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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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メランコリック アポロン④

「仰る通り、それだけでは弱いですが、あ、ちょっと待ってください。」

と、二神はまた内線を取る。

「さっき頼んだヤツできた?お、そうか、ありがとう。いやいい、取りに行くから、糺社長、ちょっとすみません…」

そう言って二神が慌ただしく出て行ったかと思うと一分も経たない間に戻って来た。


「お待たせしました。このビーガンの旗手、青木氏についてさっきネットで調べたんですがね、ビーガンマーク発起委員会、健康づくり推進国民会議その他厚労省関連の委員に名を連ねていまして、」


「お義兄さんの人脈で…なんて言い出すのかと思ったけど、違うようだな…お義兄さんは農水省の族議員だからな。」


「ええ、それには私も記憶があったのものですから、方向を変えまして、青木氏が名を連ねる委員会に共通する人物がいないかを調べさせていたんです。」


ーー昼食を受け取りに出たわずかな時間にこれだけのことを進めるとは…ーー

糺は舌を巻いた。


「この人物です。」

数枚のプリントアウトをテーブルに置いた。


井野業いのごう 克哉かつや。隣県の選出の参議院議員か、ん?この顔どっかで見たことがあるな…」


二神はコクコク頷いた。

「年始の賀詞交換会に出席していました。それでじゃないですか?県の経済同友会の主催の賀詞交換会で、なぜ隣県の代議士が?と思ったのを覚えてます。」


「二神先生なら、そんな印象無くても出席者全員を覚えているんじゃないのかい?」

糺がニヤリとすると、

「そんなことありません。一割くらいは忘れます。」

ご丁寧に訂正がされた。


「井野業氏は、若い頃から素行が悪くて有名だったそうで、」

「何をやったんだい?」

「性犯罪です。幼女への淫行容疑で、12歳の時と16歳の時に逮捕されています。いずれも不起訴処分になっていますが、」

「まったく…」

糺は首を振った。

「そんな人物が国政に携わるとは世も末だと言わざるを得ないのですが、今はその話ではなく、」

「ああそうだ。警察がなぜ、ビーガン研究会を怪しいと睨んだか、だ。」

「そうそう、

実は、この市内で、井野業氏と高峰 稀世果の親密そうな様子を複数の人が目撃しています。

代議士の女遊びの話なんて要らん情報だなと初めは煙たく聞いていたんですが、相手が橋本先生の連れていた美少女だという話になって、それから井野業氏の素行の話になりましてね、

井野業氏は世襲議員で、地元では選挙があるので、悪さはできないと思ってるんでしょう。東京や旅先でやらかすんだそうです。その度に親が揉み消して回るというね。

その、高峰 稀世果の事を教えてくれた弁護士仲間が言うには、警視庁が井野業氏をマークしているという噂があると、」


「揉み消しの帝王に鉄槌てっついを、ってか、」

「そうであって欲しいんですけど、この場合はそんなきれいな話ではないようですね。

井野業氏は厚労省の族議員ですが、どうもそれの絡んだ泥仕合いの様相が見え隠れしてまして…、」

「警視庁と厚労省の泥仕合い?素人考えでは、麻薬取り締まりのつば迫り合いが思い浮かぶがな。」

「私も思い浮かぶのはそれですね。」

「すると何かい?警視庁は麻薬取締りの腹いせで、厚労省の族議員を追い回していると?」


呆れ果てた糺は、ポカンと口を開けた。

二神は苦く笑って頷く。


「まあそれはそれとして、井野業氏に警察の尾行が付いているところまで話を戻します。」

「おお、そうだった。」

「先程から話している弁護士仲間がもう一つ教えてくれましてね。下世話な話、高峰 稀世果は、井野業氏の好みのタイプではないと言うんですね。」


「ふーん、」

糺は顎に手を当てた。

「確かにあの娘は、先生も言ってたように十代とはとても思えない。一方の井野業氏は、ロリコンだからな。」

「ええ。私もそうだと、あの二人は、それ以外のところで繋がっていると私は見ます。」

「それ以外か、」

「この雑誌のここの部分を見てください。『少女Aは、同高校の二年生。評判の美少女で、あどけなさの残る顔立ちは高校生には見えなかった。同級生も、まさかあの子がと驚いていた』。それとここ、『青木氏は、パーティーともなると毎回違う美女をエスコートして現れることで有名だった。未成年の女の子に手を出すなんて、と関係者も動揺を隠せない』。」


「なんだかボタンを掛け違えてる感じだな。」

「やはり、糺社長もそう思いますか。」

「ああ、思う思う。井野業氏と少女A、高峰 稀世果と青木氏なら需要と供給が合っている。つまり、青木氏と少女Aは嵌められたんだな。」

「おそらく。高峰 稀世果の読みでは、これで全て解決のはずだった。しかし、警察は彼女が思うほど諦めが良くはなかったんですね。それはそうです。高峰 稀世果は、井野業氏に尾行が張り付いている本当の理由を知らないわけですから。

青木氏の逮捕後も、井野業氏のマークが外れることはなく、ついに女子高構内の巣窟アジトの実態に目をつけられる時が来たと、」


「ハァ〜何だかすごい話だな…

まあ、これで話の辻褄つじつまが合うには合ったんだが…」

と呟くと、糺は腕組みをして、黙り込んでしまった。


「そうですね。なぜ橋本 幸一先生と葵さんが事情聴取されないか、精々《せいぜい》それが分かった程度ですよね…」

そう言う二神の声が心なしか沈んでいた。


「いや、先生を責めてるんじゃないよ。

ここまで知恵を絞ってくれてありがたいと思っているよ。実際、葵ちゃんやお義兄さんに警察の手が及ぶ可能性が低いとなったら、それだけで俊葵は感謝すると思うし、」


「ふふ、俊葵君らしいですね。」

「だな。それじゃ、僕は俊葵の学校に行くことにする。」


よいしょと言って糺は立ち上がり、ドアに向かって足を踏み出したかと思うとぴたりと動きを止めた。

不思議そうに二神が見上げる。


「あ、そうだ。西崎さん、今朝東京へ立ちましたよ。今お義兄さんと折り合いが良くなくて、秘書の仕事がほとんどないから、その空いた時間で色々調べてくれるって。」


西崎の名前が耳に入ったところで、二神が口をへの字に曲げた。


「今の二神先生の推理、西崎さんに裏付けしてもらうってのはどうだろうね?あ、でも調査の人が尾行された位だから西崎さんの事心配だよね。なら、先生も東京で調査するとか、それなら西崎さんを見守れるし、一挙両得じゃない?」


二神はジロリと糺を見たが、

「確かに、今後西崎との情報交換の必要性は否めません。しかし私がここを離れる訳にもいきません。」

と言うと、

揶揄い過ぎたかとしょんぼりしている糺を見上げ表情を解いた。

そして、

「今、糺社長に考えを話してみて、分かった事がもう一つ。それは、いよいよ謎が深まってしまったという事。どうして俊葵君なのか、それを調べるために西崎と連携するのはやぶさかではありませんよ。」

というと、ニッコリと笑った。





















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