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沈丁花の咲く家  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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愛される資格⑦

月曜日。病院では南雲医師の他にもう一人、芸術家風で四十代前半くらいの小柄な男性が俊葵たちを待っていた。


「こちら、深見裕二先生です。先生。こちらが、橋本 葵ちゃんとお兄さんの俊葵さん。お二人の叔母さまの戒田 洋子さんです。

戒田さん。深見先生は、朱子の学生時代のゼミの先生なのですよ。」


えっ、

洋子が声を上げた。

俊葵は知らなかったのだが、南雲医師と義母の朱子あかねは、大学時代の友人で、生前の朱子を介して洋子と知り合ったのだそうだ。

先週末の学会で深見と再会し、朱子の話が出たその場に南雲医師の携帯に洋子から連絡が入り、流れで葵の事例を説明したところ、深見がその患者を診たいと申し出て、ここまで足を延ばしてくれたという事だった。


南雲医師が俊葵たちを紹介する間、深見は、俊葵たち一人一人をじっくりと見ていた。

俊葵は、自分までもが診察を受けてるようで、何だか落ち着かなかった。


「深見先生は白衣を着ないの?」

葵が素朴な疑問を口にした。

深見は、ははは、軽く笑い声をあげ、女性には見えはないが、甘い小造りな顔いっぱいにシワを寄せた。

「僕は、白衣はあまり好きじゃないんだよ。それとね、僕はお医者じゃないんだ。心理学者なんだよ。大学の先生なんだ。」


シワを寄せているから笑っているように見えるが、その瞳だけは、射るように葵を見ていて、もうすでに診察が始まっているのだと分かった。


それから、通り一遍の、学校は楽しいかとか、家ではどう過ごしているかとか、今一番何が好きか、聞き取りがなされ、それらをカルテに記入した後、回転椅子をくるりと回し、南雲医師が口を開いた。


「葵ちゃんのケースについては、深見先生とずっと話し合っていまして、」

そこで言葉を切り、葵をちらりと見た。

「今まで私は、患者さんが繊細な性格だったり、お子様の場合、ご本人ではなく、家族の方にお話してきたのですけど、今回の事で反省いたしました。これからは、葵ちゃんご本人にもお話しようと思います。それでよろしいでしょうか?」

そう言って俊葵たちを見渡す。

葵は俊葵と洋子を振り返った。それに二人とも頷いてやる。

それを見てほっとしたように笑顔を見せる南雲医師に、医師とはいっても、悩める一人の人間なんだと、俊葵は好感を覚えた。


「葵ちゃんは、まだ病名がつくほどの症例ではないと思います。今の段階で投薬は適切ではない。しかし、夜中の動き回りは少し大きくなっているように見受けられます。今葵ちゃんに聞かせてもらった内容と、戒田さんの日誌によっていくつかの原因は推測できますが、今日は別の方法で確かめようと思います。」


また、南雲医師は全員を見渡した。

深見はさらに笑みを深くして、三人を見ている。


「実は、深見先生は、退行催眠たいこうさいみんの専門家でいらっしゃるんです。お聞きになったことは?」


洋子は首を振る。

俊葵は、あ、と声を上げた。

「ブライアン・ワイス…」


「ほぉ、よく知ってるね。」

深見が眉を上げた。


「いえ、家の本棚にあったもんで、」

俊葵が答える。

「それは何?」

洋子が不安そうに俊葵を見上げる。


「う、ん。俺が読んだその本は、前世療法の本で、ちょっとぶっ飛んでるって言うか…」

そう言って、俊葵は深見に視線を投げた。


深見はまた、はははと笑って、

「確かに、前世療法は、退行催眠が最も深くなった形です。今回はそこまで必要はないと思います。葵ちゃんにリラックスしてもらって、今の問題の原因が起きた年齢まで遡ってもらい、一緒にそれを見つけようという治療というよりセッションですね。」

と、説明した。


この場では言わなかったが、俊葵は、退行催眠についてはもう少し知識があった。前出のブライアン・ワイスの著書だが、それは父、一葵のもので、初版本で、サイン入りだ。一葵はワイスのセミナーにも参加していて、その内容を俊葵に話してくれていたのだ。


俊葵は了承という意味を込めて頷いた。

それを見て、洋子も葵も頷いたのだった。

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