君は僕のゴーストライター
処女作(黒歴史除く。むしろ更新する予感しかない)
ちょっと長いけど
よろしくお願いします。
昔から身体が弱かった。だからというわけではないけど、外で遊ぶより、本を読むことが圧倒的に多かったと思う。
学校では、お決まりの長期欠席。病院では、入退院の繰り返し。掛かり付けの医者が言うには、そんなに長くは持たないらしい。去年の冬にそう診断された。
正直、薄々気づいてはいた。だから落ち込むこともそんなになくて。ただ、何も残せないまま居なくなるなんて、ちょっと悲しいなって。誰からも忘れ去られていくんだなって思うと、妙に寂しい気持ちになってくるものだ。
昔から一つだけ夢があった。
「自分で小説を最後まで書き上げてみたい」
自分が生きた証を残したい。
それじゃあ、書いてみようと。
昔から何度もチャレンジはしていたが、どうも最後まで書き進められない。完璧主義な性格と飽きっぽい性格がいけないのだ。
思えば、中学、高校と色んな話を妄想しては未完成作品を量産していた。
──これ最後どうなるの?
高校時代、決まっていつも同じことを聞いてくる同級生がいた。そこまで仲が良い方ではなかったけど、放課後の図書室でよくちょっかいをかけられたものだ。
クリッとした大きな目と腰まで届く艶やかな黒髪が特徴的な彼女は、口では興味津々のようでいて、どこか遠くを見つめているような不思議な雰囲気を持つ女の子だった。
──完成したら見せてねー。約束だからね。
そう言い残して、足早に帰っていく。これが僕と彼女の日常だった。
時は過ぎ、卒業し、互いに違う道を歩んでいく。僕は県外の大学へ進学し、彼女は地元の商社に入社したそうだった。
大学三年の秋、生い先短い人生が分かっていて、就活など力の入れようもなかった。ただ、昔からの夢であった小説くらいは書き上げてみようと思ったのだ。
春から書き始めて、ようやく終章まで漕ぎ着けた。しかし、ラストが上手くまとまらない。もどかしい。それなりのラストは書こうと思えばすぐにでも書ける。ただ、そうしてしまうと今までの自分の人生そのものが全て妥協の日常であることを肯定してるかのように思えて。
煮詰まってうにゃうにゃ考えても仕方がない。気を取り直して気分転換に散歩することにした。
11月の中旬ともなると、思った以上に風が冷たい。なんとなく近くの公園に入った。とりあえずベンチに腰かける。
公園には楽しそうに話すカップル、砂場の近くで走り回る小学生達。その先にはビルの間から暮れかけた夕日が見えた。毎日見るような何気ない景色なのに、どうも今日に限って恨めしく見えた。
──もう書くのやめようかな。
ふと頭の中を弱気な自分が過る。いつもの流れ。また未完の傑作が誕生する。そういう流れ。今回はイケると思ったんだけど。
「まーた、落ち込んでんの?」
ふと、顔を上げる。
「何で……」
何でいるの? 全く理解が追い付かない。だって、地元の商社に入社したってそう言ってたはずなのに。いるはずもない。
「何でって……完成したら見せてくれる約束でしょ?」
何年前の話をしてるんだ、この人は。そもそも完成してないんだけど。何で彼女がここにいるのか全くもって分からない。
「うーん。約束覚えてない?」
彼女は首を傾げながら尋ねる。昔と同じようにどこか遠くを見ている瞳。が、スッと戻ってきて自分の視線とぶつかる。
「いや覚えてるけど。そのためだけに来たの?」
「うん。ダメだった?」
「ダメじゃないけど……というかまだ完成してない。間近ではあるけど……じゃなくて!あーもう!」
とりあえず落ち着こう。彼女は高校の時の同級生。そして県外まで来て、小説を読ませろと言ってくる。うん、意味が分からない。
「そうなんだ。それでね?ずっと楽しみにしてたんだ、あたし。君が書く小説を読むの。実際、読んだことはないけど、いつも楽しそうに書いてて。すごいなって。次から次に色んな話を考えて、言葉にして……だから絶対読者一号になるって決めてたの! 分かる?」
明るく流暢に話す彼女に面を食らっていた。構わず彼女は続ける。
「けっこう学校休んでて、体調も良くないって話を聞いてたから。尚更すごいなって。なんでそんなに頑張れるんだろうって。小説が本当に好きなんだなって。だから、書けるよ絶対。うん、絶対書ける。」
その根拠のない自信はどこから来るのだろうか。でもこんな風に褒めてもらうことって一度もなかったから。正直すごく嬉しかった。なんて自分は単純なやつなんだろうか。
