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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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メランコリック アポロン⑤

『いよいよ、謎が深まってしまった…」


俊葵の通う高校に向かう車中、二神の言葉が糺の中で繰り返し木霊していた。

ーー昨夜、調査の第一報が入ったと聞いた時には、これで解決の糸口が見つかると思ったのにーー

ガッカリしている自分に驚く。

どうやら俊葵を陥れようとする存在の不気味さが、糺の神経をもさいなみはじめているようだ。


ペシッ、パンパン、

糺は、座ったまま自分の腿を叩いた。

ルームミラーの中から運転手の新田がギョッとしたようにこちらを見ている。


「あ、すまんすまん。昔やってた柔道の癖でね。試合前にこうやって気合いを入れてたものだから。」

「いえ。子供の学校のに呼び出しだなんて、気が重いですよね。私もそうでしたから分かります。」

何も伝えられていない新田は一人納得して頷いている。


糺はギラギラ明るい日差しの窓の外に目をやった。

ーーもうすっかり夏だ。俊葵に養子の話を持ちかけてもうすぐ二年。よもや二年後に、こんな事が起ころうとは・・・

学校ではどんな話をされるのか…きっといい話ではないだろう。いずれにしても俊葵に非はない。いつもと同じ、取引先にお客様に接するように、丁寧に、堂々と、だけれど、高飛車にならずいこう…ーー


今朝糺は、絶対に守ってみせると、俊葵に宣言し家を出た。

いつもは繊細な振る舞いを見せる洋子とも、俊葵の前では弱気は見せないと固く誓い合っている。

震えが自ずと湧いてきた。武者震いか恐怖か、今はまだそれに名前を付けないでおこう。

新田に気づかれないように糺はそっと二の腕を抱えた。



「お帰りなさい。学校はどうでしたの?」


車の音が聞こえてからずっと待っていたのだろう。玄関に入るなり洋子が声をかけてきた。


「ああ、ただいま。洋子、その事でね、話があるんだ。俊葵も着替えたらおいで。」

「う、ん。分かった、」

俊葵が廊下に消えるのを見届け、糺はキッチンに入り、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出した。


「あなた…」

糺は、洋子の不安そうな顔を一瞥し、ボトルの栓を捻った。

「うん。俊葵の卒業、九月になりそうだ…」

「それは…」


「元々、出席日数も単位も足りていたそうだよ。だから、と言われたが…」

糺は中身を一気に半分以上飲み、ハァ〜と息を吐いた。


「日本の高校で秋に卒業って聞いたこともないわ!」

洋子は、怒りが込み上げてきたのか拳を小刻みに震わせている。


「いや、あるよ。入学時に説明は受けた。君の頃にはなかった制度かな?」

「ええ、無かったですね…」

洋子がシュンと俯いた。


「でもこの場合、厄介払いしたいという事だと思う。」


洋子がガバッと顔を上げる。


「週刊誌の記者を名乗る人物から、橋本 俊葵という生徒は今日は登校しているか、と問い合わせがあったそうだ。」


はっ、洋子が息を呑んだ。


「学校側は、基本的にそういう問い合わせには応えないように決められていて、その旨を伝えたら、その記者と名乗る男は、『姫島群島で起きた事件についてお聞きしたかったので、』と言い残して電話を切ったそうだ…」


「そこで、何も知らなかった事務長は、ネットで調べて驚き、校長に報告しましたとさ、」

糺と洋子は、声をする方を急いで振り返る。

俊葵がダイニングテーブルの脇に立っていた。


「ネットって凄いよね。週刊誌が数日遅れで届くような地方でも、ネットだったら瞬時に情報が見られるからね。」

そう言って俊葵は、プリントアウトをバサッとテーブルに置いた。


『美しき帰国子女、代議士の後継者と目される容姿端麗孫息子。二人の間に一体何が?』


禍々《まがまが》しい字体がまず目に飛び込む。

洋子は目を伏せた。

糺はそれを手に取り、目を通していく。


「とある六月の早朝、姫島群島の一つ果島の砂浜で水死体が発見された。身元はすぐに判明。都内某有名私立高校に通う 高峰 稀世果さん。(16)。高峰さんは、発見される三日前から連絡が取れなくなり、学校や関係者が行方を捜していた。警察は、高峰さんの行方が分からなくなった事情を知っている可能性があるとして、県内の高校に通う、少年(19)に事情を聞いている。」


糺が目にしている文そのままを俊葵が暗誦した。


「俊ちゃん…」


思わず、小さな頃の呼び名に戻ってしまった洋子に俊葵は泣き笑いの顔を向ける。


「叔母さまごめんね。養子の手続きが終わった途端、こんな事になっちゃって、」


バサバサ、パラリ、

肩口で切り揃えられた洋子の髪が、激しく首が振られたせいで風切り音を立てた。


「叔父さまもごめんなさい。会社もあるのに、ごめ…」


言い終わらないうちに、糺が素早く俊葵に近づき、頭を自分の肩の上に抱き込んだ。


う、うう…

「ごめ、ご、ごめん…なさ…」


糺は、抱きしめたまま、バシバシと俊葵の背中を叩いた。

そして頬を両手で包み、持ち上げてから、

「言われるなら、ごめんより、ありがとうがいいなぁ〜、」

と言って、コツンと額を合わせた。


ズ、ズ、ズー、

鼻を啜りながら、

「あ、りがと、お父さん…」

俊葵が涙でふやけた顔をニッと綻ばせた。
















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