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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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違う名前⑦

ほどなくして、矢野が夕食が出来たと声をかけてきた。

食事時、混み入った話はしないというのが戒田家のルールだ。

糺は早口で、葵が戒田家に来ない以上、こちらから行くしかない。ウイークデーに島に渡れるように、仕事量の調整をしてみると言い、俊葵と洋子はそれに頷いた。


食事を取りながら、俊葵が話すのは写真の事だ。夢中になって、中古屋で見つけたカメラの話や地元のデパートで見た写真展の話をした。耳を傾けてくれる洋子と糺を見ていてふと、鈴木の話をした時に洋子の顔に浮かんだ複雑な表情を思い出した。


「そう言えば、俺が鈴木さんの話をした時、叔母さま、なんか変な顔してたよね?」


「え、あ、そ、そうだったかしら…」

「まあ、姫島の関係者だからね。鈴木さんも売れてる画家みたいだし、」


フッ、

糺が笑った。


「あなた…」

洋子の顔が少し赤いようだ。


俊葵は、身を乗り出し二人の顔を交互に見る。


「フフ、俊葵は本当に一葵君そっくりだね。新しい話題を見つけるセンスは天下一品だ…」

糺は今では自分より高い位置にある俊葵の頭を撫でた。

俊葵は、そうやって糺に頭を撫でてもらうのが小さな頃から好きだった。一葵は、頭には神様が宿るとされている国もあると言って、子供達の頭を触ることはしなかったのだ。


「鈴木さんの本家が姫島の波間家なのはもう知ってるんだよね?」


俊葵が頷く。


「波間家の生業なりわい)はシキミの栽培と販売だけど、先祖代々の家業はおがみ屋なんだ。」

「へぇー」

「ある日、年老いた姑と嫁が波間の拝み屋を訪ねた。」

「うん、」

「バイクで外国に行ってばかりで、家業を継ぐ気がない長男をその気にさせる願を掛けるために、」

「うん、」

「拝み屋は、願を掛けてから、アドバイスをくれた。」

「うん、」

「嫁をもらえば、馬車馬のように働く。と、」

「馬車、馬…」

「フフ、そうだ。そこで嫁の方はハタと気づいた。息子はバイクに夢中で今まで息子からは女性の話を一度も聞いた事がない。それを拝み屋のお婆さんに打ち明けると、」


コクコク俊葵は頷いた。


「お婆さんは言った。うちのシキミを墓に供えなさい。新鮮なものが良いからうちの畑の方に行くといいと、姑と嫁は首を傾げながらも言う通りに畑に向かった。」


俊葵の目はキラキラを通り越してギラリと輝き、それを見て糺は小さく笑った。


「畑では、一人の娘が大汗を滴らせて働いていた。嫁は娘に声をかけた。新鮮なシキミが欲しいのだと言うと、長い花摘み鎌を使ってシキミを刈り取り、仕上げは小屋でしますからと自ら案内して、ハサミを駆使し見事なお供え花を作ってくれた。ちょうどその時、他の従業員が小屋に帰ってきた。娘が、お茶の時間ですからどうぞご一緒に、と言ったので二人は呼ばれる事にした…」


そこで、矢野が洗い物が終わったのか、手を拭きながらダイニングに入ってきた。何の話かというように、洋子に目配せしたが洋子は何も答えず、ふいと向こうを向いてしまうので、矢野は困って糺を見た。


「この話、矢野さんにはまだしてあげてなかったかな。良かったら矢野さんも、」


対する糺は朗らかに言って、矢野に椅子を引いてやった。

洋子は尚も向こうを向いている。


「えーっと、」

「お茶に呼ばれた、まで聞いた。」

「あ、ありがとう。

従業員は娘より随分年上が多かったけど、娘は相応の話を振って、湯のみが空きそうな人にはお代わりは、と聞いてやる。その機転に二人はすっかり感心してしまった。そして姑と嫁は目顔を交わした。」


コクコク、コクコク、

矢野も俊葵と並んで頷いている。


「女性同士というのは考えている事がお互いに分かるのか、他の従業員が、娘が港の近くに住んでいる事、通信制の高校で勉強しながら、ここで働いて、他の時間は編み物ばかりしている事、お父さんが元県議会議員、お兄さんが国会議員だという事まで話してくれた…」


「通信制かぁ〜、俺と一緒だな。」

などと俊葵が呑気に相槌を打っていると、

糺は洋子の背中をちらりと見て、話すのをやめていた。

矢野はと見れば、口に手を当てている。

ん?