不思議と先程まで感じていた鬱屈した気持ちは静かに消え去っていた。
「小説、読者、学校か……ん? あ、これいいかも……君の言葉を聞いてると良いイメージが浮かんできたかもしれない。ありがとう。助かった」
わざわざ県外まで足を運んでくれた旧友に感謝を述べる。
「そっか……良かった。今度こそ君の小説が完成するんだね」
「ああ、ちょっと家帰って書いてくるから。ちょっと待ってて!」
返事も待たず、駆け出す。イメージが湧いたときに書かなければいけない。申し訳ないが、少し待ってもらおう。
ラストなんて、思い付けば30分で仕上がる。信号待ち、PCの立ち上げ時間すら惜しい。早く書きたい。頭に構図はバッチリ浮かんでいるのだ。若干、前屈みになりながらスラスラと書き上げていく。
「できた……」
生まれて始めて小説を書き上げた。少し目頭が熱くなる。ホッとしたのも束の間、この作品を待ってるあの子に読んで欲しいと思った。正直、完成度は二の次だ。素直な感想が欲しかった。
アパートを出ると、辺りはもう暗くなっていた。初冬とも言えるこの季節は暮れもだいぶ早い。そんな肌寒い季節に女の子一人放り出していた自分に今さら罪悪感が出てくる。
すぐに近くの自販機で謝罪用の缶コーヒーを買い、公園まで駆け戻った。
「はぁ……はぁ……あれ? いないんだけど……」
長い間、寒い場所に放置されたら誰だって嫌になるよな。近くのコンビニかどこかに避難してるのかもしれない。そう思い立って探し回ってみるも見当たらず。
今更ながら、卒業式のときに連絡先を交換していたことを思い出す。使う機会なんてないから、完全に意識から外れていた。
発信音が響く。
「発信音の後にメッセージをどうぞ……」
「出ないし……」
仕方ない。昔から神出鬼没な人ではあったし、改めてまた連絡するか。
少し温くなったコーヒーを飲みながら家路に着いた。
数日後、一向に繋がる気配がないので、友人を伝って彼女の実家に連絡を取ることにした。不審に思われそうだが、事情を話せば分かってくれるはず。
運良く、二人経由しただけで彼女の実家の連絡先を知ることができた。
電話を掛けながら、ちょっと緊張していた。こういう状況なかなか起きないし、仕方ないだろう。誰に言い訳をしてるのか自分でも分からない。
「はい……どちら様でしょうか?」
少し暗めのトーンで、おそらく40~50代だと思われる女性の声が聞こえた。
「すみません突然。私、以前、落葉高校に通っていた者なんですが……」
それだけで相手は何かを察したらしく、すぐに答えてくれた
「あぁ、それはどうも。もう聞いていらしたんですね。わざわざお電話ありがとうございます。」
一瞬、意味が分からなかった。
聞いていらした?彼女がこっちに来ていたことだろうか? それにしたってありがとうございますというのは、こっちの台詞のような気がするのだが、どうも話が噛み合っていない。
「あ……失礼ですが、聞いていらしたとは何の話でしょうか?」
わずかな沈黙。
「あ……ちょっと勘違いをしてしまったみたいで。あの……聞いていただけますか?」
後半になるにつれて口ごもるような声に聞こえた。
それは予感。悪い意味での。胸が締め付けられているような感覚になる。聞かない方がいい。そう直感は訴えているが、理性的な判断をするなら聞かない訳にもいかない。どうか外れであって欲しい。そう願って。
「はい……お願いします……」
「一週間前に……娘が亡くなりました……」
言葉が出なかった。当たり前だ。誰がそんな未来を予期しただろうか。誰よりも早くこの世からいなくなるのは自分だと思っていた。何かの間違いじゃないだろうか。いや、聞き間違いだ。そんなこと有り得るはずがない。だって彼女は数日前に僕と話をしたはずだ。一週間前では計算が合わない。だから何かの間違いなんだ、そうに決まってる。
しかし電話の向こうから啜り泣く声が、その言葉が真実であると告げている。嫌というほど理解させられる。その音は絶え間なく響いていた。
「もしもし?」
男性の声が聞こえた。
「妻から代わりました。娘の同級生の方だと聞こえましたが、間違いありませんか?」
「え……えぇ」
口が上手く動かない。
「そうですか……娘は、急に車道に飛び出した小学生の女の子を助けようとして、そのままトラックに……」
頭が回らない。
呼吸がしにくい。
なんだこれ……なんだよ……なんなんだよ!
