第16章 花は訪れる アゼレアの地へ
躑躅の咲き乱れるその町には、赤い宝石が眠っていた。宝石は何千年もの時が経とうとも、眠りから目覚めることは無かった。
女は毎日の日課のように、眠れる宝石の姿を確認していた。確認し終えると、いつものように用事を片付け始めるはずだった。しかし今日はいつもと違っていた。突如、宝石が輝いたのだから。
*
「ここがタクレスかぁ」
鈴たちは無事、北の町タクレスに到着した。移動中、幸いなことに魔物に襲われることもなく無事にすごせたのだった。
「タクレスはアザレアの有名な地で、いつも咲いているんだ」
アーサーからジェイは降りると、鈴に教えた。
「アザレアって、確か躑躅の事だっけ?」
「あぁ、確かに躑躅の英名だ。正確にはシャース語だな」
「どういう事?」
蒼氷の言葉に鈴は尋ねた。
「アリアスの者の中から、シャークスに関しての記憶を消したには消したが、流石に言葉なども必要だし、全て消すわけにもいかないから、支障が無い程度は残しているんだ。そこからアリアスの者が英語と名を変えて、使っているだけだ。シャークスでも何百年も前はシャース語が共通語だったが、今ではアリアスで日本語と呼ばれるシャークス語が共通語になっているがな。ただ花や宝石等の名は昔の名残でシャース語なだけだ」
「そうなんだ」
鈴と蒼氷が会話をしていると、ルナが辺りを見回す。
「おかしいわね」
「ルナ、何がおかしいんだ?」
ジェイの問いにルナは地に手をつきながら答える。
「聞いた話だと、タクレスのアザレアは薄いピンク色のはずなのに、ここに咲いているのは真っ赤なの。それにまだ町に入っていないのにここまで咲いているなんて、おかしいわ」
ルナの言うとおり、アザレアは真っ赤な色をしていた。見渡せど、赤、赤、赤で薄いピンクなど一つも見当たらなかった。そして木は在るものの、草が一本も存在しない。
「確かにおかしいな。とりあえず町へ行って、聞いてみよう」
町へたどり着くと、鈴たちは驚いた。地面には赤、赤、赤が一面に広がっており、よく見ればそれは全てアザレアだった。
「すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
ジェイは通りかかった町の人を見つけて、訊ねた。
「あの、何故アザレアがこんなに咲いているのですか?それにこの色も……」
「あぁ、貴方もしかして旅人さん? 確かによその人たちから見れば、ビックリする光景よね。もうこの町の人は慣れはじめちゃったけど」
女性は困ったように笑うと、更に言った。
「もう三日前の事よ。朝起きて外を見たら、こんな風になっていたの。前の晩までは花壇の中に納まっていたのに、悠々と飛び越えちゃっていてしかも真っ赤になっていたのよ。もうあれはビックリしたわ。まぁ私はそんなに被害にあっていないから言える言葉だけどね」
「それはどういう事ですか?」
「私は別に花を扱った仕事に就いていないんだけれども、花を扱っている仕事に就いている人、つまり花屋とかは被害にあっているの。だってその前の晩まで咲いていたはずのアザレア以外の花も、全てアザレアに変化しているのだもの。それも全て真っ赤のね。例外として、木に咲いている花と、球根の花、野菜だけは変化していないからそれが救いよ。それでも圧倒的に種の花の方が多いから厳しいらしいけどね。私が知っているのはこれくらいよ。疑問は解決したかしら?」
「はい。教えてくださって有難うございます」
「それは良かったわ。じゃあね」
女性が立ち去った後、ジェイは鈴たちの元に戻った。そして先ほど聞いた事を伝える。
「ちょうど三日前からこうなったらしい。それまでは特に変わった様子は無かったみたいだけど」
その言葉に鈴は首を傾げて言った。
「あれ?確か三日前って、箱を手に入れた次の日じゃなかったっけ?」
「……確かに鈴の言うとおりだ。箱が目覚めたのに反応して、宝石が一緒に目を覚ましたのかもしれないな」
「箱が目覚めている状態で近くに居ないと目覚めないんじゃ?」
蒼氷の言葉を聞き、鈴は尋ねた。
