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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者パーティのお荷物は、その瞳で何を見る

作者: 真櫂さしみ

「アイン。今この時をもって、俺のパーティから外れてもらう」


 プラチナの鎧に冠のような兜、身の丈ほどある豪奢な長剣を背負った金髪碧眼の美形な勇者――――カーマインは冷たい眼差しを僕に向けて、そう言った。

 勇者の後ろには、同じような冷たい視線を投げつける旅の仲間がいた。

 剣姫と呼ばれる銀髪灼眼のフェリス。

 賢者の称号を手に入れた黒髪青眼のイストリア。

 武神と称えられる、イストリアの双子の姉エルトリア。

 カーマインの迫力は心臓を握り潰しそうなほどだったけど、女の子三人の冷徹な眼差しは呼吸を止めるほどの迫力があった。追い出す前に僕を殺す気か?


「お待ちください、勇者様。理由をお聞かせ願いますか?」


 そう言って僕の傍らに立った、一人の女性。

 勇者よりも色が濃く、艶やかな金色の髪を腰まで伸ばしたロングヘアー。四人の迫力にも負けない、強い意志を見せる緋色の双眸。三人の女の子が全員束になっても敵わない美貌とスタイルを持つ、勇者パーティ最後の一人。聖女の位を授けられた回復魔法の使い手で、僕の住んでいたアザエル王国の第一王女様。

 クリスティーナ・フォン・アザエル。彼女に見据えられた勇者は、鼻で笑いながら「そんなこともわからないのかい」と肩をすくめた。


「彼は足でまといだからだ。言わなくてもわかることだろう」

「そんなことはありません! 魔法は使えませんが実力はBランクの冒険者に匹敵します! 魔物に関する知識も豊富で、この旅では何度も助けられたでしょう」

「最初のうちは、だろ。ここは魔王軍との最前線で、Aランク以上の魔物がワラワラ出てくる。戦闘中に知識が役立つか? Bランク程度の実力でAランクの魔物を倒せるか? 無理じゃないか」

「っ……」


 実際、そのとおりではある。

 魔王の居城がある魔大陸。そこにある唯一の人間側の城塞都市に、僕たちは滞在している。

 ここを拠点にして魔王を倒す実力を身につけ、兵力が集まるまで街を守ることが、僕たちの今の使命だった。

 しかし、勇者の言うとおり魔大陸に出てくる魔物は、すべてが今まで倒した四天王に匹敵する強さを持っていた。そんなのが群れを成して襲ってくるんだ、一人一体を受け持つくらいじゃないと戦闘は厳しい。

 聖女であるクリス――クリスティーナの愛称――の回復魔法なら、腕や足を切り落とされてもくっつけることができる。

 逆に言えば彼女を守りながら戦わないと、万が一があった時に助からない事態に陥ってしまう。

 そこに足でまといの僕が加わってしまい、守る対象が二人になる。勇者の不満も最もだ。


「……なら、役に立てばパーティに置いてもらえますか?」

「アイン……?」

「役に立つだって? 君程度の実力で、どう役に立つって言うんだ」


 僕をあごをしゃくって鼻で笑う勇者。

 何もできないだろうと言外に言っているけど、戦力としてじゃなければ役に立つ方法が、一つだけ残っている。


「僕が囮になります。次の戦闘で試してください」

「アイン――――!!」


 目を大きく開き、鬼気迫る表情でクリスが詰め寄ってくる。

 どうしてそんなことを言いだしたのだと、怒っているし悲しんでいる。ごめんね。


「囮とは言うが、中途半端な囮じゃ俺たちの連携が崩れるだけだ。わかってるのか?」

「わかってます。方法を任せてもらえれば、遭遇した魔物全部の注意を僕がひきつけます」

「できるのかい?」

「できなければ、僕は役たたずです。その時はパーティを抜けます」

「へえ……いいよ、じゃあ早速試そうか」


 にへら、と勇者は笑う。そんなことできるわけがない、と見下していて。これで厄介者がいなくなる、と清々していて。ようやく俺のハーレムパーティが完成しそうだ、と喜んでいた。

 僕の眼は、そう見抜いていた。


「お待ちください勇者様! 仲間を囮に使うなんて、そんな非人道的な……」

「使うなんて人聞きの悪いことを言わないで。アインが自分から言い出したんじゃない」

「フェリス……」


 燃えるような赤い瞳が忌々しげに僕を見た。

 無駄な足掻きをして、と心底僕を侮蔑している。


「本人の希望ではないか。チャンスは何者にも与えられるべきであろう」

「そこまでしてパーティにいたいって言うんなら、しっかり結果を出してよね」


 双子のイストリアとエルトリア。

 口調は全然違うけど、期待なんて欠片もせず、失望に満ちた言葉を投げかけてくる。


 四人はそれぞれの武器を取り、これでようやく追い出せると嬉しそうに外に出ていった。

 僕もそれに続こうと歩き出すが、二の腕を思いっきりクリスに掴まれて足を止めた。というか、力強くなったなあクリス。


「あの、痛いんですけど……」

「どうしてあんなことを言い出したのですか」


 怖い。心配してくれているのはわかるんだけど、彫刻のように目鼻顔立ちが整った女性に睨まれると、すごく迫力がある。

 いつもの僕だったら怯んでしどろもどろになったのだろうけど、今は違う。真っすぐに右目を彼女に向けた。


「理由はさっき言ったはずですよ。このパーティにいるために」

「その眼をやめなさい」


 そう言って、クリスは左目を覆う眼帯を取った。

 視界は何も変わらなかったけど、開放感が少し心地よい。

 鏡を見ていなくてもわかる、僕の左目には六芒星の魔法陣が浮かんでいることを。今もなお、苛立ちと心配の気持ちが伝わってくるから。


「やっぱり『読心の魔眼』を使っていましたね。それであんなことを言いだしたのでしょう」

「……いっそ、魔物の餌にでもなってくれないかな、とみんなして考えていたからね」

「なんてことをッ――――!」


 ギリっと並びのいい歯を食いしばり、形の良い柳眉を釣り上げて怒りを露わにするクリス。

 僕のために怒ってくれているのはわかるけど、嬉しく思ったり困ったりすることはなかった。波一つ立たず感情は完全に凪いでしまっていた。


 それが僕の魔眼、『読心の魔眼』の効果。

 発動している間は人の心が読める代わりに、自分は感情を失ってしまう。喜怒哀楽もなく、ただ流れ込んでくる心の想いを読み取るだけ。


「……アイン。その眼を使うのをやめなさい。どうしてかは、言わなくてもわかるでしょう」


 どうやら聞きたいことがあるらしく、そのためには無感情なままの僕が答えてはダメらしい。

 仕方がない。『読心の魔眼』を解除して……とたん、心が動き出した。

 震えだしそうな体を無理やり押さえつけ、まっすぐにクリスと向かい合う。


「もう一度、聞きます」


 震えが伝わってしまったんだろう、悲しそうに僕を見てくるクリス。

 二の腕から手を離し、そのまま僕の手を握って問いかけた。


「どうしてあんなことを言いだしたのですか。囮になること、貴方は怖くないのですか?」


 怖くないか、だって? そんなの、怖いに決まってる。

 心を凍らせていなきゃ、青ざめて冷や汗流しながら、今みたいにこう言っていた。


「すっごく怖い。死ぬかもしれない、見捨てられるかもしれない、でもそれしかやれないから使ってほしい」


 囮になる、それ以外に方法がないんなら、やるしかない。

 このパーティを抜けるなんて選択肢、最初から僕は持っていないんだ。だって、そうじゃないと――――


「魔王を倒したい。倒れた魔王を見て、世界が平和になったって、僕の口からそう報告したいんだ」


 今はもう無くなってしまった村に住んでいた、亡き両親と村の人たちに――――











 僕が住んでいた村は、アザエル国の中でも辺境の土地にあった。

 たまに森に入っては動物を狩り、田畑を耕し穀物や野菜を育て、どこにでもいるどこにでもある村の暮らしを送っていた。

 そんな穏やかで平穏な日々は、ある日唐突に崩れ去った。

 分厚い雲に覆われた、嫌な雰囲気の曇天。それでもいつものように農作業をしていると、村に備え付けられた銅鐘がカンカンカン、と鳴り響いた。今まで一度も鳴ったことがないその鐘音が示す意味は、『魔物の襲撃』だった。

 村の男たちは農具を手に妻子を守ろうと家の外に出て、女子供は家の奥に隠れ、村長は助けを求めるために村一番の健脚の青年に声をかけた。僕が生まれるより昔、ゴブリンなどの魔物が稀に村を襲いに来たそうだ。だから今回も、おそらくゴブリンだろうと村長が言っていた。

 でもそれは、大きな間違いだった。

 家の外から、たくさんの人の悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、聞いたことがない女の高らかな笑い声が響いた。

 村を襲いに来たのは、ラミアの集団だった。

 僕は保存食を保管しておく納屋の床下に押し込められ、ずっと息を潜めていた。


「出てきてはだめよ」母はそう言って戸を締めた。

 父は「お前たちは絶対に守ってやる」と言ってラミアに向かっていった。


 どれだけ時間が経ったのか、正確には覚えていない。

 村の異常に気づいた近隣の街から王国に知らせて騎士団が派遣され、僕が救助された時には骨と皮だけのガリガリの体だった。自力で立てないほど衰弱していて、朦朧とした意識がはっきりとした頃には王国の孤児院にいた。