「それと病室で、最期に不思議なことを言ってたんです……」
──あーあ。小説を読むの楽しみにしてたのにな。
その後は、何を話したか覚えていない。その一つの事実だけが頭の中で繰り返し蠢いていた。
数日間、悪夢に魘されていた。
自分に何かできた訳ではないけれど。
何でも周りや病気のせいにして、腐って生きていた自分を盛大に恥じ続けた。自己嫌悪してる自分すら嫌悪する勢いで。頭がどうにかなりそうだった。
一周回ったのか、責めることに疲れたのか、次第に思考が冷静さを取り戻し始める。
生きていた自分が些細なことで悩んでいたときに、死してなお彼女は、自分を励まし応援してくれていた。
今さら何かを彼女に伝えることはできない。
完成した作品を読んでもらうこともできない。
ならせめて
僕が生きた証だけじゃなく
彼女が生きた証も残したい
僕はまだ生きてる
短いかもしれないが、生きることができる
ならせめて
僕と彼女が生きた証を物語にしよう
そして大勢の人に読んでもらおう
彼女がここにいたんだって
そう証明しよう
その日から狂ったようにPCを叩き続けた。
僕は書き続けた。
僕が生きた物語を。
僕は書き続けた。
彼女が生きた物語を。
春も夏も秋も冬も死ぬ最後の瞬間まで
書き続けよう
僕と彼女の素敵な当たり前の物語を。
彼女と最後にお別れしてから五年の歳月が流れた。奇跡的にも僕はまだ生きている。原因は分からない。僕は何となく分かっているけれど。
多くの人に見てもらいたかったから、多くの出版社に持ち込んだ。相手にもされない。読まれもしない。そんな日々が皮肉にも僕の就職活動で、生きる意味になっていた。
それでも書き続けた。執念がそうさせた。
そして一つの出版社から連絡があった。
「君の作品、俺はとても面白いと思う。粗削りだけど、魂が乗ってるっていうのかな。なんかダイレクトに伝わってきたって感じがした。どうだ? 俺と一緒にデビュー目指してみないか?」
嬉しさよりも、喜びよりも、彼女の生きた証が証明された気がして、感謝の思いでいっぱいだった。
「ありがとうございます……よろしく……お願いします」
「分かった。よろしくな。ところで気になったんだが、これは君が一人で書き上げたのかい?」
僕は即答した。
「いいえ……大切な友人との合作です」
「そうか。タイトルからそんな感じがしてたんだが。良かったらその子も一緒に打ち合わせした方が良いと俺は思うんだが……どうだ?」
不覚にも小さく、本当に小さく小さく声が漏れ出す。不審に思われたみたいで、すぐに慌てて返事をする
「分かりました。場所はこちらが指定してもいいですか?」
都心からかなり離れた場所に無理を言って来てもらった。
「相方はこんなところに住んでるのか?言っちゃ悪いが相当田舎だな。」
「ええ。僕もそう思います。」
二人は歩く。郊外から離れた道は何の舗装もされていないようだった。歩いて程無くして、
「ここです」
「ここって……」
毎年来ていたから道はもう覚えていた。周りのものより少し大きめの
墓石。
彼女が眠る場所。
「参ったな……」
歩きながら彼も薄々感づいていたようだが、まさかという顔だ。それを気にも留めず、僕は目の前の墓石に優しく語りかける。
「すごく待たせてしまってごめん。読者一号は隣のおじさんに渡してしまったけど、君がいなければこの作品が書かれることもなかった。そういう意味では君が一番かなって屁理屈過ぎるかな?」
答えはない。
──そんなの屁理屈だよ。約束破ったんだから、早くまた新しい小説を書いてくれるよね? 読むの楽しみにしてるんだから。新人作家さん? あと一つ言いたいんだけど、タイトル安直だし、その……恥ずかし過ぎない?
彼女はきっとそんな風に答えるだろう。いつものようにどこか遠くを眺めながら。
──そして、もっとたくさん書いて、またここに持ってくること。約束だからね。
だから僕は書き続ける
この生命が尽きるまで
僕の最高のゴーストライターと一緒に。
僕らは書き続けるんだ
「二人で一つの物語」を。
最後まで読んでくれてありがとうございました