「普通はそうなんだが、気配に敏感なやつだと近くに無くても目覚めるんだ」
蒼氷はそのまま、難しそうな顔をして続ける。
「だとするとこの現象は宝石の力が原因だな。目覚めたばっかりで力の制御が効かないんだ。だが守護者がいるなら守護者がそれをサポートするはずなんだが、いや待てよ、もしかしたら守護者がいないんじゃ……」
話しながら、いつの間にか自分の中で考えにふけってしまった様子の蒼氷。今の彼には鈴の声は聞こえていなかった。
その時、悲劇は起こった。鈍い音と同時に蒼氷は自分の頭に衝撃がかけぬけるのを感じた。
「いってぇ!! なにしやがる!」
蒼氷は驚き振り向いた。そして固まった。
「何度呼べばわかるんだろうね。白髪の竜は」
そこに居たのは鈴。魔王降臨と呼ぶに相応しい微笑みを浮かべて立っている。
「し、白髪じゃなくてこれは蒼みがかった白だ」
幼い頃から鈴を知っている蒼氷も、鈴のこの微笑みには慣れない。と言うよりもその微笑みに他の人よりも、恐怖を感じていた。それもそのはず、アリアスに居た頃から、鈴がこの微笑みを自分に向けているときは大体、いいことは無かったのだから。
「……」
「……ごめんなさい」
「はい、分かればよろしい」
無言で対峙していた蒼氷だったが、何も言わず、ただ微笑み続ける鈴に負け、最後には謝るのだった。
そしてジェイとルナはというと、初めて見た鈴の怖い微笑みに
(鈴は怒らせてはいけない)
と、心に刻んだそうだった。
*
その後、鈴たちはとりあえず箱が示す方角へ進むことにした。
「なんだか進むごとに花の量増えてない?」
「確かにそうだな。宝石の力の濃いほうに向かっているという証拠だな」
鈴の言うとおり、今までは大量発生していると言っても、ちらほらと地面が見えたのに対して、進むごとに地面すら見えない勢いで、ところせましとアザレアが咲き乱れていた。
たとえ段差があろうとも気づかないほどに。
そして進めば進むほど、アザレアの匂いは濃厚になっていった。
「なんか酔いそうなくらい咲いているわね」
「いい香りなんだが、さすがにきつすぎる」
後方を歩くルナとジェイは少しぐったりしながら歩いていた。一方前方を歩く鈴と蒼氷は特に気にした様子もなく、普通に歩いている。
「そんなにキツイ? これぐらいなら亮の家の方がきつかったけど」
「あれはやばかったな」
鈴は懐かしそうに、目を閉じその時の光景を思い出す。
鈴は中学に上がるまで、亮の家で暮らしていた。それは亮の母親が鈴を心配してくれた為だったのだが、その母親の好きなものが凄かった。それはドリアンとクサヤ。フルーツの王様と名高く匂いが強烈な果物と、臭い、魚の干物代表。その二つが大好物で、ドリアンにいたっては、ほぼ毎日食べていたのだ。しかも庭では趣味のガーデニングで薔薇などの匂いが濃い花を育てていたので、そこで暮らしていた鈴と蒼氷は一種類のきつい匂いなど気にならないのだった。蒼氷に至っては、その頃、猫という嗅覚の鋭い動物になっていた為、尚更だった。
「あの頃に戻りたい」
ポツリと呟く鈴。相変わらずその瞳は閉じており、そこからは感情が見えない。
「……」
蒼氷は鈴に視線を向けるものの、何も言わなかった。ただその小さな頭を優しく撫でると、鈴より、ほんの少し先を歩く。
*
しばらく歩いていくとようやく、一軒の家が見えた。箱はその家を示している。四人が更に進んでいくと、人の姿が見えた。その人はよく見ると箱の示した家の庭らしき場所にいた。
アザレアの中に溶け込んだら分からなくなってしまいそうなほど、アザレアと同じ色の髪をした女性で、その手には籠を抱えている。
その女性の姿を鈴がハッキリと捉えたとき、箱からパァッと鮮やかな光が溢れた。女性はそれに気づいたのか、こちらを向くと目を見開いて、鈴たちの方へ来た。
「その光! もしかして貴方が箱に認められた方ですか!?」
女性の言葉に鈴が頷くと、女性は鈴の手を握り微笑んだ。
「私はガーネットの守護者、睦月と申します。貴方をお待ちしておりました」
守護者は招く……箱の保持者を