 生き残りは、僕だけだった。

 ラミアたちはすべて騎士団が討伐したのだが、村人たちの亡骸はラミアたちの食料にされたらしく、あまりにも酷かったので火葬で弔われたと聞いた。

 悲しみを向ける墓もなく、憎しみを向ける敵もいない。しばらくの間、僕は抜け殻のように生きていた。


 しかし一年後、その転機が訪れた。

 魔王復活の知らせが、世界全土に届けられたのだ。


 百年以上昔に魔王が復活したことにより、魔物の勢いが活性化したくさんの村や街を襲うようになった。どうやら僕の村は、そうして滅んだうちの一つだったようだ。

 ようやく僕は、前に歩き出すことができた。みんなの敵ではないけど、魔王がいるせいで僕と同じような苦しみや悲しみが増えるなら、なんとかしたいと思った。

 12歳になり成人した僕は、孤児院を出て冒険者になることを志した。

 孤児院のシスターが語ってくれた昔話の中に、勇者様が魔王を打つ話があった。勇者率いるパーティが魔王を討伐する、勇者様たちが魔王を打てるように、多くの兵士や冒険者が魔物と戦った、そんな話。

 僕は自分が勇者になれるとか、その仲間になれるとは考えていなかった。

 だからせめて、勇者様たちを守る軍勢の一人として戦いたいと、そう考えたわけだ。


 そして冒険者登録した時、ようやく僕には不思議なスキルがあることに気づいた。

 スキルは本来、誰もが一つや二つくらい持って生まれてくる。ただ、何のスキルを持っているかはわからない。自然と使いこなせるようなものもあれば、特定の条件を満たさないと使えないものもある。

 それを調べるためには、冒険者や兵士のような人々を守る職業に就くか、教会にお布施をしてスキルを教えてもらう必要がある。

 無一文だった僕は冒険者になるための試験に合格し、そこでスキルを把握した。


 僕のスキルは唯一つ。『魔眼』というものだった。

 魔眼は本来、『魔法』スキルと『錬成』スキルを組み合わせ、義眼を作ることで特定の魔法を無詠唱で行使する魔道具の一つだった。

 でもそれは、本来の使い方ではない。

 生粋の魔眼はまず、魔法では行えないような不思議な現象を引き起こす。僕が使った『読心の魔眼』のように、人の心を読む魔法なんて存在はしない。

 人間の中で魔眼を持って生まれたものは、ここ数十年は存在しない。むしろ魔眼といえば、強力な魔物の代名詞だ。そのせいで昔の魔眼持ちは迫害されたり、ひどい時は魔物と交わった忌子として殺されたりすることもあった。

 僕のスキルを調べてくれた受付の人は、そんな背景もあって隠すことを勧めてくれた。

 だからこのことを知っているのは僕自身と、試験結果を一緒に確認してくれたクリスティーナだけだった。

 彼女との関係は、僕が孤児院に運ばれた時から続いていた。

 まだ王女としての教育が始まる前、クリスはよく城下町に遊びに出かけ、孤児院のシスターや子供たちともよく遊んでいた。だからいつもベッドの上で呆然としている僕を気にかけてくれて、よく遊びに連れ出したり珍しいお菓子をくれたり、とにかく良くしてくれた。


「……本当に、冒険者になるの?」


 同年代の中でも体が細く小さい僕は、女の子とは言え一つ年上のクリスよりも背が低い。

 彼女はまるで姉のように接してくれて、そう決意するととても心配してくれた。


「アインくんが戦わなくても、いつか勇者様が現れて魔王を倒してくれるわ」

「そうだね。でも、僕はじっとしていられない。僕がいやなんだ。もう何もしないでいるのは」

「……わかりました。それなら、私も力を貸すわ」

「ま、まさか、クリスも冒険者になるなんていうんじゃ……」

「あら、その発想はなかったわ。いい考えね!」

「えっ」

「えっ」


 一緒に来ていた護衛の騎士と侍女が、必死になってクリスを止めた。

 それから成人するまでの五年間、クリスの護衛で付いてきている騎士に訓練をつけてもらった。何度かクリスも一緒に剣を振りたいと駄々をこね、少しだけ剣を振る機会を与えられていた。

 最後の一年だけど、先に成人したクリスは王城から出る機会が大幅に制限され、何故かこちらが騎士団の訓練所に誘われるようになった。

 クリスも護身のためにということで、一緒に訓練を続けた。

 何人かの騎士に筋がいいと褒められ入団することも勧められたけど、僕は文字の読み書きができない。騎士養成学校を卒業すればいいだろうと言われたけど、そのためのお金もないので騎士の道は早々に諦めた。

 冒険者登録のための試験を受けるその日、お世話になった騎士団のみんなを代表して(なぜか)クリスが付き添ってくれて、その時に僕が魔眼持ちであることを知った。


「魔眼……初めて見ました。アインはどんなことができるのですか?」

「残念ですが、それはスキルを所持している本人にしかわかりません。アインさん、どうですか?」


 受付の人に言われて、自分の内側に意識を向けてみる。すると、僕の持つ魔眼の能力が頭の中に浮かんできた。


【犠牲の魔眼】

①ラーニング:ランクA

 魔眼所持者が持つスキル。魔眼の効果、あるいは魔法スキルを習得し、使うことができる。習得できる個数に上限はない。

②因果応報:ランクS

 最上級のカーススキル。魔眼の効果を劇的に高める代わりに、魔眼の効果の関連した呪いを受ける。


「……カーススキル?」

「「カーススキルですって!?」」


 耳慣れない単語を口にした瞬間、二人の驚いた声が聞こえた。


「カーススキルは呪われたスキル……スキルを持っている人に何らかの悪影響を及ぼすスキルと聞きます。今すぐ教会に行き、浄化を受けられたほうが……」

「いえ、受付の方。呪いを除去できるような高位の神官様は現在、勇者様の選別のために聖堂教会に召集されているはずですわ。すぐに浄化を行えるとは……」

「それ以前に、僕まだ無一文なんだけど」


 聞いた話だと、どれだけ低いランクの呪いでも一つ解呪するために金貨十枚かかるそうだ。

 Sランク――最上位ランク――の冒険者が二、三ヶ月掛かってようやく稼げるくらいの金額だよ。

 呪いっていうのはそれだけ強力で、かつ希少な状態異常。魔物の中でも滅多に掛けてこないし、魔法スキルの中でもレアな『黒魔法』スキルを極めてようやく使えるくらいだったはず。

 しかもランクは最高のSランク――ランクは七段階でS>A>B>C>D>E>F――のカーススキルとなれば、一体どれだけの金貨を積めばいいのか想像もできない。

 それに、あと使ってみないとわからないけど、メリットは大きいように思える。

 魔眼の効果がどれほどのものかはわからないけど、普通に使うよりもいい効果が見込めるというのなら、それは大きなメリットになるんじゃないかな。


 こうして冒険者になり、自分のスキルがわかった僕は魔眼を使って大活躍! ……できたわけじゃない。デメリットは本当に大きかった。

 例えば、新しく覚えた『麻痺の魔眼』。相手の全身を麻痺させると、自分の全身が麻痺するので攻撃ができない。腕や手足を封じれば、自分の腕や手足が動かなくなる。

『千里眼』を使えば遠くの光景が見えるようになるけど、使っている時間に応じて徐々に視力が失われていく。

『読心の魔眼』を使えば相手の動きが読めるかなと思ったけど、魔物相手じゃそもそも自我が薄くて何を考えてるのかわからなかった。

 結局、自分自身の力で頑張るのが一番手堅い戦闘方法だった。

 たまに誰かとパーティを組んだ時、サポートとして魔眼を使えば優秀だった。けれど、迫害の歴史を持つ魔眼持ちであることがバレるといろいろ面倒なので、誤魔化したり隠して使ったりしていたせいで、僕の活躍を知る人は非常に少ない。


 二年ほど冒険者を続け、順調にランクをCランクまで上げた頃、王国からお触れが出た。

 ついに勇者様が選別され、そのパーティが結成されたのだ。

 王城の前に大勢の人が集まり、バルコニーに現れたアザエル国王様と教会の大司教様が、五人の男女を紹介してくれた。

 それが聖剣に選ばれた勇者カーマイン。

 剣姫のスキルを持つ女戦士フェリス。

 賢者のスキルを持つ魔法使いイストリア。

 武神のスキルを持つ武闘家エルトリア。

 そして……神託により聖女のスキルを与えられた、クリスだった。

 近日中に彼らは魔王討伐の旅に出ることが知らされ、その日は盛大に祭りが開かれた。

 鬱屈した雰囲気に包まれた王国が明るくなったけど、僕はクリスが心配だった。

 王族相手に不躾かもしれないけど、彼女は僕にとっては幼馴染だ。僕の道を応援してくれて、元気を分けてくれて、少しずつ惹かれていった。

 そんな彼女が危険な旅に出ることに、僕は心から喜べなかった。

 魔物に家族を殺され、冒険者となって魔物と戦い、いろんな冒険者と行動を共にして、絶対に安全な討伐なんてないと僕は知っている。だから他の人たちのように「もう安心だ」「これで魔王は倒される」「また世界が平和になるんだ」と、無遠慮に喜ぶ気にはなれなかった。

 胸の内にもやもやを抱えた僕に、見知った顔の騎士が現れた。国王様と大司教様が呼んでいるだって?

