第15章 出発
「ジェイとルナが言ったとおり、刻一刻とシャークスの破滅が近づきつつある。残された結界石が効力を失うのも時間の問題だ。それを防ぐ為に、強力な力を持つ時の宝石で、一時的にでも効力を失いつつある結界石の力をカバーして、闇の方を倒さなくてはいけないんだ。最終的な目的は、闇を倒して、魔物を消滅し、世界の破滅を防ぐこと。あと、紅蓮と亮を救うことだ」
蒼氷は懐から鎖のついた手のひらに収まるくらいの懐中時計を取り出し、鈴たちに見せる。
「これは結界石の位置および効力の残りを示した物だ。完全に効力を発揮しているのは、東と西の結界石だけだな。北と南は効力が消えている、否、消えかけているといった方が正しいな。おそらくは、玄武の配下である雷兎の長と朱雀の配下である炎狐の長が頑張ってんだと思うが。中央のシャトスにある結界石は…少しやばいな。中央の要石を壊しちまえば、後は簡単に壊れるだろうから」
懐中時計の針は長針が四つのもので短針は存在しなかった。四つの内、右と左の針は濃く色づいており、上と下の針は薄く色づいていた。そして中央に添えられた銀色の金具は、点滅していた。
「もしかしてこれ、針の位置が結界石の場所で、色が効力の残り?」
時計を見つめていた鈴は、蒼氷に訊ねる。
「その通りだ。まぁ位置の方は持ち主以外分からないように細工してあるがな」
蒼氷は時計を仕舞うと、ジェイに訊いた。
「確かに目的は一緒だが、俺たちと行動すると今までより危険な目にあうかも知れない。それでも構わないか?」
「あぁ、俺は平気だ。覚悟はしているよ。ルナも構わないか?」
ジェイの問いにルナは微笑む。
「えぇ、それと足手まといにはならないから安心して。これでも、結構な数の魔物を相手にしてきたもの」
「それじゃあ一緒に旅するって事でこれからよろしく」
鈴は嬉しそうに笑うとルナとジェイに握手をする。
新たな仲間の誕生である。
「それでは改めて、私は鈴・如月。アリアスの人間で、現在十五歳。よろしく!」
「ソウヒ・T・クローシャン。竜族で、年齢は……人型だとおよそ十八ってところだ」
「ルナ・フィアス。シャークス出身で、今、十五歳よ。よろしくね」
「ジェイ・クラウン。シャークス出身の十六だ。よろしくな」
「じゃあついでに僕も。レナン・フィース。武器屋兼飛獣レンタル店経営の、年齢は……秘密って事で」
最後には何故かレナンも加わり、新たな気持ちで自己紹介をした一行であった。
*
その後、この世界では目立つという事で鈴はレナンに服を貰い、制服からシャークスの旅に適した服へと着替えた。
「レナンさん。武器の事といい、何から何までお世話になりました」
「いいや、構わないよ。こちらも楽しかったからね」
鈴がレナンにお礼を言うとレナンは楽しそうに返した。
ロングのポニーテールとピアスは変わらずで、青で統一された半そで、半ズボンの服装に白い防寒用フードつきマント、肘まである指空きのグローブ。そして膝より少し下の茶色いブーツ姿で現れた鈴。その姿は完全に冒険者だった。
「あぁ、それとお嬢さん。ブレスレットは使いやすかった?」
「はい! 思い通りに出せたので、とても使いやすかったです」
ブレスレット、それは雫の形をしたもので、魔力の籠められた武器収納庫である。
それは鈴用にとレナンに渡された袋の中に一緒に入っていた物だった。念じるだけで、簡単にしまわれている武器が出されるだけではなく、そんじょそこらの魔力制御の腕輪などが通用しないシロモノである。欠点として言うならば、一つしか仕舞えないことと、強力な魔力制御のかけられた物の効果は消えないということだけである。
ちなみにジェイはピアス、ルナはネックレス、蒼氷はイヤーカフスと様々な形である。
全てレナンが製作した物で、ジェイの使った笛・月影もその一つである。正確には月影はレナンが後から作ったもので、他の人間が作った笛の兄弟笛となる。違う人間が作ったのにも関わらず、姿形は全く同じで、魔力の高さも劣らない。兄笛とされる物の名は月光という。
「鈴、もう行くぞ」
蒼氷が店の外から呼びかける。
「分かった、今行く。それじゃあレナンさん、さようなら」
「またのご来店お持ちしているよ」
鈴は一礼すると、外へ出た。レナンはそれを見送り、店の奥へ消える。
*
鈴が外に出ると、そこにはルナ、ジェイ、蒼氷、そして見慣れない一匹の飛獣がいた。
「その飛獣ってレナンさんの?」
飛獣は漆黒の馬で、その背には正反対である純白の翼が生えていた。
「いや、これはレナンのところに預けておいた俺の飛獣だ。自由に自らの色を変えることが出来るんだが、本来の色はこれなんだ。ほら」
ジェイが飛獣を優しく撫でると、飛獣は体を黒みがかったこげ茶色に、翼を茶色に変えた。
「といっても、体は必ず本来の色である黒が混ざるんだけどな。今までこいつで移動してたんだ。名前はアーサーだ」
アーサーはジェイの手に顔を寄せ、甘えるように鳴く。
「アーサーはジェイが幼い時から一緒だったからそうだから、良く懐いてるの」
ルナはアーサーを撫でると、更に言う。
「アーサーが居なかったら私は今、此処に居なかったの」
「え? 何で」
「私ね、実は記憶喪失なの。ジェイが言うには、西の草原に倒れていたらしいのよ。それをアーサーが見つけて、ジェイに助けられたの」
ルナの言葉にジェイは頷き言う。
「あれは本当に驚いたな。アーサーが突然走っていって、追いかけたらそこに女の子が倒れているんだから」
「そうだったんだ……」
「覚えていたのは、名前と、過去を歌にしてあらわす力、そして持っていた武器、風の扇子の使い方だけだったわ。だから私は自分の記憶を取り戻すためにも旅をしているの」
そう言うルナの様子からは、記憶を失っているとは思えなかった。それほどまでに不安などが見られなかったのだ。
「まぁ、気にしないでね。今のところは苦労もしていないし。ただ、私の両親が生きているのなら私の事を探しているのではないのかとは思うけれど」
「……両親か」
鈴の両親は、もう居ない。だが、だからこそ願わずには居られなかった。ルナの両親が生きているようにと。
「……そろそろ出発するぞ。あまり無駄な時間は使えない」
そんな鈴の様子を察したのか、蒼氷は話の句切れを見て、三人を促した。
「じゃあ、俺とルナはアーサーに今までどおり乗るとして、鈴は蒼氷がいるから平気だな」
「うん。蒼氷、お願いね」
「了解」
蒼氷は竜の姿になり、その上に鈴は乗った。
「目指すは北の町タクレス。ガーネットの眠る地」
一行は空に飛び立った。
旅が始まる……困難が待ち受ける旅が