首を傾げる俊葵に二人の視線が集まる。


「ん…え?ええーっ、

それって叔母さ、ま?」


ギィー、

不自然に椅子をきしませて洋子は完全に背中を向けてしまった。

後ろ一つ束ねた髪の毛の両傍に見える耳は真っ赤になっている。


「この間は、俊葵の口からその波間さんの名前が出て単純に驚いたんだけど、これって、何かに背中を押してもらってるって事だよな。じゃあ養子の事話すのは今しかない!そんな気がしたんだ。な?洋子。」


洋子がこちらを振り向いた。

トマトのような頬を両手で包みゆっくり頷いた。


あら、

矢野が何かを思い出そうと側頭を指でトントン叩いている。


「もしかして、前に奥様が話してくださった、占いの師匠って、」

「ええそうよ。波間の泰斗たいとよ。」

「たいと?」


ようやく平常心に戻った洋子は、俊葵を見て微笑んだ。

「ええ、中国の古い言葉、泰山北斗たいざんほくとからきてるの。泰山は中国にある山の名前。北斗は北斗七星ね。泰山も北斗も人々が仰ぎ見るもの。波間の泰斗はその名に相応しいお人よ。」


「俊葵さん、奥様はその波間の泰斗に、お弟子にと誘われていたんですよ。」

矢野が自分の事のように肩をそびやかす。


「へ、ぇ〜」

そう言えば、昔から洋子は予言めいたもの言いをしていたなと俊葵は思った。


「そうだ。そのせいで僕は何度も振られたんだけどな。」

「あなた!」

「フフ、」

「もう!」

と言ったはなから、洋子は糺の腕に手を絡めている。


「でも、叔母さまの所に、叔父さまのお祖母さんとお母さんを導いたのは泰斗さんなんだよね。振る必要はなかったんじゃないの?」


「まあっ、」

「ははは、」

「ふふふ、俊葵さん、上手い。」


ややあって、笑い声が止んだ。

「コーヒーでも入れましょうね。」と洋子と矢野がダイニングを出て行った。


「泰斗さんに葵の事を見てもらったらなんて言うんだろう?」

俊葵が呟いた。


「そうだなぁ、残念な事に、泰斗は亡くなられたんだよ。」

「うん、そうだと思った。俺、そんな人の話聞いた事ないから。」

「あ、そうだ。あーちゃんの学校に、波間の曾孫がいるんじゃなかったかな?」

「ふぅーん。」

「今は姫島のシキミの畑も無くなって家には誰も住んでいないはずだから、その子は寄宿舎に入ってるんだろうね。」

「そっか。今は誰も居ないのか。だから、鈴木さんに波間家の話を聞いた時も分らなかったんだよな。俺、」

「そうなんだね。もう何年になるかなぁ、」


香ばしくも甘い香りと共に洋子と矢野が戻ってきた。

「何のお話?」

「あーちゃんの学校にいる波間の曾孫の話しだよ。」

「え?そんな子がいるの?」

洋子の顔色が悪くなった事に誰も気が付かない。


「まあ、個人情報だしね。僕も最近村長に聞いて知ったんだ。

その子はあーちゃんみたいに村長に誘われたって訳でもなく、自分から転校したいって来たらしいよ。」

「へぇー」

「外国で育ったって言うし、名前も変わってたから印象に残ってたんだよ。何て言ったかなぁー」


「…きよらかならぬ たかいみねの ゆきをいただくことなき…」

洋子がいつもより一段と低い声で呟いた。


「え、あ、何だいそれは…あ、でも思い出せそうだ、そうそう、高峰たかみね 稀世果きよかだ。」





































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