 半信半疑ながらもついて行くと、本当に謁見の間に連れてこられた。

 そこには紹介された勇者パーティがいて、この場で一番目に偉い王様と二番目に立場の強い大司教様が、「お前がアインか?」と睨みつけてきた。


「先ほど、偉大なる主神ロール様より神託を授かった。魔王討伐には、アインなる者の力が必要なのだと」

「調べる時間はなかったが、お主はこちらにいる我が娘クリスと騎士団者と関わりがあるようだな。故に連れてきてもらったが……」


 ジッと上から下まで品定めするように見られる。

 見た目は普通の茶髪の冒険者。魔眼を使っていなければ、僕の目は普通の青い瞳だ。背は少しは伸びたけど、同年代の中では高くもなければ低くもない。筋肉はついたけど騎士団の人たちほどムキムキでもない。良くも悪くも平凡なのが僕だ。当然、王様たちもそう思っただろう。


「お主は何か、特別なスキルでも持っているのか? 冒険者をしているのであれば、当然スキルの一つや二つは持っているはずだろう」


 ここで正直に魔眼持ちです、と言えていれば未来は大きく変わっただろう。

 一つは、数十年振りの魔眼持ちとして勇者一行を助け、旅の道中も力を合わせて戦っていたかもしれない。

 もう一つは、魔物と繋がりのある者と蔑まれ、刑に処される未来だ。

 魔王復活によって魔物に対する嫌悪感や敵意はより激しくなった。そして過去の魔眼持ちに対して、最も苛烈に迫害していたのがこの教会だ。王様はどうかわからないけど、大司教様はきっと僕を排除しようとしたはず。

 だから僕は、何も持っていませんと首を振った。調べてもらった上で、何もないのだと。

 後天的にスキルが目覚めるケースは、基本的に存在していなかった。それこそクリスのように、神の加護を受けない限りは。


「……であれば、旅に同行することによって何かが目覚める、と神は考えているということだろうか」


 王様は前向きに考えた。


「我々の物差しでロール様の御考えは図れますまい。アザエル王よ、どうなされるおつもりで?」


 大司教様は考えることを放棄したようだ。

 ふむ……と、王様は考え込んだ。元は騎士団団長で婿入りして国王になったらしく、その迫力はそこらの魔物や冒険者とは比べ物にならなかった。

 痛いほどの沈黙は、どれだけ続いたんだろう。十秒? それとも一分? 耳が痛くなるような静寂の中、ついに王様は決断を下した。


「勇者カーマインよ。アインを連れて旅に出よ。ただし、もし役に立たないと皆が判断した時、選ばれし者ではない者を無為に死なせることはない。その時は置いていけ」


 正式な仲間ではなく協力者。それが僕の勇者パーティでの立ち位置になった。

 最初の頃は、勇者パーティもそれほど強くはなかった。

 教会に選ばれたのは、聖堂教会の近くにある村に暮らしていた勇者と女戦士。

 双子の姉妹は貴族の通う学園に在籍していて、当然のように四人はまともに戦った経験なんてない。

 クリスだって僕と同じく訓練はしていたけど、魔物と戦った経験なんて皆無。

 そういう意味では、先に冒険者として活動していた僕は経験者としてみんなを引っ張っていた。

 けどそれも、魔物との戦闘に慣れてくると徐々に差がつき始めた。


 選ばれたスキルを持っている勇者パーティは、魔物と戦うたびにどんどん強くなっていく。その細身からは考えられないほど力強く、打たれ強い。希少な魔法スキルを持っている十代の仲間は、まるで長年生きた大魔法使いのような魔力を自在に扱っていた。

 順調にそして際限なく強くなっていく勇者パーティに対して、やはり僕は凡人だった。地道に筋トレして、魔物を倒して、勇者パーティの行動がない日はその街の冒険者ギルドでクエストを受けて。

 四天王に挑む頃には、ようやくBランク冒険者になることができた。力の差は完全に逆転し、大人と赤子以上の開きがあった。

 それでも僕は、勇者パーティに居続けたかった。

 魔王を倒すため。

 幼馴染のクリスを守るために。

 僕は魔眼の力を、使うことをためらわなかった。


 最初の四天王オーガキングのオニマルは、ドラゴンさえも捻り殺す怪力を持っていた。

 だから『衰弱の魔眼』で筋力を衰えさせ、剣姫フェリスが太刀打ちできるまで弱らせた。その間、立つこともできないほど弱った僕を尻目に、彼女は渾身の一撃を繰り出してオニマルの首を切り飛ばした。

 四天王一の頭脳を持つワイトキングのディーレンは、自分と大量の死霊たちに隠蔽の魔法をかけ、居城に乗り込んだ僕たちを待ち受けた。

『千里眼』と『霊視』を発動させた僕は、運良く隠れていた死霊たちを見つけたというていで、次々と実体のない魔物を賢者イストリアの魔法とクリスの浄化魔法で無力化していった。この戦いで、僕は左目の視力を完全に失った。

 そして四天王の中でも真剣勝負が好きなミノタウロスのアストロとの戦いは、本当に熾烈を極めた。

 最も残酷で搦手が好きな四天王ラミアクイーンのキエルが横槍を入れ、まさかの四天王二体との同時戦闘になってしまった。

 一対一を挑まれた武神エルトリアは助けを拒んだけど、実力差は明らかだった。『身体能力上昇』の魔法を魔眼で再現し、その上で彼女には一人で戦ってもらった。代わりに身体能力が大幅に下がった僕を、キエルは当然見逃さなかった。あわや絞め殺されそうになったけど、そこを逆に好奇と捉えた勇者たち一行は集中攻撃をかけた。僕が人質にもならなかったことに驚いたキエルは拘束を緩め、その隙を突いて何とか急所を突き刺し倒すことができた。この戦いの直後、僕たちは魔大陸に上陸した。


 今までの戦いの中で魔眼を使っていることを知っているのは、勇者パーティではクリスだけ。

 知らない間に負傷し、四天王には捕まり、足を引っ張ってるとしか見えない僕は切られないために、最後の手段に出た。











「……確かに、囮としては有用だったね」


 勇者の声が聞こえてくる。でも僕は答えられない。

 答える気力がない。口を開く体力もない。地面に突っ伏して苦しげに喘ぐだけだった。


「本当に全部あんたを狙うなんて思わなかったけど、これなら利用価値はあるわね」

「まさか攻撃してもこちらを意に介さないとはな」

「無視されてたみたいで腹立つけど、雑魚相手だし割り切るわ」


 頭上で剣姫、賢者、武神が渋々ながらも認めてくれた。

 彼女たちも勇者と私たちで十分なのにと、内心では不満げだったけど。


「貴方たち……頑張ったアインに対して、言うことはそれだけなのですか!?」

「別に俺は頑張れとは言っていないよ。アインがやると言ったから、やらせただけだ。でもご苦労様、これで魔王討伐の目処が立ったよ」

「本……当……ですか?」

「ああ、もちろんだとも」


 そう言って、勇者は笑った。

 ――――ああ、うん。なるほど。それなら確かに僕は必要だ。


「カーマイン、本当にアインを魔王討伐に連れて行くの?」

 勇者の右腕に抱きつく剣姫。


「自我のない魔物ならともかく、さすがに魔王相手に囮が通じるとは思えないが」

 張り合うように反対の腕に抱きつく賢者。


「でもまあ、カーマインが言うんなら大丈夫でしょ。信じるよ」

 小柄な体でジャンプし、首に抱きつく武神。


「ああ、俺に任せてくれ。とりあえず今日はもう休もうか」

 勇者はそんな三人を抱き締めながら、街に戻っていった。

 どうやら今晩はお楽しみのようだ。


「なんなのでしょうっ、本当にあの人たちは……! アインの頑張りも気にとめないで」

 僕に回復魔法をかけ続けてくれるクリスは、四人の姿が見えなくなると顔を真っ赤にさせて怒りを吐き出した。


「仕方ないよ。魔眼持ちであることを隠してる僕が悪いんだ」

「だとしてもです! アインが頑張っていることには変わりがないのですから、正当な評価を……」

「正当な評価だよ。ずっと足を引っ張り続けていたんだから」


 腹を割って話す機会はいつでもあった。それをせず、評価を落としたのは僕の自己責任だ。

 隠し続けるうちに底辺まで評価は落ちて、今さら魔眼持ちであることを告げても「だから?」できっと終わり。

 もしくは「お前は魔王の手先だったのか!」「俺たちの旅を失敗させるために入り込んだんだな!」と、いきなり斬り殺されてもおかしくない。

 だからクリスも黙っていたんだろう。あるいは、僕の意思を尊重したのかもしれないけど。


「でも、アイン。本当に大丈夫なのですか? 回復魔法はかけましたが……」

「大丈夫。今回使ったのは『魅了の魔眼』だけだから、特に悪いことは起きなかったよ」


『魅了の魔眼』は、この眼で見つめた相手を異性同性問わず魅了し、惹きつける効果がある。

 見つめる時間がないほど効果が強くなるけど、自我の薄い魔物には面白いようによく掛かった。どうやら僕は美味しそうな餌に見えるらしく、よだれを垂らしながら襲ってくる様は非常に恐ろしい。

 ちなみにデメリットは、使ってる間は一切欲情しなくなることだ。うん……魔物相手に興奮なんてしたくから、むしろ助かったけど。


「……それなら良かった。でも、勇者は一体アインに何をやらせるつもりなのか……」

「ある意味で、囮の正しい使い方をするだけだよ」

「また『読心の魔眼』を使っているんですね。本当は叱るところですが……一体、彼は何を?」

「――――――……明日の朝じゃ、ダメ?」

「とてもろくでもないことを考えているのはわかりました。今すぐ抗議してきます」

「それはやめた方がいいんじゃないかな」


 今戻れば下手すると、夜の無差別級格闘技を観戦する羽目になる。

 それだけならまだしも、強引に参加させらる可能性だってある。勇者はクリスもハーレムに加える気満々だったから。


 僕らは時間をかけて街まで戻り、勇者の部屋に飛び込もうとするクリスをなだめながらお酒で沈め、無事に翌朝を迎えることになった。

 朝食の席でこれからの話をし始めると、まず第一番にクリスが吠えた。「絶対にさせません!!」と。

 同じ宿泊客がびっくりしてこちらを見るけど、寝物語の代わりに三人と打ち合わせしていたのか、他の勇者パーティは誰も怯まなかった。

 勇者はまっすぐクリスを見据え、「これが最善策だ。この作戦が成功すれば、無駄な被害は出さなくて済む」と胸を張って言った。


「先日、王国から文が届いたでしょう? 『あと七日もあれば騎士団を魔大陸に上陸させられる。それまではこの街を守って待て』と! あと三日待つだけで援軍が来ます。王命に逆らうおつもりですか」

