メランコリック アポロン⑨
二神と鈴木から期待を込めた眼差しが注がれる。
糺親子がその人物に心当たりがある事は、二人に伝わったようだ。
「多分、大野さんだ…」
俊葵が呟く。
糺が、
「亡くなった一葵君の奥さんの父親ですよ。」
と、二人に説明すると、
鈴木が声を上げた。
「あー、覚えています。葬儀で喚き散らしていたあの人!そう言えば、弟は参列してなかったんです。だからなのか…」
「義理とはいえ、身内が何故?なんて事は言いませんよ。身内こそ口汚くなりやすいものですからね。」
二神が涼しい顔で請け合った。
そして、
「鈴木さん。その大野氏と思われる客には連れはいたのか、弟さんにそこら辺何か聞いていませんか?」
と鈴木に尋ねる。
鈴木は黒目を天に向けて、
「えーっと、そんな事は言ってませんでしたが…でも一人で来たお客さんが喫茶店のマスターにいきなり事件の話をし始めるのも変ですよね。連れがいたと考えるのが自然だと思います。弟に聞いてみます。」
と、携帯を開きながら言った。
「二神先生。先生は、その連れが、高峰 由稀世だと思ってるのかい?」
「あるいは。」
二神は短く言い、コールを聞いている鈴木をちらりと見た。
その答えを聞いた糺は、
「そうだね。今は誰だと先入観を持たずに物事に当たっていくのが良いね。」
と頷く。
俊葵は、といえば、鉛でも飲み込んだような気分に襲われていた。
俯いている俊葵に気がつき、糺が顔を覗き込む。
「俺…そんな事言われるような…何かした?」
絞り出すような声で言う俊葵の背中を、糺はただ摩っていた。
事務所の仕事は、出先から戻って来た二神の共同経営者の弁護士が引き受けてくれる事になり、俊葵たちは戒田邸に向かった。二神が鈴木を送っていく事になったのだが、その途中で糺から、『戒田邸の前に待ち構えている記者はどんどん増えて来ているらしい、自宅に近寄るのもままならず、ずっと周りをぐるぐる回っている。どうしたものか、』と連絡が入った。
二神は、自宅マンションの棟内に、客間のように使える部屋があったのを思い出し、コンシェルジュを呼び出した。本来なら二、三日前の予約が望ましいのだが、と釘を刺されながらも、部屋は空いているのでどうぞ。と快く貸してもらえた。
一連のやり取りを聞いていた鈴木が、
「買い出しをしてマンションに向かいましょう。」
と言い出した。
二神はため息を吐く。
「鈴木さん。事態は高峰 稀世果が死んだというだけでは済まなさそうだと、話を聞いて分かったはずです。鈴木さんは高峰家の遠縁に当たるから、責任を感じるお気持ちも分からなくは…」
「いえ、」
鈴木は最後まで言わせなかった。
「責任感だけじゃないです。弟の店で俊葵君に声を掛けたのは偶然かも知れないけど、今日久しぶりに会って、あの少年を守りたい。応援したいという気持ちになったんです。微力ですけど、僕にも何か手伝わせて下さい。」
その情熱に気圧され、一瞬ウッとなった二神は、またため息を吐き、
「その台詞、私にではなく、あの親子に直接言ってあげて下さい。」
と言うと、行き先を近所のスーパーへ変えた。




