第18章 共鳴 花の心に宿る想い
レフィールには言い伝えがあった。
アメジストが目覚めるとき、アイリスが咲く。
紫のアイリスが咲いたのならば、耳を澄ませ。アメジストの喜びの歌が聴こえるから。
だが白いアイリスが咲いたのならば、耳を塞げ。アメジストの嘆きの歌が聴こえるから。
嘆きの歌は愛しいものを呼ぶ声。愛しいものを想うばかりに、人を眠りへと誘う。
日が落ちたら窓を閉め、太陽が顔を出すまで決して開けるな。
嘆きの歌は夜聴こえ、朝になれば止むから。
アメジストがアクアマリンと再会を果たすとき、白から紫へと変化する。
アメジストはアクアマリンを愛しているのだから。
レフィールの傍まで来た鈴達一行であったが、夜が近づいたため、野宿をすることとなった。
「鈴、どうした?」
火をおこし終えた蒼氷は、突然動きを止めた鈴を不思議そうに見た。
「んー、何か箱の様子が変」
「はぁ? 特に変わりないぞ」
時の箱を見つめ、唸る鈴に蒼氷は首をかしげた。蒼氷の言うとおり、箱には特に代わった様子は見られない。
「ガーネットが出たがってるんじゃないかしら?」
ちょうど薪拾いを終えて戻ってきたルナが、箱を見て言った。
「あれ? ジェイは?」
「ストラの実を見つけたから、先に戻ってろって」
ふんわりと笑い、ルナは薪となる木を地面に置いた。
「ストラの実って?」
「栄養価の高い木の実よ。皮は黒いんだけど、中は真っ白だから染料にも使えるの。人間には栄養価が高すぎて食べられないのだけれど、それ以外の生物にはちょうどいいのよ」
アーサーの好物なの、最後にそう付け加え、ルナはじっと箱を見た。
「以前、時の宝石について書かれた文献を読んだことがあるのだけれど、精霊同士で共鳴することがあるそうよ」
(だからなのかな)
その話を聞いて鈴は、無意識のうちに胸の上に手を置いていた。心臓が痛いと感じるわけでもないのに、苦しかったから。まるで心をゆっくり、ゆっくり、けれども握りつぶされないぎりぎりの状態で締め付けられたように感じたからであった。
(こんなに苦しいのは、永遠が他の精霊と共鳴しているのを無意識に感じたからなのかな)
「精霊同士の共鳴か…。何かトラブルでもない限り、ありえないんだがな」
蒼氷はしばらく箱を見つめていたが、視線を上げ、鈴を見た。
「まぁ、話を聞くのが一番だな。鈴、箱開けてみろ」
「うん」
鈴は恐る恐る箱を開けた。
【鈴】
箱を開けてすぐ、ガーネットが顔を出した。姿ははっきりとしていなくとも、その瞳は不安そうな色を宿していた。
「永遠、どうしたの?」
【我が同胞の嘆きの声が聞こえるのだ。愛しいものを想うあまり嘆く友の声が】
永遠の言葉に鈴たちは顔を見合わせた。
「それはいったい――」
「蒼氷! 手伝ってくれ!」
鈴が問いかけようとした時、少し遠くの方からジェイが現れた。そのすぐ後ろに見えるアーサーの背には、ボロ雑巾のような大きめの塊がある。
「ん? なんだそれ…これは! 鈴! 水と薬の用意しとけ!」
蒼氷は焦った様に鈴に向かって叫ぶと、アーサーの背にある塊を抱えた。
「わ、分かった」
尋常ではない蒼氷の様子に、鈴は戸惑いながらも言われたとおりにする。用意をしている間に蒼氷は戻ってきて、抱えていた塊を慎重に布の上へ寝かした。それはよく見ると、ボロボロのマントを着た傷だらけの男だった。
「レ…へ……なくては…」
ガラガラに擦れた声で、男は言葉を呟いていた。目の下には色濃く隈が存在し、こけた頬が、本来持っていただろう精悍さを失わせていた。
「白い…リス…サラ…」
苦しそうに、辛そうに呟く男の目には一滴の雫が流れていた。
「白のアイリスが…稀鎖来…」
最後にそう呟くと、男は意識を失った。意識を失っても尚、苦悶の表情を浮かべる彼の手には何かが握られていた。
「これは…」
それは、片手にすっぽりと収まるほど小さな皮の袋だった。鈴が不思議そうに覗き込むと傍にいた永遠が驚きの声を上げた。
【アクアマリン! そなた、どうして此処に!】
菖蒲は嘆く…愛しきものを探し