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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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愛される資格⑧

「葵ちゃん。葵ちゃん今は、島のお家のバルコニーに居る。お日さまが気持ち良いね。風が下から上に吹いてきているね。あ、だんだん足が浮いてきたよ…」


葵はブランケットに覆われた足をバタバタと動かした。


「羽根を動かして風に乗ろう。」


腹の上に重ねられた葵の両手が左右に広がり、バサバサ動く、


いくら葵が、自宅のバルコニーから海鳥が真っ逆さまに落ちるように飛んでいく様子を見るのが好きだと言ったからといって、「葵ちゃんは、カモメです。」はないだろう!と吹き出しかけた俊葵だったが、頑固なところのある葵を上手く催眠してしまった深見の手腕に、驚き、興味も湧いてきていた。



「風に乗れたね…」


葵が目を閉じたままコクリと頷いた。


「そのままどんどん上昇しよう。」


顎をそらし、両腕の角度が小さくなった。


「さあ、随分高くまで上った。今度は下の風景を見てみよう。下に見えるのは、色んな葵ちゃんが住む島だよ。一年生の頃の葵ちゃん。幼稚園児の葵ちゃん。赤ちゃんの葵ちゃんも居るね。」


葵の目がキョロリと動いた。葵にはその風景が見えているのだろうか。


「一番楽しそうな葵ちゃんに会いにいってみようか。」


葵がコクリと頷く。


「さあ、今会いにきたのは、何歳の葵ちゃんかな?」

深見の声が心持ち低くなった。


『…五、歳、』


洋子がぎゅっとハンカチを握りしめる。


「一緒に誰か居る?」


『父、さん、お兄ちゃん…』


「そうか、一緒に居られて嬉しいね。」


コクリ、


深見は忙しくメモを取る南雲に目配せをする。南雲が目顔を返すと、

深見は葵に目を落とした。


「ほかの葵ちゃんにも会いに行こうか?」


コクリ、


「バイバイ。」


左手がブラブラと動かされる。


「悲しい顔をした葵ちゃんも居るかな?」


『う…ん。』

ほろり、涙が目尻を伝った。


「会いたくなかったら、会わなくていいんだよ。」


葵はかぶりを振った。


「じゃあ会いに行ってみよう。」


コクリ、


一呼吸あとに、葵の爪先が両足同時に動いた。着地したという事か、


「さあ、何歳の葵ちゃんに会いにきたのかな?教えてくれる?」


コクリ、


『九、さ、い…』


え、

意外だったのか、洋子が思わず声を漏らした。

南雲が洋子を見る。

洋子はただ頭を下げた。

声を出さないまでも、驚きは俊葵も同じだった。

人生最悪は四ヶ月前のあの出来事ではないのか・・・


「どうして悲しい顔をしてるのか聞いてみてくれる?」


コクリ、


『と…ぉきょ…の中、学…』


「東京の中学校?」


コクリ、


『東京の中学に、行く…』


はっ、洋子が息を呑んだ。

俊葵と洋子は顔を見合わせた。

深見が洋子に目をやる。

俊葵は深見に自分の鼻を人差し指で指差して見せた。

深見は大きく頷き、再び葵に向き合う。


「誰がそう言ったの?」


『父、さん…』

葵が眉をしかめた。


「悲しい?寂しい?」


『寂しい。お兄ちゃんはいつも一緒。』


「お父さんも一緒にいない事が多いでしょ?」


コクリ、

反対の目からまた一筋涙が流れた。


『でも、お兄ちゃんが、居るから…』


「お父さんが家に居ない事より、お兄ちゃんが居ないことの方が寂しい?」


コクコク、


ふっ、

深見が小さく笑ったように見えた。


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