メランコリック アポロン⑫
「待って下さい糺社長。私は提出した方が良かったなんて一言も言ってませんよ。」
二神がニッコリしながら言った。
「しかし先生は、警察が盗聴器や監視カメラの映像について予め知っていたと考えているんだろう?」
「糺社長。だからこそ、です。
相手の出方を予測出来るのに、それを利用しない手は無いと思いませんか?少なくとも弁護士なら利用しますよ。
警察は、今井君を上手く引っ張り込めたと思っているでしょう。盗聴器や映像提出に備えて何かしらの手立てを準備していたはずです。何なら、俊葵君の不利に持っていくつもりだったのかも知れません。」
「じゃあ、俊葵が提出を拒否したのは、結果的には良かったのか…」
二神は頷いた。
「私にとってもそれは賭けでした。しかしと言うか当然と言うか、警察は新たな動きを見せていません。それは、客観的証拠が何も出てきていない事を意味します。」
「じゃあ、しばらく我慢していれば、この状況も…」
鈴木が嬉しげに言うと、
二神は真顔で首を横に振った。
「事態はそう単純ではないでしょう。俊葵君の個人情報の漏洩がそれを表している。」
「ああ、確かに、」
糺が唸った。
キョトンとしている鈴木に、
「俺の通う高校に、記者と名乗る人から問い合わせがあったらしいんです。」
俊葵がそっと教えた。
鈴木が目を見開く。
「大野という人物が関わっているのですか?ああ、高峰 由稀世か…」
「その二人についても調べ始めています。
しかし、その二人だけでは情報の出所には辿り付けない。」
二神は窓辺まで歩いて行き、引かれていた分厚いカーテンの隙間から地上を見下ろした。
案の定、いつものあの車が路肩に停まっている。
残りの面々は、すっかり冷めきったコーヒーを啜った。
静まりかえった中、
「俺、真司に連絡とってみる、」
突然俊葵が立ち上がった。
皆が釣られたように腰を浮かすのを見て、
「え、何?ダメ?」
俊葵が携帯を取り出す手を止めた。
「い、やぁ、ダメじゃないが、」「大丈夫なのかい?」「それは、良い考えです。」
糺と鈴木は、全く違う二神の一言に非難にも近い視線を注いだ。
二神は苦笑いし、広げた両手を下に押すようにして、座れと二人に合図する。
そして、俊葵に向き直り、
「俊葵君は、今井君の事が心配なんだね?」
と言った。
俊葵は糺をちらりと見ると、
「皆んなに心配かけて、こんな事言うの申し訳ないんですけど、もし二神先生の言う通りなら、真司、今めっちゃ悩んでると思うんです。自分を責めて…だから、」
と、肩を竦めた。
二神は微笑み、
「俊葵君分かりました。それは私からも是非にお願いしたい。ただし、この電話で、」
と、部屋の固定電話を指差した。
「なるほど。」
糺と鈴木はその意味を即座に納得した。
俊葵も頷き、携帯から番号を呼び出す。
俊葵がコールを聞く間、
二神は急いで、コーヒーテーブルの引き出しからリーガルパッドを引っ張り出し、ペンのノックを押し込んだ。
ポカンと眺めている糺と鈴木に、
「二人とも、何をしてるんです!シナリオを書きますよ。急いで、」
二神は檄を飛ばし、メモを破り取ると、二人の前へと滑らせて寄越した。




