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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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沈丁花の咲く家③

「はは、確かに、いくら十年間会っていなかったとはいえ、それは失礼ですよね。」


俊葵の入れたコーヒーに口を付け、「美味しいです。」と微笑み、その次の瞬間には葵に向かって同意する。


ーー全く、弁護士といい、妹といい、この世は八方美人ばかりだぜーー


「ところで、俺はこの家の引き渡しと伺ってわざわざ地球の裏側からやって来たんですがね、」

と言って、俊葵はジトリと二人を見た。


「ええ、そう。そのつもり。」

と答えるが早いか、葵は席を立ち、バルコニーに出るガラス戸を開いた。潮の香りを含んだ風がザーッと家の中を吹き抜け、ドアをカタカタと鳴らす。

葵はそれに構わず、海の方へ出っ張った5mほどの奥行きのバルコニーをストッキングの足のままで歩いていき、手摺にたどり着くとこちらを振り返った。


「私がこの家に来るのはこれが最後。だから見ておきたかった。それに、渡しておきたい物もあったし、」


轟々という風の音に負けないように声を張り上げながら、葵は家の中に入って来て、三人掛けのソファーに置いてある自身のハンドバックから、金属音をさせる何かを取り出している。


葵は俊葵に歩み寄ると、その手の中の物を放る仕草をした。俊葵は渋々手の平を広げそれを受け取る。


チャリ、

葵の手から落とされたのは鍵だった。他の家のものであるはずがない。こんな旧式の鍵は今はほとんど見かけないから。

それを繋げているのは、随分とくすんだ色のキーホルダー。楕円形の皮に【おじいちゃん】の文字が刻印されている


「これは…」

思わず葵の顔を見上げる。

俊葵とほとんど似たところのない、日本人形のように整った横顔。


「お祖父じいさまの遺品の中から見つかったの。」

葵は目を合わせてにっこりと笑った。

葵の、やっと自分を見てくれたと安堵する様子が、なんとも居心地が悪い。


俊葵はいかにもこのキーホルダーに心を奪われていますといった具合に、手元を見つめ続けた。


「これは…あの旅行の時、揃いで作った…」


俊葵が子供の頃、父親の一葵かずきはフリーのジャーナリストだった。海外を飛び回る一葵と子供達の休みはほとんど合わず、それまで一度も家族旅行をしたことがなかった。

国会議員だった祖父の幸一こういちもそれは同じだったのだが、ある年の暮れ、仕事上でお世話になった方が亡くなられたからと言って一葵が急に帰国した。

その後もたまたま一週間ほどスケジュールが空き、一葵の恩人というのが幸一の知り合いだったという事も重なって、子供達の学校を早めに休ませれば休暇を一緒に過ごせると、一葵が学校に掛け合い、祖父と父、葵と俊葵の四人での旅行が実現したのだった。

行き先は幸一と同じ党の国会議員が所有する清里の別荘だったと記憶している。


「そう。私とお兄ちゃんと、お父さんの分と、最初は三つのつもりだった。だけどお兄ちゃんがお祖父さまとお祖母さまの物も作ってあげたいと言って…」

葵は遠い目をして話を繋ごうとする。


「もういい!これは、これを作ったのは間違いだったんだ!」


ガシャン、

俊葵は手の中のキーホルダーを床に叩きつけた。


旅行からの帰り、皆で本島の祖父の家に寄った。早速、俊葵は祖母にキーホルダーを手渡したのだが、祖母は、いかにもの作り笑いでありがとうと言ったものの、その包みをリビングのテーブルの上に置きっぱなしにしていた。

ちゃんと受け取ってくれたのかどうか、そんな不安を抱え、その日は祖父の家を後にしたのだが、後日、祖父の妹がそのキーホルダーをバックのハンドルにつけていた事で、その不安は現実のものになったのだった。


「よくない!どうしてお祖父さまがこのキーホルダーをここまで大事にしまってあったのか、それを話すのが、今日私がここに来る理由なんですもの。」


葵がキーホルダーを拾い、コーヒーテーブルの上にそっと置く。


「お前がここに来る…理由?」

俊葵は充血した目を葵に向けた。


「そうですよね。公田先生、」

葵は、一人黙々とビジネスバックから書類を取り出していた公田弁護士を振り返る。

公田弁護士は、その手を早めながら、

「ええ、」

そう短く言うと、トントンと紙の束を揃えて、

「まずは、こちらをご覧頂けますか?」

と、俊葵に手渡してきた。


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