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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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違う名前⑧

「きよ、か、」


俊葵は、夕闇の中を自転車を押しながら帰ってくる葵の姿を思い出していた。


「それ、葵の友達だ。遅くなった日は決まって、その子の名前が出てくる。占いを見てもらったとかなんとか…」


「あ、あ…」

洋子が空気が抜けたように椅子に座り込んだ。


「どうしたって言うんだい?洋子、」


洋子はフラフラと立ち上がり、心配ないと皆を手で制して、リビングのサイドボードまで行き、引き出しの中から一通の封筒を持って来た。

封筒は大きく折れ曲がっていた。すでに開封されていた中身を苦心して取り出し、皆の前に広げて見せる。


それは、そっけない紺の罫線が引かれた便箋。

その紙面には、挨拶文も無く、結びもない。

ただ、さっき洋子が唱えた和歌のような詩のような一文が書いてあるだけだ。

皆の目が解説を待って洋子に集中する。

洋子は弱々しく笑った。


「これはね、泰斗が娘さんに、形見として託してくれていた輪島の小箪笥こだんすから見つけた物なの。」


再び文面に目を落とす。それでも意味は分からず、洋子が言葉を継ぐのを待った。


「泰斗は拝み屋の仕事を予告無しに急に辞められた。立派な拝殿もお道具も全て燃やし、燃やせない物は粉々に壊してしまわれたそうなの。

周りは気が触れたと思った。泰斗は離れに引き篭もって何も話されなかったから。

困り果てた御家族に連絡をいただいてね。泰斗が弟子に、と望んだのは後にも先にも私だけだったそうよ。だから、私には何か話すのじゃないかってね、

私は泰斗を訪ねたわ。泰斗はとても喜んで下さって、すぐに人払いをされたの…」


洋子の話の続きはこうだ。

肉体の限界を感じた泰斗は、これから後継者としてふさわしい人材と出会えるのか?というお伺いを立てたという。真摯な祈りに応えて下されたお告げは、

[後継者に相応しい人材には出会えない。全てを地に還しなさい。拝みに関するもの全て、]というものだった。

泰斗は、

『アタシはすっかり自分は達観しているもんだと思っていたよ。だけどそうじゃなかったねぇ。』とその苦しみを語った。

しかし、この内容は片手落ちだと思った洋子は、もっと他にも言葉があったはずと、泰斗に詰め寄った。

観念したように、泰斗は全てを洋子に伝えた。

それは、

『招かれざる者来たる。お前の臭いに呼ばれて、恐ろしいまでの神通力。やがてその者は、この島を沈めるだろう。』というものだった。

洋子が悪寒に身震いすると、

『だから、跡形もなく壊す必要がある。この島に残るアタシの痕跡を全て無くする。一切の拝み、占いを止める。』と、笑った。

洋子は島を出る時には知らせて欲しいと頼んだ。しかし次に届いた知らせは、泰斗の訃報だった。


「この箪笥、下の引き出しだけ妙な感触でね、全部抜いて見てみたら、底の方にぐしゃぐしゃになっているこれを見つけたの。これは間違いなく泰斗の字よ。他にも書き付けはいっぱいあったけど、封筒に入っていたのも、詩みたいだったのもこれだけだったし、何より、見つけた瞬間、これには特別な何かがあるってピンときたの。書かれている意味はわからないけど、その内分かるでしょうって思ってた。でも、そんなこと言ってる場合じゃなかった。どこか油断してたのよ。姫島にはもう泰斗はいないんだからって…」


話し終わった洋子は震えていた。

「まさか、あれがそんな意味だったなんて・・・」


糺がきつく洋子の肩を抱き寄せる。


皆押し黙っていた。

洋子はそのまま気を失うように眠ってしまった。

それもそうだろう。

今日の洋子の感情は乱高下を繰り返していたし、休めるうちにできるだけ休ませてやりたいと言う糺に頼まれ俊葵は、洋子を横抱きにして寝室まで運んでやった。



「叔母さま、どう?」


洋子を寝かせて一時間くらい経った頃、夫妻の寝室から洋子のうなされているような声が聞こえ、糺が様子を見に行っていた。


「うん。精神安定剤を飲ませたよ。今は眠っている。」

糺は声に疲れを滲ませていた。


「え、叔母さまそんなの飲んでたの?」

驚く俊葵に、

「この頃は飲まずに眠れていたんだけどね。一葵くんが亡くなった頃からかな?眠れなくなって、安定剤の処方を受けるようになったんだ。」

糺は飄々と答えた。


「俺、知らなくて…」

「いいさ。子供はそんな事知らなくていい。そうでなくても俊葵は、早く大人になり過ぎたんだから。」

そう言って糺は微笑んだ。


「叔父さま、前もそんな事言ってくれたね。」

「ん?そうかい?」

「俺を子供扱いしてくれるのは叔父さまと叔母さまだけだ。」


糺が隣に座った。10cmほども上にある頭に手を伸ばし、量のたっぷりとした俊葵の猫っ毛を掻き回す。


「俺もこんな風に撫でようとしたんだ。葵の頭を、そしたら葵、それを嫌がって…その時気が付いたんだ。俺、葵に避けられてるって、」

「そうか、辛いな。」

「ん、辛かった…んだな。俺、」

「そうか。辛かった事に気がついただけ前に進んでいるのかもしれないぞ。

よし、僕ももう一歩前に進んでみよう。来週の前半には島に行ってあーちゃんに会うよ。

それまでに、高峰 稀世果について調べてみる。」












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