メランコリック アポロン⑪
糺が怪訝そうに眉を顰める。
二神はそれに呼応するように口の端を上げた。
「今我々は、島の家が辺鄙な所にある事から、目撃者の存在を疑問視していますよね?」
「ああ、そうだ。」
「そして、高峰 稀世果が敷地に侵入していたという情報の信憑性も疑っています。」
「そうだよ!だから、それがどうした?」
二神は、まあまあ、と手の平を揃えて動かす。
「全てが嘘の作り話というのは、案外無いものですよ。糺社長。」
糺の眉間がさらにシワを深くした。
「目撃者の存在も嘘。島の家の敷地に高峰 稀世果が侵入したというのも嘘。というのはかえって嘘くさい。
目撃者は実際に居て、高峰 稀世果が敷地に侵入したのも事実そう考えるとやはり収まりが良い。」
「ええっ、それでは…」
「まあまあ、糺社長。社長は警察の方に、独自の情報網が有ると仰っていましたよね?」
「ああ、言ったな。」
「漁協はその中に?」
糺がニヤリとした。
「先生、知ってて聞いてるんだろう?もちろん入っているよ。橋本家は農協より漁協との繋がりが深いんだよ。僕もお義兄さんを通じて知り合ったが、今では漁労長と個人的に仲良くさせてもらっている。」
「それは都合がいい。大至急確認して欲しいことがあります。」
二神が大げさに両手を広げて言うと、
糺は苦笑して、その考えを聞くべく、耳を傾けた。
俊葵と鈴木が両手に皿を持って戻ってきた。
糺と二神は頷き合い、鈴木の弟からのメールの内容は、食後に伝える事にした。
「食後のコーヒーは引き受けました。」
と台所に立った二神の背中を見送り、糺は、リビングのテーブルの上に鈴木の携帯を置いた。
「あ、弟から返事きてました?」
受け取りながら鈴木が尋ねる。
糺は、目は俊葵を見たまま一つ頷いた。
「二十歳に満たない風貌。170cmほどの身長。痩せ型。金髪、沢山のピアス穴。これ、今井 真司君だよな?俊葵、」
「え?」
と、鈴木の携帯を覗き込む。読み終えた俊葵が目を上げた。
「うん。似てる…ううん。多分これ真司だ。でも何で、島の事をバカにしている大野さんなんかと、」
「ああそうだな。その若い男性が本当に真司君かの確証はまだないが、『話が違う』と言って掴みかかったというところ、その男性が真司君だとするとつじつまが合うだろう?」
俊葵はコクリと頷いた。
「大野さんの言い方は、俺が犯人だと決め付けてる言い方だし、それを聞いて怒ってくれたんだよね。多分…」
「きっとそうだな。
俊葵。今井 真司が『話が違う』と言った理由に何か思い当たることはないか?」
俊葵はしばらく考えて頭を振った。
「私なりに考えた仮説があるんですが、」
そんな声が聞こえ、振り向くと、二神が、コーヒーの入ったポットとカップ、シュガーポットとミルクピッチャーを載せたトレーを持って立っていた。
鈴木がすぐさまそれを受け取り、テーブルの置いた。
二神は、
「鈴木さん。」
と声を掛け、ダイニングテーブルを指差し、
「お菓子と入れ物を何か持ってきてもらえませんか?」
と言うと、自分はオットマンに座り込んだ。
「あ、はいはい。」
「俺が、」
鈴木の代わりに俊葵が立ち上がろうとするのを、
「俊葵君、」
二神が止めた。
「俊葵君はここで聞いていてください。」
俊葵は不思議そうにしながらも、再び座り直した。
「俊葵君。」
二神が真剣な表情で俊葵を見つめた。
「はい?」
「糺社長には今さっき、情報を集めるために色々手配していただいたところです。本来なら、集めた情報によって確証を得てから話すべき事です。しかし、これから向こうがどんな手に出てくるか、俊葵君に接近してくるかも分からないので、敢えて話そうと思います。聞いてもらえますか?」
俊葵は首を傾げ横の糺を見る。糺は微笑み、俊葵の背中にそっと掌を添えた。
俊葵はその温かさにホッとして、口角を上げ頷く。
二神は頷き返すと、
「私は、姫島の敷地に高峰 稀世果が入って行くのを見たと証言したのは、今井 真司だと思っています。」
ズバリと言った。
「え、あ…」
俊葵の瞳は揺れ、意味を成さない声だけが出てくる。
糺は天井を見上げた。
「今井君がそう証言したとすると、『それは話が違う、』という台詞との整合性が出てきます。
さらに、今井 真司は郵便配達をしています。あの辺鄙な場所に居てもおかしくない。」
「な、なんで、そんな、真司はそんな奴じゃ…」
戦慄く俊葵の声が湿り気を帯びる。
労わりの目を俊葵に向けながら、二神は尚も話し続けた。
「糺社長が島のご友人にお聞きになった情報によると、警察はある一定の条件の男性ばかりにアリバイを聞き回っていたそうです。その中に今井君も当然入っていたでしょう。今井君が小中学校で一緒だったことは年齢を聞いただけで分かる。警察が今井君に俊葵君の事、特に高峰 稀世果との関係などを尋ねていたとしても不思議ではありません。そんな質問をされた今井君は、俊葵君が疑いをかけられているのに気が付いたでしょう。そこで、俊葵君の容疑を晴らしてやりたいと考え、かつて、ストーカー行為の証拠を一緒に探した逸話を話したとしたら?」
「すっごく邪魔だと考えるでしょうね。警察は、」
とっくに、お菓子の皿を持ってきて、皆のコーヒーを配り終えた鈴木が二神の言葉に請け合った。
二神が頷く。
「じゃあ、僕たちが盗聴器やビデオテープの話を持ち出す事まで折り込み済みだったのか、警察は…」
糺が絶句した。
「あるいは、」
「やっぱり、提出した方が良かったのだろうか?」
と糺。
「ううん。そんなことしたら葵が…」
俊葵が糺を見上げる。
「ああ、そうだったな…」
糺が肩を落とした。