「俺たちの使命は魔王討伐だ。それは国王陛下と大司教様の連名だぞ。君こそ、大司教様に逆らうのかい? 仮にも教会の聖女様が」


 正確に言えば、クリスは別に教会の信者じゃない。

 聖女のスキルを授かったから、教会の所属にさせられただけだ。

 聖女は常に教会から輩出していたから貴方も信徒になりなさいと、まあつまりは様式美というヤツだ。

 熱心な信者というわけじゃないから律儀に従う必要はないけど、勇者パーティの旅には莫大な支援を頂いている。

 支援金は王国と教会で折半しているため、無碍にはできないとクリスは考えているんだろう。


「それにな、聖女? 魔王を倒せば問答無用で世界が平和になる、というわけではない。騎士団のような恒久的に必要とされる戦力が大幅に減らされてしまえば、当然後の世に影響が出てくるだろうさ」

「ですが騎士の本懐は国と民を守ることです! その平和を脅かす魔王を討つこと、それに貢献できるなら喜んで命を懸けるでしょう」

「死ななくていいかもしれないのに、わざわざ死ねって言うの? 残酷なんだね、聖女様って」

「いくら喜んで命を懸けるって言っても、騎士にだって帰りを待つ人はいるはずでしょ? 遺される家族の気持ち、考えたことある?」


 双子や剣姫の冷たい視線を浴びて、クリスは歯を鳴らすほど噛み締めた。

 彼女たちの言い分は、だって間違いではないんだから。

 世界を救う重大な一戦であっても、騎士の誇りや命を懸ける誉れある戦場でも、生き残ること以上に大事なものはない。無駄に命を散らさずにすむのなら、そうするべきだ。


「第一、アインって孤児なんでしょ? だったら」

「――――――!!」


 クリスの顔と思考が真っ赤になる。

 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がろうと彼女を、寸でのところで腕を掴んで止めた。


「おいおいフェリス、いくら仲間でも言っていいことと悪いことがあるぞ」

「うっ……ごめんね、カーマイン」

「いいさ。それにクリスをあんまり責めないでやってくれ、彼女も大切な仲間なんだから」


 ついさっき、そのクリスがフェリスを張り倒そうとしたことに誰も気づいていなかった。

 俯いて息を荒げるクリスは、もう彼らの会話が耳に入っていない。自分を落ち着かせようと必死になっている。

 だったら、今しかないかな。


「勇者様。先ほどの話、僕は引き受けようと思います」

「アイ」

「本当かい、アイン! 君はとっても勇敢だね、仲間であることが誇らしいよ」


 欠片もそんなことを思っていない勇者は、他の三人が見惚れるイケメンスマイルを浮かべながら手を差し出してきた。

 本当に『読心の魔眼』を発動させておいてよかった。そうじゃなければ、さすがに文句の一つや二つはぶつけていた。

 でも今なら、無心でその手を握ることができる。これで四対一だ。


「クリス、アインがこうまで言ってくれたんだ。その決意を無駄にするわけにはいかないだろ?」

「っ……どの口が」

「クリス」


 さすがに我慢の限界だったんだろう。マジで切れる五秒前だったクリスの名前を呼び、『読心の魔眼』を解除した。

 唐突に湧き上がってくる怒りと恐怖。でも、そのすべてを無理やり押さえ込んで、僕は笑ってみせた。


「頑張って魔王を倒してほしい。それできっと、僕の願いは叶うんだ」

「~~~~~~……っ」


 綺麗なブロンドの髪を掻き毟り、心底悔しそうに歯を食いしばるクリス。本当にごめんね。


「…………やるからには全力で。かつ全速で勝利を掴みます。よろしいですね? 勇者様」

「ああ! もちろんだよクリス。君ならそう言ってくれると信じていた」


 勇者イケメンスマイルを発揮しながら手を差し出す。それをクリスは完スルーした。

 勇者のスマイルが引き攣り、他の三人はこめかみに青筋を浮かべている。本当に大丈夫かな?

 魔王との最終決戦、そこに僕はいない。ちゃんと力を合わせてくれるか、少し心配だ。











 魔王討伐における僕の役割。それは邪魔な魔物をすべて一手に引き受けるというものだ。

 倒す必要はない。逃げるだけでいい。でも別に死んだって構わない。そんな思惑で立てられた作戦に、しかし僕は乗った。

 実際、僕の力じゃ魔王には歯が立たない。他の五人が全力で戦えるよう、魔眼でサポートするつもりだった。

 でもいくらサポートに徹しても、魔王にたどり着く前に疲弊しては万全の状態で挑めない。魔王上には四天王ほどじゃなくても、配下の魔物が大勢いるはずだから。

 僕の『魅了の魔眼』……そして『千里眼』を同時に発動させれば、おそらく魔王以外の魔物すべてを引きつけることができるはず。

 勇者は魔王城の中で無様に逃げ惑う僕を見たかったようだけど、さすがにそれじゃすべての魔物を引きつけることはできない。魔王城に入る前に別れ、僕はすべての魔物に魅了をかけた。

 視力がさらに下がって目の前がかなりぼやけるけど、それでも役目は果たせた。

 あとは勇者たちが魔王の元にたどり着くまで、必死に逃げ回るだけだ。


「ああ、もうっ……! こんなマラソン、訓練時代以来だよ!」


 僕を見失わせないよう、常に魔物たちの視界に入るように全速力で駆ける。

 十分? 二十分? そろそろ一時間になるかな? スタミナポーションを何個も使って疲れを無理やり押さえ込み、足が千切れるまで走り続ける。

 後ろを見れば、リザードマンにキメラ、スケルトンにオーガ。すべてどの種族の最強種が揃いぶみで、恐ろしい形相を浮かべて追いかけてくる。

 空を飛ぶ魔物がいないことが、せめてもの救いだ。いざとなれば撒くことができる。

 でも、それが早すぎちゃいけない。魔王城突入前に『千里眼』で魔王のいそうな謁見の間を見つけ、そこまでの道のりをクリスに教えた。

 順調に進んでいれば、とっくに魔王に会えたはずだ。

 謁見の間にいれば、既に最終決戦は始まっているはずで……。


「うわっ――――!?」


 キメラが吐いた炎を、既のところで回避する。

 しかしそのせいで速度が落ちてしまい、慌てて体勢を立て直そうとするが……。


『グオオオオオ……!』


 目の前の森から、別のオーガが出てきた。

 目を見れば魅了された形跡がなく、たまたま僕を見つけて飛び出してきたんだろう。


(なんて、運の悪い……っ)


 悪態を吐く前に回避だ! そう思うよりもはやく、オーガが右腕を振り上げる。僕が駆け出すより早く、それは振り下ろされるだろう。

 あ、これ無理だ。避けられない。

 殴られるのか、それとも鷲掴みか。どちらでもいい、即死じゃなければ。

 生きている限り諦めない。思いっきり歯を食いしばって衝撃に備えるけど……。




「弓兵! 射ち方始め――――!」




 どこかで聞いたことのある男の声が、突然聞こえてきた。

 次いで聞こえてくる無数の風切り音。目の前にいるオーガの頭に、肩に、腕に、足に、次々と的確に矢が刺さる。まるで僕を庇っているかのように。

 矢の嵐が止んだところで、膝をつくオーガの背後に回り込んだ。

 いったい誰が、どうしてあれだけの矢を射ち込めんだのか。その答えが、目の前に広がっていた。


「魔王討伐連合軍よ、今こそ決戦なり! 死力を尽くして前進せよ!」


 アザエル王国の騎士団が、旅の途中に寄った国々の騎士団が、そこに整列していた。

 連合軍ということは、彼らがクリスの言っていた国王様の差し向けた援軍なんだろうか。

 あまりに現実離れした光景に呆然としてしまったが、大勢の騎士が響かせる蹄の音でハッと我に帰った。


「アインよ、急ぎそこを離れろ! これから騎馬隊が突撃するぞ!」


 聞き覚えのある声は、僕とクリスに訓練をつけてくれた騎士のものだった。

 立派なマントと鎧を着ていることから、部隊を指揮する立場なんだろう。


「僕の役割は魔王城の魔物を引きつけることです! 今、あいつらは僕を狙っている。東に向かって走るから、横撃してください!」

「なっ……そんなことできるわけないだろう! バカ言ってないで離脱し」

「論より証拠! 今から走るんで準備してください!」


 魔眼の説明なんて、長々しくてしていられないし、信じてもらえそうにない。だったら実際に見せるしかない。

 僕が仕掛けた『魅了の魔眼』は、まだ解除してない。九十度向きを変えて走れば、餌に釣られる馬のように魔物たちは進路を変えた。


「…………まさか、本当に……」

「隊長! 突撃準備は?」

「っ、今すぐ騎馬隊を整列させろ! アインの働きを無駄にするな!」


 連合軍はすぐに準備を整え、一気呵成に魔物の群れに切り込んだ。

 ほとんど無抵抗のまま切り裂かれ、馬に轢かれ跳ね飛ばされ、何度か突撃を仕掛けるうちに魔物の群れは壊滅していた。

 適当なタイミングを見つけて逃げようと思っていた僕は、九死に一生を得た。だけど……。


「どうして援軍が? クリスは、あと三日は待たないと来なかったはずじゃ……」

「国王様の計らいだよ」


 疲れて座り込んでしまった僕の傍に、いつかの騎士さんがやって答えてくれた。


「クリスティーナ様は頻繁に勇者一行の動向を知らせてくれてな。今回の勇者様は功に貪欲で、三人の乙女たちはそんな勇者様に心酔しているから、もしも暴走すると自分では諌めることが難しい、とな」

