ダフネに捧ぐ⑥
「ええっ、それは…」
「だって、仕事じゃないんでしょ。」
次の日俊葵は、一緒にカメラを見に行きたいという理由を付けて糺を連れ出した。
洋子は、そんな俊葵に安心したようで、『親子水入らずで行ってらっしゃいな。』などと言って柔かに二人を送り出した。
「つまり、洋子は、寄宿舎の件で、藪突いて蛇を出してしまったんだなぁ〜。」
「まぁね。」
俊葵は小鼻をかいた。
「それなら、尚の事、僕たちがこれからしようとしてる事は洋子には言えないな。」
「そうだね。只でさえ、叔母さまは神経が繊細に出来ているからね。」
プップー、
その音に二人は同時に振り向いた。
港の出迎え用の停車スペースに使い込まれた中型のセダンが停まる。ボディーには、今井工務店とあった。
「お、真司。出迎えまでサンキュな。」
真司と呼ばれた青年は、俊葵を見るなり、肩と胸の辺りに軽く拳をぶつけてきた。
「あんな意味深な事言われて電話切られたら、誰だって来るっしょ。」
そう言って俊葵を睨む。
「あ、」
真司はそこで糺の存在に気がつき、
「叔父さまっすか?俺、小中学校で俊葵の一個上の今井 真司って言います。」
と言って、金色の頭をぺこりと下げた。
「こちらこそ、急な事ですみません。俊葵がアルバイトでもお世話になってるそうで、」
糺も丁寧に頭を下げる。
「いやぁ、若い奴が次々島を出て行くんで、急に人手が要る時は俊葵頼みで、こっちの方が助かってるっす。」
二人のぺこぺこ合戦に痺れを切らした俊葵が声を上げた。
「分かった分かった。二人ともそれは車の中で、な?」
「ああ、」
「そうだね。」
助手席のドアを開けた俊樹は、前寄りでリクライニングが直角に固定されているシートに違和感を覚えた。今井工務店の他の車のシートは、後部座席に乗る者が文句を言うほど目一杯後ろに寄せられ、倒されているのが常なのだ。
俊葵がドアをすぐに閉めたので、運転席に回りかけていた真司が振り返った。
「なあ、この車、真司が乗る前は誰が乗ってた?」
「ん?ウチの人間には違いないけど…」
真司は一瞬目を細め、何かを考える目付きになった。
「あ、でも、ここしばらく親父の専用みたいになってたな。何ていうんだっけ…岬の根元んとこの…昔、拝み屋だったっていうボロ屋敷…」
俊葵と糺は顔を見合わせた。
「波間家かな?」
「そう!波間波間。その波間の家を買った人がいて、ウチがリフォームを引き受けたんだけど、手掛ける職人は一人ウチの親父だけにしてくれって妙な条件で…
時間がかかっても良いって事だったし、金額も破格だったらしい。と言っても親父も昼の仕事があるから、これに乗って夕方から出掛けて夜明け前に帰ってくることもザラでさ、」
俊葵は顔を強張らせながら、糺にドアを開けるなと身振りで示し、訳が分からないながらも察しがいい真司は、車を離れついて来た。
俊葵は護岸の切れ目まで歩いて、誰も周りに居ないのを確かめると、
車に乗ったら、当たり障りのない話だけをして欲しいと二人に伝えた。
そして、移動中に説明するはずだった、今日の目的とその理由を真司に話して聞かせたのだった。
玄関の鍵を開けるなり、俊葵は、空母のデッキクルーよろしく、身振り手振りで指示を出し始めた。
俊葵はまず、電気のブレーカーを落とした。
それぞれが懐中電灯を片手に、その反対の手にはドライバーを持ち、割り当てられた部屋のコンセントカバーを剥がしにかかった。
一部屋が終わるとその度に廊下に出ることにしている。
一葵の書斎で作業していた俊葵が廊下に出ると、リビングとダイニングを担当していた真司が遅れて出てきた。
その手にはとても小さな電気部品が一つ収まっていた。
ーーやはり有ったか・・・ーー
真司と目顔を交わす。
階下の葵の部屋で作業していた糺が戻って来た。首を横に振っている。
ーーやっぱりそこは無いか・・・ーー
真司が手の上の物を見せると、糺は目を飛び出させんばかりに驚いていた。
次に俊葵の部屋に行くように真司に指示する。
俊葵と糺はカーテンレールボックスの上や家具の内部・・・抽斗を抜いた天板や背板の裏側等・・・と丹念に調べていった。
俊葵の部屋から真司が戻ってきた。さっきと同じ型のものが一つ出てきたという。
ーーなるほど、読み通りだーー
俊葵は近くにあった紙に、
『これで全部だと思うか?』と書いた。
真司は口真似で、『完全にとは言えん。』と言った。
それはそうだ。
全て取り除いた、と言い切れるのはきっと専門家だけだし
盗聴器を探し出す機械があるとは聞いたことはあるが、素人には入手が難しいだろうし、
真司がペンを持った。
『でも、コンセントに繋がってるのは全部取った。見落としがあるとすれば電池のやつだ。電池はいつか切れる。それを待てばよくない?』
ーー電池切れか…それまでどこかに移るかーー
「!」
俊葵はペンを取った。
『取り敢えず一旦ここを出よう。真司、誰にも見られない安全な場所ってないかな?』
真司が目をキョロキョロさせた。
『あーあるある。よっしゃ行こうぜ。』




