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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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ダフネに捧ぐ⑰

何かアルコールを飲むかと聞かれて、西崎は首を振った。

糺も酒を交えた商談にはほとんど意味がないと思っている。

「大事な話の時には僕も飲まないんだ。」

と言って、糺は矢野にコーヒーのお代わりを頼んだ。


「お話というのは、俊葵さんのところに警察が来たという話ですね。」

西崎が俊葵をちらと見て言った。


糺が頷いた。


「電話を差し上げた時にはまだ橋本家に居たものですから、詳しくは伺いませんでしたが、一体どういう、」

そう言って、西崎は、ノンフレームのブリッジを押し上げた。


「高峰 稀世果が死にました。」

「は?」

「やはりご存知なかった。」


「あ、はい。いや、でも…そうなると、納得できるような動きが二、三…」

西崎は、人差し指を鼻の下に押し当てる。

何かを思い出そうとしている西崎のために糺は待った。


「一週間ほど前のことでしたか、高峰 稀世果が何処にいるか知らないかという問い合わせが事務所にあったようです。長井さんは何も言いませんでしたが、他の秘書が教えてくれました。」


「長井さんは、僕の電話の内容も伝えなかったんですか。何か意図的なものを感じるな。」

糺が顎を強く擦った。伸びたヒゲのジャリジャリという音がする。


「単に巻き込まれたくないだけかも知れませんよ。先生と僕との間がおかしくなって、あの人はすぐに僕と距離を置きましたから…フフッ、」

肩を一瞬上げて西崎は笑った。


「いや、それだけじゃないんだ。長井さんは、果島はてのしまで見つかった水死体が高峰 稀世果だと既に知っていたみたいでね。警察によると、身元が確認されたのが一昨日。東京にいるのに長井さん、随分早耳だと思って、」


「ああ、それは情報屋からの情報かな。」

「情報屋?」

「議員秘書は、形は違えど、それぞれ独自の情報源を持っているものです。」

「ほぉ、」

「フフ、情報屋というと何やら暗躍のイメージがあっていけないな。

まあ、議員の活動について回ったり、調査活動をする間に、知り合う人達とのお付き合いがあって、その過程で情報がもたらされることもあるし、別で得た情報を流すこともあるという事です。

長井さんはその辺特に長けていて、他の議員秘書との交流も盛んだったし、その中で情報を得たのかも知れないです。」


「なるほどね。長井さんは情報を持っていて、かつ、焦っていない。お義兄さんが警察に事情を聞かれているわけではないからね。だから知らせる必要もないと思ったか…」

糺が目の前の壁に掛けられた洋子手製のタペストリーを見るともなしに眺めた。


「高峰 稀世果は、市内の私立中学を卒業した後、都内の高校に進学したようですが、その後何処にいたのかは分かりません。ですが、もし先生の近くに居たなら、いくら僕が先生のお側近くに居られなかったにしても気がついたと思うんです。先生と同じ事務所に毎日出勤するわけですし、変わらずに良くしてくれた他の秘書も居ますから、」


「ちなみに、」

ずっと話を聞いているだけだった俊葵が口を開いた。


「ん?」

「ちなみに、西崎さんの情報屋ってどんな?」


「フフ、」

さも、かわいいものを見るように西崎が俊葵を見遣る。

「僕は人付き合いが下手でね、そういうのはあまり得意でなくて…でも一人、定期的に会って近況を伝え合うジャーナリストの友人がいるんだけど、敢えて言うならその人が僕の情報屋かな。」


人付き合いが下手という部分に、俊葵は大いに頷いた。

俊葵の頭の中が見えたのか、糺がニヤリと笑い、同じ笑みを浮かべた洋子と頷き合っている。


西崎が鼻の下に人差し指をやった。考える時の癖なのだろう。


「そういえば、その友人が最近妙な事を聞いてきましたね。」


「何です?」

と、糺。


「それが、いつも飲みの約束はメールでするのに、その日は電話を掛けてきて、『アポロンとダフネの神話に詳しいか?』と、」

「アポロンとダフネ?ギリシャ神話ですね。」

「ええ、僕は哲学科の出身なもので、神話は門外漢なんですけど、その友人は経済学部の出身なので、彼よりは齧っているだろうという事で…ウィキペディアに書いてる程度の事しか伝えられなかったとは思うんですけど、」


「して、ご友人はなぜそれを知りたがったのでしょう?」


「それが、最近見つかった水死体が所持していた紙にある文言が…」


「「「「それ!」」」」


四人の声が重なった。


「なんて事…」

西崎は口に手を当てた。


「ダフネ…それ以外にはなんて?」

糺がさらに膝を詰める。


「ダフネに捧ぐ、と、」









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