「ああ……うん、はい。そうですね」


 今までの働きが知られてたのか。

 戦果はともかくとして、あの四人の爛れた関係まで知られてるのかな……。


「そこで国王様が、功を求めるなら最終決戦の手柄を独り占めするだろうと読まれた。だから手紙には長めに時間を取り、我々を急がせたのだが……それでも間に合わなかったようだな」

「いいえ、すごくいいタイミングでした。おかげで命拾いしましたから」

「つまり遅かったということだろう。本来であれば勇者一行を無事に……アインも無事に魔王の元に送り届ける必要があったのに、まさか一人であんな無茶をしているとは」

「足の速い魔物がいなくてよかったです」

「そういう問題ではないだろう」


 呆れた様子で、回復のポーションをいくつか手渡してくれた。

 まだ戦いは終わっていない、急いで魔力とスタミナを回復させて立ち上がる。


 しかし、突然の地響きに足を取られてすっ転んだ。

 慌てて起き上がって振り返ると、地響きの原因はすぐにわかった。


「な、なんだ? この魔力は……!」


 魔王城の真ん中にある尖塔……謁見の間があった場所から、恐ろしいほどの魔力を感じる。

 四天王なんて比べ物にならない、地面を揺るがせ大気を震わせるほどの膨大な魔力。

 あれが魔王一人のもの? とてもではないけど、勇者パーティじゃ歯が立つはず……。


「団長! 森から魔物の大群が出現しました!」

「先ほどの魔力に当てられたのか、ひどく興奮しているようです! 魔王城に進路をとっています!」

「総員、急ぎ陣形を作り掃討せよ! 一体たりとも魔王城に行かせるな!」


「アイン!!」


 騎士さんが、僕の名前を呼ぶ。


「この場は我らが受け持つ。あれだけの激戦の後だが、行けるか……?」

「もちろんですっ」

「ならば、死ぬなよ! そして姫様を頼む!」


 バシン、と肩を叩かれて送り出された。出来ることなら手伝いたい。けれど、あれだけの魔力を見るとみんなが……クリスが心配だ。

 何ができるかわからない。でもじっとしているなんて、僕には無理だった。

 背後で騎士団の雄叫びと剣戟、そして魔物たちの方向が聞こえてくる。それでも僕は振り返らず、魔王城に向かって駆け出した。

 城の中に魔物はいないはずだけど、念には念を入れてある魔眼を発動させる。


「『隠蔽の魔眼』!」


 ワイトキングのディーレンの策略で活用された、隠蔽の魔法。

 たくさんの隠蔽状態の死霊たちに囲まれて戦闘したおかげで、隠蔽の魔法をラーニングできた。

 魔王の迫力に魔物たちが恐れている隙に、魅了を解除して姿を消した。

 使っている間は自分の五感がひどく希薄になり、慣れないうちは歩くことも満足にできなかった。

 さすがに剣を握って戦うことはできないけど、見つからないように走るくらいには練習した。

 不気味なまでに静まり返った魔王城の中を、全力で駆け上がった。謁見の間までの最短距離は『千里眼』で確認ずみ。程なくしてたどり着いた謁見の間に、息を殺して入り込んだ。




 その直後、轟音と共に視界が真っ白に染まった。

 ガレキがたくさん飛んできて体中を傷つけたけど、なんとか声を押し殺して耐え切った。

 ほとんど見えなくなった目が少しずつ回復し、そうして見た光景は……。




『――――なんだ。勇者とはこの程度の実力しかないのか』




 燃え盛る炎のようにウエーブの掛かった真紅の髪を床に引きずりながら、気怠げに吐き捨てた女性がいた。猫と同じアーモンド型に尖った瞳は、まるで宝石のような輝かしい琥珀色。その瞳は、つまらなさそうに何かを見下した。

 その女性は、この場には不釣合なドレスを着ていた。紫色の混じった暗く黒いドレスなのだが、まるでネグリジェのように薄く白い肌が透けて見える。この世のものとは思えないほど豊満な胸とスリムな肢体を惜しげもなく見せつけているのに、僕は扇情的だと興奮するよりも恐怖を覚えた。なぜなら女性のその艶姿は、相手を誘って食うための手段の一つだから。

 あれは人間じゃない、耳の上にある羊のようにとぐろを巻いた黒い角が、その証明だ。

 しかも彼女から発せられる迫力は、先ほど大地を揺るがせたものと同質だった。


(あれが……あの女の人が、魔王?)


 魔王が女だとは思わなかった。てっきりこれまで出会った魔物たちのように、異形の姿をしていると思ったのに。


「く……くそっ、魔王がこんなに強いなんて、聞いてないぞ!」


 魔王に目を奪われていたけど、ハッとして声の方を向いた。

 そこには……魔王に見下されている勇者パーティがいた。


「わ、私の剣技が全然通じないなんて……っ」

 剣姫フェリスは、折られたミスリルソードを見て青ざめていた。


「げふっ、ごふっ……!」

「しっかり、しっかりするのだ! 聖女よ、早く回復をっ」

 武神イストリアは脇腹を深く抉られ、体の所々が炭化していた。

 そんな妹を抱きかかえながら、賢者イストリアは必死にクリスを呼んでいた。


「…………っ」

 クリスはおぼつかない足取りで武神の傍に膝を着くと、白い顔で回復魔法を使い始めた。

 あの顔色は恐怖によるものじゃなく、魔力が枯渇し始めているサインだ。一体どれだけ回復魔法を使い続けたんだろう。


『やれやれ。本気を出せと男前なことを言うから乗ってやったというのに、たった一撃で瀕死か? 情けないのう』


 失望を隠そうとせず、魔王は嘆息した。

 勇者は歯ぎしりしながら落とした聖剣を拾い、「なめるなあ!」と体からオーラを放出した。

 魔法による身体能力の強化ではなく、生命エネルギーことオーラによる爆発的な身体強化。それに加えて。


「イストリア! 俺を強化しろ!」

「っ、わかった勇者!」


 賢者の最上級の強化魔法が上乗せされる。そのうえ、さらに勇者自身の炎魔法が聖剣の刃に宿り、ゴウゴウと燃え盛っている。

 攻撃力が何倍にも跳ね上がり、音を置き去りにして魔王に肉薄した。強化魔法+魔法剣+高速移動による必殺の一撃が、魔王に襲い掛かる。

 当の魔王は興味深そうに『ほう』と笑みを浮かべ、受け止めるべく腕を伸ばそうとするが。


『むっ』


 突然、動きを止める。柱に隠れた僕が、『麻痺の魔眼』で動きを止めた。


「もらったああああ――――!!」


 聖剣の全力の一撃、それは魔王の肩口に吸い込まれていき――――――――鎖骨を断ち切ったところで、完全に静止してしまった。


「ば、ばかなっ!?」

『なかなかの一撃であるが、余を殺したければ神話級の化物を屠れるほど強くなるべきだったな』

「ぐふぁっ!?!?」


 麻痺を振り切った魔王の平手打ちが勇者を襲う。

 何本か折れた歯が吐き出され、二回三回と転がってようやく倒れ伏した。


『……一人、なかなか見込みのある奴がいるが、それでも力不足である』


 魔王が僕のいる柱を一瞥した。

 一瞬だけ動きを止める程度なら、今すぐ殺す必要はないと判断したんだろうか。

 他の四人は――武神は瀕死だったけど意識はあった――倒された勇者を見て、さらに顔を青くした。

 さっき勇者が繰り出した一撃は、ドラゴンさえ一撃で両断する最強の攻撃技だった。

 それを受けた魔王は痛がる素振りを見せず、涼しい顔で刺さった聖剣を放り捨てた。


『四天王を倒してここまで来るのだ、此度の戦も楽しめると思ったが……期待はずれだったな』


 つまらなさそうに顔をしかめ、傷を負った腕をわざとらしく空に向けて翳すと、暗雲立ち込める空から雷が降ってきた。

 落ちた雷は魔王の手のひらで球状に形を変え、彼女の髪と同じ真紅の炎を纏わせた。


『もう一撃は耐えられまい? 貴様らの冒険はこれでおしまいだ』

「ま、まま、待ってくれっ!」


 頬を痛々しく腫らせた勇者は、震える手を魔王に向けて




「助けてくれ! もうお前……貴方様には逆らわない! 忠誠を誓う! だから命だけは助けてくれ!」




 ――――そんな、無様な……命乞いをした。




 勇者を慕っていた三人は驚愕に目を見開き、しかし現実的に勝ち目はなく死ぬ未来しかないと悟ったのか、同じように命乞いを始めた。

 瀕死の体にムチ打って頭を下げ、土下座して、一緒に人間たちを支配しましょうと必死に尻尾を振った。


(…………あれが、勇者。魔王を倒してくれる、希望だった人たち……)


