幼児のような心のまま大きくなったという感じだ。その清流のような心に触れれば、人は二つの反応を示すだろう。友情、愛情、その形に関わらず関わっていきたい。という反応。そしてもう一つは決定的に汚してみたいと思う反応だ。高峰 稀世果が、週刊誌に書いてある通りの少女なら、この少年に対しては、後者の反応をしたのに違いない。ーー


次郎はすっかり仲良くじゃれ合うようになっている三人を横目で見ながら、何気なく、手元の週刊誌を閉じ、一つに積み上げた。そして一番上になった見出しにふと目を走らせる。


『メランコリック アポロン 〜憂鬱ゆううつなアポロン〜』


ーー繊細なあまりに戸惑うその姿が、その美しい外見と相まって物憂げにでも見えていたのだろうか…この少年の本当の心を見れば、憂鬱など小指の先ほどもないことが分かるのに、ーー


次郎は、そこまで考えて、ふふと笑った。それは、出会ったばかりのこの少年に知らず知らずの内に肩入れしてしまっている自分に対してのものだったが、そこを当の俊葵に見られて、


「もう!」

と、ふくれっ面をかえされてしまった。


自分でも驚くほど泡を食った次郎は、

「そろそろお腹空きましたよね?」

と誤魔化すように言って、カウンターの中に入っていった。






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