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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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94話『変態クソメガネ野郎』

 おやつも済めば靖治たちは明日以降の旅に向けていそいそと準備に取り掛かった。

 ナハトが仲間に増えたぶん必要な荷物も増えた。野営道具や食料などがイリスを除く三人分あるかちゃんと確認して、足りない物やイリスが追加で欲しがった武器などがあればすぐに村の店へ向かって良い品を探した――なお、毎回アリサが付いてきては口出ししたり値切ったりした。


 それが終われば、今度は靖治が所持している二丁の拳銃について、イリスに教えてもらいながら分解し仕組みを覚え、部品の一つ一つを磨いていつでも使えるように整備し。

 銃について万全になれば、今度は靖治自身が強くなるためにトレーニングも行った。

 基本的に靖治はイリス達に頼る気が満々だが、それでも自分でできることは多いほうがいい。肉体的に強くなれれば非常時の生存確率に大きく差が出る。

 まずは筋力をつけようと、イリスの指導を頼んで汗だくになりながら肉体を苛め抜いた。


 夕方になるころには風呂屋で各々が身を清め、また靖治とアリサは自分の服の洗濯もした。ナハトの服は魔力製のため汚れだけ除去できるらしいので下着だけ洗い、イリスのメイド服に至ってはナノマシンで自然浄化され洗濯の必要もなかった。

 そうして今日できる諸々の準備をすべて終えて、四人は夕食の席についたのだった。


「はぁ~、頑張った頑張ったぁ~!」


 ゆるいシャツを着たラフな格好で椅子に崩れるように座った靖治が、くたびれた顔で天井を仰いだ。

 もう後は休むだけであり、アリサもマントを脱いで比較的身軽な格好だ。もっとも鍵穴のない重苦しい黒鉄の手錠はそのままだが。

 対してイリスはいつものメイド服、ナハトは魔力で編んだ背中の開いた黒衣と、普段の格好と変わりない。


 靖治、イリス、アリサ、ナハトの順番に時計回りで囲むテーブルに、このTN(テイルネットワーク)社支店の店主が「おつかれさん」と無愛想な顔で労い、三人分のハンバーグ定食とお茶を並べてから去っていく。

 椅子の上で死んだようにグッタリする靖治に、イリスが隣から身を乗り出して頭に手の平を置いてグリグリと撫で回す。


「頑張りましたね靖治さん! よしよーし、です!」

「ふふふ、努力してくれた分だけ褒めてくれる美少女がいる人生、サイコーだね」

「セイジさん、だらしない顔しておりますよ」


 イリスに揺さぶられながらニヤケ面を浮かべる眼鏡野郎に、ナハトが片翼を揺らしながらいささか白い目を向けた。

 楽しそうな主従を眺めながら、アリサとナハトが料理に手を伸ばす。アリサはまだ箸に慣れず四苦八苦しているが、ナハトは流暢な箸使いでハンバーグを小さなサイズに切り分けて口に運んでいる。

 アリサが眉を寄せて悪戦苦闘しながら話に乗ってきた。


「ぐぬっ……けどイリスのやつ、案外ハードな追い込み方だったじゃん」

「あら、そうでございますか? わたくしのいた騎士団のシゴキと比べれば生ぬるいですが。騎士団では肉体だけでなく、精神的にもとことん追い込み、尊厳を剥奪されたドン底を経験するところから始めます」

「そりゃガチの軍隊と比べればそうだろうけどもよ。つかただでさえメンタルイカレてるこいつが更に強化されるとか、一緒にいるだけでも勘弁だわ」


 イリスの指導のもとで行われた筋トレだが、アリサの目から見ればそれなりに気合が必要そうな内容だった。

 靖治が誰の目にも疲れて体を震わせても、イリスは限界ギリギリまでトレーニングを続けて筋肉を酷使させ、靖治もそれに応えて最後までやり抜いたのだ。


「しかし最後の力を出しつくすところまで、弱音を吐かなかったところは大したものです。見たところ普通の人程度の筋力もないご様子ですが、根性はそこそこあるようですね」

「そんなんじゃないさ、僕の場合は無理したって大丈夫ってわかってるのが大きいし」

「大丈夫とは?」


 靖治の頭を撫でたままイリスが顔をアリサたちに向けて、代わって補足する。


「靖治さんの肉体は、私が注入したナノマシンで補強されています。回復能力も高いため、普通なら負荷が超過したトレーニングでも問題としません。そのため、心を鬼にして指導させていただきました!」

「鬼っていうか、イリスの方こそ泣きそうな顔してたじゃん」


 苦しそうな顔をしながらも一度も音を上げなかった靖治に対し、イリスは横で眉をひん曲げて「あわわ……」と口元を歪めながら「あともう一回! あともういっかーい!!」と必死な形相で声を張り上げていたのだ。

