ダフネに捧ぐ⑮
葵が寄宿舎住まいなら、今日中に連絡を取る事は難しいだろうと、長井秘書の折り返しを半ば諦めた時だった。
電話が鳴った。
二言三言話し、二神は、なぜか受話器を糺に押し付けてしまった。
「ん?あ、お電話代わりました。戒田です…
おや西崎さん、どうして・・・」
意外な人物の登場に、俊葵が目を張り二神を見ると、眉を下げて苦笑いしている。
「…へぇ〜、ああそれで、こちらに…東京にすぐにお戻りに?ではどちらにお泊りですか?ああ、そうでしたら真っ直ぐ我が家に向かって下さい。妻には連絡しておきます。我々は多少時間をおいて、ええ。多分無粋な鳴り物を引き連れていくと思いますんで、じゃあ後ほど。」
電話を切った糺は、すぐに自分の携帯電話を取り出した。
「あ、矢野さん?今日お客さんを泊める事になったよ。急で悪いね。特別な事はしなくていいからね。うん。お願いします。洋子に代わってくれる?」
そして洋子に、西崎を泊める事、誰か訪ねて来なかったか、不審な人物が屋敷を覗いているなど気づいた事はないか聞いた。
洋子との会話を終えると糺は、
「今のところ、あーちゃんに警察からの接触はない。」
と言って、フーッと息を吐いた。
それを聞いた俊葵の顔にも笑みが戻った。
「さて、」
糺がテーブルにトンと手をついた。
「先生、僕たちはもう帰ります。良かったら先生も、」
「いえ…西、崎さんの話、あとで報告していただければそれで…」
と、二神は微苦笑を浮かべる。
「そうですか?」
そう言ってニヤリと笑った糺に、二神が思い切り顔をしかめた。
「無粋な鳴り物って、そういう意味か…」
戒田邸のガレージシャッターが閉まる直前、門前の道路に車が一台停車するのが見えた。運転席を見るまでもなくその車の主が分かり、俊葵が呟いた。
「そ、あの人たちを俊葵がどうしてもお茶に呼びたいって言うんなら、仕方ないけど?」
糺はニコッとして、俊葵の頭に手を乗せた。
「それは…ちょっと嫌かな…」
さすがに、その冗談には乗れない俊葵だが、ニッと笑い返す事は何とかできた。
「無理に笑う事はない。馬鹿話ばかりしてる僕が言うのもおかしいが、辛い時は辛い顔をしていい。」
そう言うと糺は俊葵の猫っ毛をくしゃくしゃと混ぜた。
それから急に真顔で、俊葵の顔を覗き込んだ。
「いいか俊葵。この問題は恐らく長丁場になる。今までのように感情を抑えていては乗り越えられない。今日これからお前がやるべき事は、相手の立場に立たない事だ。それだけを考えるんだ。いいな?」
「相手の立場に立たない?普通逆でしょ。」
俊葵は、ふふと笑った。
「いや、相手の立場に立たないだ。お前限定でな。相手の立場に立たない事、それにお前の洞察力、この二つがあれば乗り越えられる。もちろん、僕も二神先生も全力を尽くす。洋子も矢野さんだってそう言うさ。それに今日はさらに味方が増えそうだ。」
そう言うと糺は、ニヤリと思い出し笑いをした。
「うっわ、めっちゃ悪もんの笑い、こわ…」
俊葵が戯けて言う。
「よし、その意気だ。早く家の中に入ろう。フフフ、洋子がさっきからこっち覗いてる。」
二人同時にリビングの窓を見上げると、サッとカーテンが揺れ動いた。




