メランコリック アポロン⑦
「高峰 由稀世。父親だそうです。高峰 稀世果の、」
俊葵の脳裏に、島の小中学校宛の送り状の文字が浮かんだ。
「父親‼︎」
「父親は今日本に居るのですか?」
二神が色めき立った。
「分かりません。電話でしたから。ただ、電話が遠いようではなかった。」
鈴木は静かに頭を振った。
「その電話があるまで、僕は叔母が土地の事で悩んでる事も、俊葵くんが大変な目に遭ってることも、知らなかった。ごめんね。俊葵くん。」
鈴木は潤んだ目を上げて詫びる。
俊葵は首を振った。
そして、
「今、やっと分かりました。自分の過ちでもないのに謝るって事は、周りにいる人を切ない気持ちにさせるんだって。俺もう、この事件に関して謝りません。だから、鈴木さんも謝らないで下さい。」
と言うと深く頭を下げた。
「フフ、本当に、俊葵くんの言う通りだ。」
鈴木はポケットからハンカチを出し瞼を抑えた。
そして、
「僕は人付き合いが苦手で、どう反応したら良いのか分からなくなると、謝るのが癖になっちゃってたんだな。今、俊葵くんに頭を下げられて、また謝りたくて仕様がないもん。」
と言うと、ペロっと舌を出した。
ンン、ウム、
腕組みをして話を聞いていた二神が唸った。
「鈴木さんのそのご性格、あるいは知っていて、高峰 由稀世はアプローチを掛けて来たのかも知れませんね。」
「え、」
二神は膝を詰めた。
「鈴木さん。ほかに高峰 由稀世は何と言ってきたんです?」
「その…元の地所を買い戻さないか、と、」
「ウム、」「ええっ、」「娘が死んだばかりだって言うのに?」
三人の鋭い反応に、鈴木はビクリとした。
「その…元の地所は高峰 稀世果ではなく、由稀世氏が名義人なのだそうです。」
俊葵は頷いた。
「私設文庫の本も自分で買ってお父さんの名前を使って寄付したと言っていたよ。」
鈴木が目を見開いた。
うーん、
糺と二神が唸っている。
「可能性として考えられる事は三つ。」
しばらく唸っていた二神が、人差し指、中指、薬指を立てた。
「一つ目、その、高峰 由稀世を名乗る人物が偽物であり、これは単なる詐欺である可能性。二つ目、高峰 由稀世氏が本物で、やはり詐欺である可能性。
三つ目、高峰 由稀世氏が本物で、かつ、今すぐにでも売り捌きたい状況にある可能性。」
「何れにしても、地所を金に変えたい訳だ。」
腕組みをして糺が言った。
二神が頷きながら、
「高峰 稀世果を含めた高峰家の財政状況を調べる必要がありそうですね。」
と言い、鈴木に向き直った。
「鈴木さん、話をぶり返すようですが、先程、高峰 由稀世氏を名乗る人物が稀世果と関係した人物が数名いると話していたと仰っていましたね。」
「いいえ。お気になさらず。
そうです。確かにそう言っていました。」
「変だと思いませんか?稀世果が複数人と関係していたという話をどのようにして知ることができたのでしょう?」
「ん?」
糺が、背もたれに沈めていた体を起こした。
「本島に住んでいる私は全く知りませんでした。つまり、姫島の住民で無ければ知り得ない情報ではないかと、」
「住んでた俺も知らなかったくらいだし、」
俊葵も言う。
「電話の人物が由稀世氏を騙っている可能性も念頭に置いておかなければいけませんが、その人物は島民か島民から情報を得られる状況にあると思うんです。」
二神が言うと、鈴木がなるほど、と頷いた。
「電話口が由稀世氏本人だったらもっとヘンテコだぞ。島に住んでたなんてことはないとは思うが、島民の誰かから娘の淫行の話を聞かされて、平然としていられるだけでもおかしいのに、それをしゃあしゃあと語るなんて、どう考えたって異常だよ。」
糺は、理解不能だと首を振った。
「大体、その地所を売り飛ばそうっていうんだろう?どうしてその資産にケチが付きそうな事をわざわざ言うんだい?サッパリ意味が分からないよ。」
そこで急に鈴木がそわそわし始めた。
「すみません。実は、まだ言っていない事が…」
「何です?」
二神が柔らかく聞いた。繊細な鈴木に配慮してそうしているのが糺と俊葵にも分かった。
「その…高峰 稀世果がああやって死んだので、何か記念館的なものとしての利用価値もあるんじゃない?と、含み笑いで高峰氏が…僕はぞっとしてしまって、それで、黙ってるつもりではなかったんですけど、口にするのも憚られて…」
そう言って、疲れたように項垂れた。
「何と!それは無理もないです。そんな悍ましいこと、僕だって口に出したくなかったと思いますよ。」
糺は、鈴木を宥めるように言った。
それを聞いた鈴木は、ホッとしたように息を吐いた。