 思ったよりも、ショックは少なかった。

 もともと彼らは僕を仲間だと思ってなかったし、『読心の魔眼』を手に入れてからは邪魔者扱いされていることをよく知っていた。

 旅先では勇者パーティだぞと威張り散らし、金遣いも荒く、困っている人たちも魔王討伐に直接関係がなければ無視するほどだ。

 正直に言えば、人としては尊敬できない四人だった。

 それでも魔王を倒してくれるならと、ずっと行動を共にしていたんだ。

 だけど同時に、もしもダメだったら尻尾を巻いて逃げるくらいはするかもしれないと、心のどこかで思っていたのかもしれない。もっとも、現実はそれよりひどいことになったわけだけど。


『ハ、ハハハハハ!! 勇者ともあろう者たちが命乞いか! 良いぞ、実に無様で余の好みだ! さあ、もっとみっともなく乞うてみよ』


 いつの間にか、魔王の肩に黒い渦のようなものが現れていた。気のせいか、それはまるでメガホンみたいに見えるのだが……。

 腹を押さえて笑う魔王に、勇者たちは命乞いすれば助かるのだと思ったんだろう。頭を床にこすりつけ、犬のものまねをし、靴を舐めるとまで言い始める始末。

 そんな醜態をひとしきり楽しんだ魔王は、哄笑を止めて最後の一人を見た。


『……して、そこな少女はどうなのだ?』


 魔王の視線の先には、フラフラになりながらも杖を支えに立つクリスがいた。

 他の勇者パーティが土下座し頭を伏す中、スカーレットアイは怯むことなく震えることなく、魔王を見返していた。


「……殺すのならば、かかってきなさい。その前に貴方を倒します」

『そんな様でか? 立つことで精一杯ではないか』

「そのためにここまで来たのです! 私たちが魔王を倒すと信じてくれている人がいるのです! 絶対に、魔王に恭順などするものですかっ」


 焔のような啖呵を切るクリス。

 魔王はそれを愉しそうに見つめ、勇者たちは「なんてバカなことを!」「こいつは裏切り者よ!」「私たちとは関係ないわ!」「魔王様、私たちにはお慈悲を!」と口々にクリスを罵り始めた。


『素晴らしい、気高き精神だ。やはり人間はこうでなければな』


 魔王はクリスだけを褒め、他の四人に向かって鋭い眼光を飛ばした。

 それを受けた彼らは腰を抜かして失禁し、頭を抱えながら命乞いのセリフを繰り返した。



『――――それで、貴様はどうする?』



 勇者パーティから視線を外し、魔王は問いかけた。柱に隠れた僕に聞いている。

 答えなんて、考えるまでもない。僕は柱から出て、魔王の琥珀色の瞳を見返した。



「僕も同じだ。貴方を倒す」



「アイン!?」

「ア、アインだって、ど、どうやってここに!?」

「ま、まさか魔物から逃げてきたんじゃ……」

「それじゃあここに来るじゃない!」

「もうイヤ、もう家に帰りたいよ!」


 現れた僕に、誰もが驚き混乱している。

 そんな中で魔王だけは、僕を興味深そうに見据えていた。


『お前だな、先ほど余の動きを止めたのは。おかげでこんな無様な傷を負ってしまったではないか』


 口調は怒っているけど、態度は楽しげだった。

 無様な傷だなんて言っているけど、これまでの問答のあいだにすっかり治ってしまっている。


『……先ほどまで、お前の姿はなかったな。勇者たちの加勢に来たはいいが、頼みの綱はこんな有様だぞ?』

「いいよ、別に。だったら僕が戦う番だ」

『ハハハ! 今の力の差を見た上で、まだ戦うと? 良い良い、威勢の良い人間は嫌いではない』


 ケラケラと愉しそうに笑ったあと、魔王の表情が変わる。

 目がスっと細められ殺気が叩きつけられた。一瞬、それだけで僕は死んだんじゃないかと錯覚するほど、圧倒的な殺意だった。

 反射的に『読心の魔眼』を発動させ、無理やり恐怖心を克服する。震え出しそうだった体は、それだけで活力を取り戻した。


『だがどうするつもりだ? 圧倒的な力の差が理解できないほど、馬鹿ではあるまい』


 つまらない意地ならば容赦しない。しかし可能性があるのなら、それを見てやろう。

 傲慢に見えて懐が深く、慢心しているがそれは実力からくる自信によるもの。

 魔王は初手は絶対許してくれる。それでどうにかできなければ、あとは殺されるのを待つだけ。

 命乞いしている勇者たちには、もやは興味を失っている。僕とクリスがやられたら、あとは羽虫のように捻り殺すつもりだ。

 クリスは啖呵を切ったけど、戦うどころか回復魔法さえ使えないほど消耗している。

 だったらもう、僕に出来る全部を出し切るしかない。


 左目を覆っていた眼帯を外す。視力のない眼と、視力の乏しい眼の二つで、魔王を見据えた。


『ほう、珍しいな。魔眼持ちではないか……なるほど、先ほど余の動きを制限したのは魔眼の力だったか』


 感心したように言う魔王。「魔眼だって?」と驚く勇者たち。クリスは不安げに僕を見るだけだった。

 彼女は僕が使った魔眼に対して、何をして、どんなで呪いを受けたのか、すべて把握している。『麻痺の魔眼』『読心の魔眼』『千里眼』などなど……直接的に相手に害を与える魔眼の数は少なく、魔王に有効打を与えられる魔眼がないことを知っているからだ。

 だから……まだ使ってない魔眼をここで使う。


『それで何をしてくれるつもりだ? 言っておくが』

「魔王を倒したければ神話級の化物を持って来い、ていう話でしょ」


 僕の言葉と次の行動を見て、おそらく魔王は息を飲んだはずだ。

 残念ながら、それは確認できなかった。僕は残った右目を剣で切りつけたからだ。


 左目の視力はゼロ。

 右目は失明した。

 けれど、きちんと魔王の姿は視える。

『心眼』――――気配を自動的に読み取り、頭の中で敵や周囲の景色を描く魔眼。デメリットは当然、視力がない時にしか使うことができないことだ。

 でもこれなら、魔王を見失うことはない。

 そして頭の中とはいえ、視えている以上は魔眼で捉えることができると、僕は確信している!



「安心していいよ、魔王。神話級の魔眼を見せてやる――――!」



 ガキン。と鉱物がぶつかる音が聞こえた。



 ガキン。と指先の感覚が消える音が聞こえた。



『――――――…………なんだとっ?』



 焦りを含んだ魔王の声。

 驚き左腕を見る気配が伝わる。

 ひと目でわかっただろう、肘から先が石になっていると。

 石になっている部分からは気配がなく、おそらく感覚は完全に失われ、肘の末端からは冷たい石の感触が伝わっているはず。


『石化、だと? 馬鹿な! 余を石化できるほどの魔眼を、人間に扱えるはずが……!』

「その通りだよ。ただの『石化の魔眼』じゃランクA止まり。同じランクの『麻痺の魔眼』でも一瞬しか止められなかったんだから、それを超えないと貴方には効果が薄い。だから、無理やりランクを上げたんだよ」


 僕の魔眼は使い続けたことによって、三つ目のスキルが解放された。

 それは『犠牲の魔眼』に相応しいスキルだったと言える。



【犠牲の魔眼】

③供物の瞳:ランクA

 カーススキル。瞳一つを失明するたびに、魔眼のランクを1上昇させる。



『千里眼』の使いすぎで左目を失明した時、すべての魔眼が1ランク上昇した。

 Bランクだった『麻痺の魔眼』も、常にAランクになった。

 そしてさっき、最後の右目を失ったことでさらにもう1ランク魔眼が上昇した。

 Sランクに到達した『石化の魔眼』は、『ゴルゴンの魔眼』に進化している。



【ゴルゴンの魔眼】ランク:S

 神話の魔物『ゴルゴン』が持つ石化の魔眼。その瞳で捉えたものは、生物・無機物・魔法でさえも石になる。



『石化の魔眼』は最初から持っていた。

 多分、村が襲われてラミアたちに占拠された時、ラーニングの条件を満たしたんだろう。

 あのラミアたちが石化の魔眼を使ったという話は聞かないけど、どうやらその種族が将来的に獲得できる魔眼もラーニングの対象になるらしい。

 石化は強力だけど、使ったことは一度もなかった。

 そのデメリットを知った時、ここぞという時以外には使えないと思ったからだ。


「ア、アイン! 貴方、その手……!」


 クリスの狼狽した声が聞こえる。原因は既にわかっている。

 左腕が石になっているからだ。

 でも仕方ない、これが石化の……『ゴルゴンの魔眼』のデメリットだから。

 デメリットはひどくシンプル。『対象を石化させるたびに、自分の体も石になっていく』というもの。


『そうか、右目を潰して魔眼の威力を上げたのか!? だが、片目では制御が甘くなっているようだな……!』


 急に石化したことで焦った魔王は、少し勘違いしているみたいだ。

 けれど声色には、先ほどまであった焦りがなかった。石化の進行も肘から先まで進まなかったからだ。


『人間に腕一本持っていかれるとはな。だがこれで打つ手は終わったな』

「まだだ――――!」


 魔王の一部しか石化しなかった。でもそれは初めて使ったから、効果が短かっただけの話。

 魔眼を使うことに魔力は必要ない。

 必要なのは、意志を込めることだけ。

 自分が石になっても構わないから、最後まで『ゴルゴンの魔眼』を使い続ける!


