メランコリック アポロン③
「さっき、糺社長は、加入電話の番号を名刺に印刷する理由を何と仰いました?」
「ああ、携帯のナンバーより、落ち着いて見える。かな、」
「そうです。それとこうも仰いました。『年寄りチックだろう』と、」
「うん。言ったな。」
「落ち着いて見える加入電話の番号が必要だったのです。信用のために、」
「え、誰に信用される必要があったんだって?」
「年寄りにですよ。」
「先生、さっぱり分からん。分かるように説明してくれ。」
糺は、両手を頭の上に挙げた。
「はは、すみません。ちょっと興奮してしまいました。」
二神は笑い、ちょっと待つようにと掌を広げて見せると、内線を取り、昼食のデリバリーを頼んでくれるように秘書に伝えた。
「警視庁保安課の管轄は、風俗・不法就労・賭博ですが、私は、その内の風紀第一係が動いたと見ています。風紀第一係は風俗事犯の担当です。」
「風俗…女子高生が?」
二神は頷いた。
「専用のパソコンに電話回線。高峰 稀世果は、売春の元締めであったというのが私の読みです。」
「ええーっ!」
「糺社長、声が大きい!」
「ああ、すまん。しかし、俊葵の話では、高峰 稀世果は当たっている投資家で、金には困っていないと自分の口で言ったそうじゃないか。」
「金は、いくらあっても困らないと考える輩はいるものですよ。それに、金の面は置いておいても、ここには、高峰 稀世果の好物が沢山。」
「何だよもう!ズバッと言ってくれよー」
「はは、分かりました。
それは“刺激”と“権力”ですよ。『橋本 幸一は無駄な事をしない。』とは、俊葵君の台詞ですが、高峰 稀世果も同じ事が言えます。上京当時のパーティー、勉強会を決して無駄にはしない。高峰 稀世果は、橋本 幸一氏を通して繋がった“年寄り”たちを自分の欲のためにどうやって利用しようかと策を練っていたでしょうね。
遮二無二なって権力を手に入れたは良いけど、今度は若さが欲しくなった。古今東西、権力者に有りがちなジレンマですからね。
需要と供給の一致を叶えたのがこの商売なんじゃないかと、」
「うーん。」
糺は両手を頭の上で組み、動かなくなった。
「糺社長?」
呼び掛けに糺は目を上げ、ニヤリと笑った。
「聞かなきゃ良かった。でもありがとう。」
「何ですかそれは、」
二神もニヤリとする。
そこで内線が鳴り、昼食が届いたということで、二神が受け取るために部屋を出て行った。
糺はふと思い出し、携帯を取り出し開いてみた。
会社から数件メールが入っている。今日は一日会社に出ない予定だ。秘書と副社長にだけ本当の理由を明かし、表向きは社長の有給だと冗談めかしてある。
「メールなら緊急性はないと…お、俊葵だ。」
俊葵もメールを寄越していた。早速開くと、
『お疲れ様。今日の迎え早めに来られる?担任が叔父さまと話し合いたい事があるって、午後の二時間目、担任の空きコマだからってさ、どう?』
時間は14:00とある。糺はOKの返事を送り、運転手に連絡を入れた。
二神は、事務所の近くにあるカフェの紙袋とコーヒーの入ったポットを持って戻って来た。
「糺社長。こういうの、普段食べないんじゃないですか?」
袋の中から出てきたのは、多少華やかだが、サンドイッチと一目で分かる食べ物と、ベイクドポテトだ。
「以前はそうだったが、俊葵が家に来るようになって、食卓にも上るようになったかな。」
「そうですか。やっぱり若い人がいるとね。これはね、秘書の子オススメのビーガンメニューです。
「ビーガン?」
糺は、コーヒーを受け取りながら聞いた。
「ベジタリアンの中でもさらに厳密な菜食主義者の事です。動物性のものを食べない上に、動物の食べ物になる様なものも搾取しない。だから乳製品も口にしないとか、
このパンは上白糖ではなく甜菜糖を使っていて、肉に見えるものは大豆の加工品なんですよ。」
糺は早速サンドイッチを齧ってみた。
「ほぅ、さっぱりした味わいだけど、食感はまるで肉だよ。よく出来てる。美味いな。」
「でしょう?今のところ私のお気に入りです。週三回は食べてますね。
ところで糺社長。消化にはあまり良くなさそうですが、さっきの話をしても?」
「ああ、もちろん。僕も早めに俊葵の学校に行かなきゃならなくなった。担任が何か話したい事があるんだそうだよ。」
「そうですか。雲行きがあまりよろしくないですね。」
「全くだよ。」
「それで、高峰 稀世果が女子高内にもぎ取った部室なんですが、その看板は、ビーガン研究会だったそうです。」
「確かに、消化に悪い話だな。」
糺は苦笑いして、サンドの残りをコーヒーで流し込んだ。
「しかし、警察はなぜ、菜食主義の研究会を名乗る女子高の一部活が、売春の斡旋組織だと突き止める事が出来たんだろうな。」
「そこなんです。」
そう言って二神は、ベイクドポテトを口に放り込むと、ナプキンで手を拭きながら、一冊の週刊誌を糺の目の前に広げた。
「『ビーガンの旗手、青少年保護条例違反容疑で逮捕…』こりゃまたどうして、中々のいい男だな…」
見出し文字を読み上げると、糺はニヤリとし、雑誌をひっくり返し、表紙をしげしげと眺めた。
からかわれているのに気づき、一瞬渋い顔をした二神だったが、
「秘書の子がね、あんまりため息ばかり吐いているもので、どうしたのかと聞いたら、この記事を見せてくれましてね。この巻頭の芸能人の麻薬取締法違反容疑での逮捕のニュースが無ければ、この記事が表紙になったんじゃないかという位、人気のある人物なんだそうですよ。」
と、すまして言った。
「ふむ『ビーガン食材の輸入や製造、メニューの開発、飲食店のプロデュース。日本のビーガン産業の草分け的存在』か、そんな青年がどうして…」
「その文の真ん中辺りに…そう、ここです。『都内某高校の食育サークルに招聘され公演を行った際に知り合い、交際に発展。両者とも真剣な男女交際だったとして、売春の事実を否定している…」
「食育サークル…ビーガン研究会だな。しかしそれだけでは、二人に接点があったという事にしかならないな。」