『ガァッッ……!?』


 ガキン。ガキン。ガキン。

 肘で止まっていた石化が進行していく。

 進行速度はアリが這い上がっていくくらいの速さだったけど、もはや止まることはない。


 そして、僕の石化も同じだった。


 ガキン。ガキン。ガキン。と、指先から徐々に石になっていく。

 第一関節から第二関節へ。指の付け根から手首に向かって。

 石化の進む僕を見て、再び魔王に焦りが生まれた。


『貴様……! 余と一緒に自分も石になるつもりか!?』

「魔王を倒すのに、身を切る覚悟もなく立ち向かうわけないじゃないか」


 ズキン、と見えなくなった目が痛む。頬を濡れた何かが伝う感触がある。

 どことなく粘着性があり、涙じゃなく血が噴き出したらしい。


「魔王相手に戦うのに、まさか自分だけ無事でいられるとは思ってないよ」

『っ、その意気や良し! だが、まさか余がずっと無抵抗でいるとは思っておるまいな!?』


 炎をまとった稲妻を、腕が動くうちに魔王は投擲した。

 あの勇者パーティを瀕死に追い込んだ魔法だ。僕なんかに直撃したら、間違いなく消し炭になって消滅する。

 だからそれを、石に変えてやった。


 ――――ガキン。


 魔王が放った魔法は空中で奇妙なオブジェクトになり、落ちて粉々になった。

 

『――――――……なん、だと?』


 声音に、今までになかった色が混ざる。

 それは焦りでもなく、慢心でもなく……純粋な驚愕と恐怖。


『馬鹿な!! 魔法を石化させるなど、『石化の魔眼』に出来るはずがない! いくら余に通じるほど強化したとはいえ、生き物を石化させるだけのはずだ!!』

「だから……さっき、貴方が言ったじゃないか。『神話級の化物を屠れるほど強く』って」

『――――! まさか『ゴルゴンの魔眼』か!? 人間如きが神話クラスの魔眼を手にしたというのかっ!』


 答える代わりに、石化の進行を早めた。

 後ずさった魔王の足を石化させ、同じように僕の足も石になる。


 そこから先は根比べだった。

 魔王が石化する前に僕を倒すか。僕がすべてを封殺して魔王を石化させるか。

 炎の槍が。

 雷の奔流が。

 氷の針山が。

 風の大鎌が。

 闇の触手が。

 最高峰の魔法が詠唱もなく、突如として僕に向かって襲いかかってくる。

 先ほどの魔法ほどの威力はなくても、僕なんかが何十人いてもまとめて消し飛ばせるほどの威力を持った魔法だった。

 だから、一発たりとも通せない。魔法は魔王ほど抵抗力がないせいで、石にする時間はほとんどない。一秒も持たずにすべてが石に変わり、落下の衝撃で粉々になっていった。


『おのれ……おのれ、おのれぇ…………!』


 魔王は既に両手両足が石になり、もはや身動きはできない。

 詠唱をせずに魔法を使える魔王だけど、どうやら狙いをつけたり撃ち出したりするためには動きで指し示す短縮詠唱を使っているようだ。賢者が初級の炎魔法をフィンガースナップで使っているところを見たけど、それと原理は同じなんだろう。

 四肢が石化した今、魔法を使うためにはいちいち詠唱しなければならなくなったわけだ。速度に圧倒的なアドバンテージは無くなったといっていい。


(でも……ここからが本番だ……!)


 対して僕は、両手足どころか下腹部まで石化が進行していた。

 一度の進行は魔王ほど大きくはないのだが、数え切れない程の魔法を石にしたせいで進行度は逆転してしまっている。


「アイン! お願いだから、もうやめて! これ以上やったら、貴方は……っ」


 クリスの悲痛な叫びが聞こえてくる。

『心眼』は魔王と僕の周囲しか捉えていないから、彼女がどんな顔をしているのかわからない。

 それが少し、ありがたかった。

 クリスの泣き顔なんて視えたら、決心が鈍ってしまうところだ。


『マナよ! 我が言の葉に従い、具象化せよ……』


 魔王が詠唱する。尋常ではないほどの魔力が渦を巻き、彼女を中心――即頭部の双角――に暴風が吹き荒れる。

 あれを完成させちゃいけない! 直感的にそう感じ取った僕は、目を抉られるような激痛を堪えながら『ゴルゴンの魔眼』を行使した。


 ガガガガキキキキガキンガキン……!


『ぐ、ぬっ、ぁぁぁぁあああああああ…………!』


 下腹部から胸元へ、さらに魔力を集めていた二本の角を一挙に石化させた。


「――――……、…………!!」


 クリスの声が、ひどく遠くから聞こえる。どうやら耳が石化して聞こえなくなったらしい。

 大丈夫。まだ呼吸はできるし、意識は保ててる。喉元まで石になったけど、心臓が動いて脳が考えられるなら、まだ大丈夫だ。


『余と刺し違えるつもりか、人間――――――――…………!!』


 魔力の乗った言葉は、どうやら鼓膜ではなく頭に直接聞こえてくるらしい。

 顔を青くし、歯を食いしばり、冷や汗を流す魔王が凄まじい形相で僕を見ていた。

 刺し違えるつもりかって?

 ああ……僕なんかの命で魔王が倒せるなら、望むところだ!

 魔王を倒せるなんて夢にも思わなかった。

 勇者様が何とかしてるって、最後の最後まで信じていた。

 僕ひとつの命で――――あんな苦しみを一つでも多く救うことが出来るのなら、十分それは誇るべきことだ。



(――――――ただまあ、心残りが一つあるとすれば)



 首は動かない。

『心眼』はもう、魔王以外はもう視えていない。

 もし視えてしまったら、きっと最後の一歩を踏み出すのに躊躇してしまう。


 だけどそれでも、これがもう最後のはずだから、あと一度だけ――――クリスの顔が見たかった。





「――――――――さようなら、クリス」





(ごめんね――――――…………)





 ガキン……。と、魔王が恐ろしい形相で、石になった。

 それを見届けて……僕の意識は闇に沈んでいった。











 私は力の入らない体を引きずるようにして、彼の元に近づいた。


「アイ……ン…………」


 目の前には、二体の石像が向かい合っている。

 ほんの数分前までは生身だった、魔王だった女性と――――掛け替えのない仲間で、幼馴染で、大切だった男性(ひと)

 色の失った顔に、頬に、目に、手を添える。

 手のひらには温かみのない、冷たい石の温度が伝わるだけだった。


「っ、……うぅ……ぁぁ……」


 ずいぶん前から魔法陣が消えてなくなり、視力を失った左目は、本当にもう何も映すことはない。

 いつも弱々しく頼りなさげに、けれど一度決めたらやり通す強い意志を吐き出す唇は、痛々しく食いしばられたまま二度と開くことはない。


「ぅぅう……ううううう……!!」


 嗚咽が堪えきれず、涙がとめどなく溢れてくる。

 だって、私の前にいる石像に……アインの気配はどこにもなかった。

 触れても熱はなく、耳を澄ませても鼓動がなく、命の息吹が完全に失せている。


「ごめ……なさ……、ごめん、なさいっ……! アインッ! ぁあ、……ぅうああああああああ!!!」


 助けられなかった。守れなかった。

 一緒に旅に出ると決めた時から、どこか危うげな彼を守ろうと決めていたのに。


 助けてもらった。守ってもらった。

 危ない時、辛い時、いつも己を顧みずに助けてくれるのが彼だった。

 たとえ周りに何を言われても、たとえ誰も気づいてくれなくても、決して腐ることなく戦い続けてくれた。だけど――――


「こんな結末が、貴方の最後であっていいはずない――――!!」


 何が王女だ。

 何が聖女だ。

 何が勇者パーティだ……!

 私は、命の恩人一人救うことができない……!


 石化は状態異常の一つであり、その力は呪いのさらに上位に位置する。

 そもそも、石化魔法そのものが神話時代の遺物であり、たとえ大司教様であっても解除することはできない。

 何十、何百の神官が集まって一斉に儀式魔法を行っても、人ひとり元に戻すことはできないだろう。

 それだけ石化という呪いは強力なのだから。




「まさか、足でまといのアインが最後に面目躍如するとはね」



 ………………背後で、何かが、囀る音が聞こえた。



「魔眼を持ってることをずっと隠してるだなんてね。なんて小賢しい奴なのかしら」



 剣のない役立たずが無い胸を張っている。



「いや、魔眼持ちということは奴は魔王側に通じていた可能性がある。我々が苦戦したのはアインのせいじゃなかろうか?」



 見当違いのことしか考えられない能無しが、得意げに笑っている。



「間違いないね。じゃなかったら私たちが負ける……ううん、苦戦するはずないもん」



 現実もまともに見えない恩知らずが、無能の姉に同調した。



「なるほど、そういうことだったのか。あいつは役立たずどころか、人類の裏切り者だったわけだな」



 命惜しさに魔王に命乞いした恥知らずが、得心が言ったとばかりに頷いた。



「では、このことを国王様に報告しよう。裏切り者ともども、魔王は俺たち勇者パーティが討伐したとな!」



 …………………………………………………………………………………………………………もう、いいかな。

 もういいよね?



「もちろん、クリスもそれでいいよな?」



 恥知らずが気持ち悪い猫なで声で、私の肩に触れた。

 …………………………………………………………………………………………………………もう、我慢しなくても、いいよね。



「さあ、みんな! アザエル国に凱旋しぶげらっ!??」


 ゴブリンや大ネズミを殴り飛ばした時のように、杖を振りかぶって勇者の……カーマインの顔を殴りつけた。白い歯が何本も折れ、赤い絨毯の上に転がった。


「ク、クリス!? い、一体何をするんだっ」

「いきなり勇者を殴るだなんて、気でも触れたの!?」

「黙りなさい、この卑怯者ども! アインに命を助けられておきながら、足でまとい? 小賢しい? はては魔物と通じていた裏切り者!? 罵られるべきなのは、無様に魔王に命乞いした貴方たちの方だ!」

「い、命乞いなどではない。あ、あれは魔王の油断を誘うための演技だったのだ」

「ね、姉さんや勇者様の高度な作戦だったのよ、見抜けないアンタの方が間抜けなのよ!」

「泣き叫びながら「命だけは助けて」と懇願しておいて、そんな苦しいいわけが通るとお思いですか!」


 もはや仲間とは思えない四人を一喝した。

 涙の代わりに怒りが溢れてくる。どうしてアインが死んだのに、こんな人たちが生きているの?


「アインの功績を掠め取るどころか悪名を着せようだなんて、貴方なんて勇者じゃないわ! ただのコソ泥です!」

「い、言うにことかいて俺をコソ泥だとっ。覚悟は出来てるんだろうな!?」

「貴方をぶっ飛ばす覚悟なら出来ていますわ!」

「ひぐぅっ!!!」


 顔を真っ赤にさせて立ち上がるカーマイン。その瞬間、投げつけた杖が逸れて股間に命中した。

 ……あの杖はもう触れませんね。

 悶絶するカーマインに擦り寄る三人は、怯えた目で私を見ていた。もう哀れだとも、可哀想だとも思わない。

 魔王に寝返ろうとし、アインの死を侮辱した彼らには、敵意しか抱けなかった。

 高ぶる怒りのままにもう何発か殴ってやろうかと息巻いていると、突然扉が開き、何者かが入ってきた。


「な、なな、何だお前たちは!?」

「な、なによ! 魔王はもう死んだのよ!?」

「いや待て。あの鎧はアザエル国のものだ。それに他の国の騎士もいる……」

「……てことは、援軍!? い、今さら何しに来たってのよ」


 魔王の部下が仇討ちに来たのかと思って焦っていたんでしょう。とても味方に向ける台詞じゃなかった。

 案の定というべきか、入ってきた騎士たちはカーマインたちに冷たい視線を向けた。

 いえ、冷たいというより……あれは、軽蔑?


「姫様。到着が遅れましたこと、誠に申し訳ありません」


 先頭にいた指揮官と思しきアザエル国の騎士は、そう言って跪いた。

 私は彼に見覚えがあった。

 まだアインが冒険者になる前、私とアインを鍛えてくれた方だ。以前は一介の護衛騎士だったけど、今は騎士団長にまで上り詰めていた。


 そして何故ここにいるのか。

 ここまで来るのに、何があったのかを話してくれた。


 囮をかってくれたアインと協力し、魔王城にいた魔物を掃討したこと。

 魔王の魔力に当てられ、集結してきた魔物と激戦を広げ、先ほど撤退させたこと。

 そして……この場で行われた、勇者パーティの醜態も耳にしていたことも。


「突如、魔王城から……勇者たちの命乞い声が聞こえました。一度は志気が低下し苦戦を強いられましたが、なんとか立て直し撃退できました。それもこれも……」


 この場に現れた騎士たちは、もはや勇者だった者たちを見てはいなかった。

 私を……その向こうにいる、一人の英雄を見ていた。


「姫さまの勇ましき決意とアインの決死の戦いが、我らの志気を高めました。魔王の苦悶に満ちた声が魔物たちを揺るがせ、勝利を手にできたのです」


 ギリっと手を強く握り、騎士団長の手のひらから血が流れている。

 他の騎士たちも歯を食いしばり、目尻に涙を浮かべ、アインの石像に敬意を払っていた。


 ああ……彼らは、知っているんだ。


 身を削りながら魔王と戦った、勇者でもない一人の少年の勇壮を。

 魔眼持ちという迫害されたスキルの所持者でありながら、多くの人のために命を捨てた彼の意思を。


「アイン……死ぬなと言っただろう、この馬鹿者め……」


 騎士団長はマントを外すと、それをアインの石像にかけた。

 天井が壊れた魔王城のせいで、このままでは風雨に吹き曝しにされる。それを慮ってくれたのでしょう。

 彼の仕草を見た騎士たちは、ひとりひとり順番にマントをアインにかけ、「お疲れ様」「君は英雄だ」「ありがとう」と温かい言葉をかけてくれた。


「だ、だだ、騙されるなみんな! すべては魔王の奸計だ! 俺たちを陥れる魔王の……」

「黙れい!!!」


 往生際の悪いカーマインたちに吠える騎士団長。

 彼の迫力を受けた四人は「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、その場にへたりこんだ。


「できることなら、人類を裏切ったお前たちを処罰したい。だが、一介の騎士である俺にその権利はない。故に……今回の戦の全てを、国王様に報告させていただく」

「す、すべて……だって?」

「魔物の大群との報告は私が。姫さま、この場で起きた一部始終を」

「わかっています。私の口から報告しましょう」

「い、いや、それなら俺の、勇者の言葉をだな」

「偽りしか紡がない口を閉じなさい。愚物」

「ひっ……あっ……」


 もはやこの場に味方する者は誰もいない。大勢の騎士たちから殺気を叩きつけられた元仲間たちは、全員白目を向いて失神してしまった。

 騎士たちは溜め息をついて彼らを担ぎ上げて出ていった。

 私たちは本当に連れて帰りたい人を置いて、この場を後にしなければならなかった。


「……っすまない、アイン。お前を置いていくことを、許してくれ」


 嗚咽が零れるのを我慢し、目元を拭って騎士団長は去っていった。

 残された私は……連れて帰れないアインの石像を見て、やはり涙が溢れてきた。


「いずれ……貴方を連れて帰ります。その時まで、少しだけ一人にしてしまうけど……待っていてください」


 冷たいアインの手のひらに指を添える。幼い頃はよく繋いでいた手だけど、もう握り返してくれることはない。

 先ほど感情を爆発させた私は……もはや、悲しみに暮れることはなくなった。

 アインを失ったことは悲しい。実力の足りない自分が恨めしい。


 ――――でもそれは、アインを諦めることには繋がらない。



「必ず……貴方を元に戻してみせます!!」



 父上にすべて報告したら、旅をするための許可をもらおう。なんなら、魔王討伐の褒章のかわりでもいい。

 世界中を旅して、必ずアインを元に戻す手段を見つけ出す。

 アインを助けてくれるなら、魔法でも迷信でも伝説のアイテムでもなんでもいい!

 奇人でも変人でも魔物でも構わない、アインを救う方法を知っているならためらわずに教えを請う!


 泣いて、怒って、怒って、また泣いた。だからこれからは、前を向こう。

 一人で危ないことをして、一人で魔王を倒して、一人で犠牲になった彼を怒るために。

 大好きなあの人と、生きてまた笑い合うために――――。











 それから長い月日が過ぎた。

 勇者たち一行はアザエル国に帰国すると魔王討伐の功績を頂き、祝賀祭は七日七晩夜通しで続いた。

 その後、彼らはアザエル国から旅立ち、それぞれの道を歩みだして行った……というのが、表向きに伝えられている話だ。

 実際は土壇場に魔王に寝返ったことがアザエル王に知られ、王国内での信頼は完全に失墜した。

 だが四天王討伐までの功績を踏まえると、厳罰に処すことはできなかった。そのため本来であれば望みの報酬を与えるところだったのだが、一人につき金貨百枚の報奨金を渡し、命乞いした事実を伏せる代わりにアザエル国への入国を禁じられたのだ。

 勇者たちを選抜した聖堂協会も人を見る目がないと王に落胆され、王国内での権力を著しく損なった。


 また、真実を知ったアザエル王はアインが魔眼持ちであったことを知り、それを伏せていた事情を鑑みて王国にアインの銅像を作った。

 そして銅像とともに、彼の歌が作られた。『勇者と共に魔王を討つ旅に同行した魔眼持ちの少年 多くの騎士と共に戦い、魔王を石に封印して永遠の眠りに就く』と。

 二度と同じ魔眼持ちが現れても迫害されないように、誤った過去の歴史や悪しき風習がこれ以上続かないように、『魔眼の英雄アイン』を語り継ぐことにした。


 そして――――王女クリスティーナは聖女の道を極めるため、王位継承権を破棄して旅に出たとされている。

 戦禍の跡で苦しむ者たちに癒しの手を差し伸べ、病に喘ぐ者たちへ献身的な看護を行い、魔王の爪痕が消えるまで世界中を巡っていた。やがて戦災孤児を擁護するために孤児院を設立し、晩年は多くの人に看取られて幸せそうに旅立ったと言われている。


「これでようやく――――あの人のところに逝けるわ」


 そう言って、クリスティーナは幸せそうに微笑んだ。

 あの人というのが誰を指すのか、孤児院に暮らしていた子供たちはよく知っている。

 彼女が亡くなる一年前、生涯の伴侶とした夫が老衰で亡くなっていた。

 クリスティーナが旅をしていた頃には、二人は既に夫婦だった。右目を眼帯で覆った、不思議な形をした瞳を持つ男だった。


「いつも、いつも、先に行ってしまうんだから。追いかける方は、大変よね」











久しぶりにネタが降ってきたので、リハビリがてらの初投稿です。

短編小説を書くのは数える程しかないんですが、うまくまとめられたかな?


魔眼の設定は結構好きなんで、もし新しいネタが降りたら連載するのもありかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] クズっぷりと清冽さの対比が良かったです。 ボリュームも適切。ヘイトを溜めつつ最後のオチまで、スッキリとまとめていて、大変良いと思いました。 最後のハッビーエンドは人によっては蛇足かもしれませ…
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