 その時のことを振り返り、イリスが握りこぶしを震わせて歯を食いしばる。


「うぅぅぅ、靖治さんの辛そうな顔は思い出すだけで胸が苦しくなります……!」

「イリスさんは本当に靖治さんをお慕いしていますね」

「えへへー、もちろんです!」


 ナハトの言葉に一転して笑みを浮かべるイリスの顔を隣から眺めながら、姿勢を整えた靖治が釣られるようにうっすらを微笑んだ。


「でも、大変だったけど結構楽しかったよ」

「えぇ!? あんなにヘロヘロでプルプルで汗だらけでうつろな目をして眼鏡もズリ落ちて今にも死にそうなくらい酷い顔してたのにですか!?」

「イリスさん、殿方相手にはもう少し言い方を……」


 普通の男ならプライドがケチョンケチョンにされそうなことを言われながらも、靖治は楽しそうに笑いながら続けた。


「昔は体が弱くて筋トレなんてもっての外だったからね、こんなに疲れるまで運動する自由なんかなかった。だから楽しいよ」


 穏やかだが熱のこもった言葉に、アリサとナハトは余計なことを言う気も失せて口をつぐむ。

 過去を思い出して今を語る靖治は、それは本当に、心から感謝するかのような、安らかな嬉しさの籠もった声だった。

 生きることの歓びを堪能するように、靖治は嬉しそうな顔をしてご言葉を繋げる。


「いやあ、良いなあ疲れる自由って。このグッタリした倦怠感も悪くない」

「苦しいのが楽しいって、やっぱり靖治さんは変な人です。でも栄養摂取までがトレーニングです! さあ靖治さん、タンパク質をたくさん摂取して下さい! いくらナノマシンの回復力があっても元になる栄養がないと筋肉が付きません!」

「うんうん、ありがとうイリス」


 イリスに催促されて靖治もご飯を食べ始める。生きることを楽しむように、食事も美味しそうに飲み込んだ。


「まあでも流石に本物の軍隊のシゴキは遠慮願いたいかな……いや、ナハトくらいの美人さんに罵られるならそれはそれでいいかも……じゅるり」

「わたくしのいた騎士団はいかがわしいお店ではないのですが!?」

「靖治さんって女の人が好きですよねー……」


 イリスからすら呆れたジト目で見られている靖治に、ナハトが思わず頭を押さえる。


「はぁ、セイジさんはもう少し紳士的な方かと思ってましたのに……」

「まあこの前はナハトも弱ってたし、病人相手だから気を使ってたからねー」

「嫌なら出ていくのは今のうちよ、潔癖症の天使様にこの悪党の相手は辛いわよー?」

「むっ、生憎とそのような気はありません。残念でしたね」

「へぇー、そう」


 ひらひらと軽薄な態度で憎たらしい言葉を並べるアリサに、ナハトも鋭い切れ目のあいだにシワを作って言い返した。

 悪い顔をするアリサに、見ていたイリスも不満げに眉をひそめて騒ぎ立てた。


「もぉー、アリサさんってばイジワルなこと言ってばっかです!」

「ごめんだわねー、性格悪いワケ、あ・た・し」

「アハハ、これはアリサなりの親切だよ。ナハトが気を使わないようにってさ」

「そうなんですか? なるほどそういう優しさもあるんですね! アリサさん、見直しました!」

「ちっげーし! イリスが本気にするからヘンなこと言うな! あたしはまだコイツのこと信用してねーの!」


 のほほんと変な方向に舵を取る靖治にアリサが目を吊り上げて喚き立つと、ナハトの背中を覗き込みながらまくし立てた。


「お硬いこと言いながら態度はあざとさ丸出しだし、なによそのエロスな背中!」

「こ、この背中についてはわたくしだって本当は恥ずかしいのです。ただ罪の証だから隠してはならぬと教えられておりまして……」


 ナハトの話を聞いて、イリスが不思議そうに首を傾げる。


「罪って、ナハトさん悪いことをしたんですか?」

「その、わたくしは出生もわからぬ半端者でして」


 ナハトはわずかに口ごもったあと、自身の始まりを話し始める。


「純粋な天使でも人間でもないハーフエンジェル。その上、赤子の頃に教会の前に捨てられていたのを拾われたらしく、その時からこの十字のアザがあったそうです。この背中のアザは、わたくしの罪深さを表すものだから、隠してはならぬと教えられて……」

「でも、赤ん坊のナハトさんが罪なんて犯せたのですか?」

「半端者のわたくしは生まれた事自体が罪だからと、熾天使様が……」

「生まれたこと自体が……??」


 まったく理解できないようにイリスが訝しげな顔でしきりに首を揺らす隣で、アリサがつまらなさそうにため息を吐き捨てた。


「はっ、罪とかくっだらなー」

「く、くだらないとは何ですか!」

「まあまあ。でもここには誰もその事を言う人もいないし、嫌なら隠したっていいんだよ?」

「それはその……今はまだ……」

「ふーん、そっか」


 ナハトの歯切れの悪い言葉を聞いて靖治はそれ以上は言わなかったし、アリサも話の向きを切り替える。


「つーか罪云々言うならその破廉恥なの治しなさいっての。この前の戦闘終わったらいきなりキスしてきたことは一生許さねーから、よくもあたしのファーストキス!」

「あっ、そうですそれです! あんまり靖治さんとアリサさんのお邪魔になるようなことはしないでくださいね!」


 戦闘が終わった後、衰弱から生命力を欲したキス事件を思い出し、イリスも一緒になって声を上げる。

 ナハトに物申すイリスの隣で、アリサが神妙に頷きながら味噌汁をすすった。


「靖治さんはアリサさんに恋してるんですから!」

「ブッフォォアーッ!!?」


 しかし思いもよらぬ爆弾が透過され、アリサの口から噴射された味噌汁ジェットが靖治の眼鏡を茶色く濡らした。


「わわっ!? 大丈夫ですか靖治さん!?」

「ははは、大丈夫大丈夫。そう言えばそういう話だったね、あっははー」

「えっ、アリサさんとセイジさんはそう言ったご関係で……? すみません、わたくしはお邪魔虫でしたね……」

「いや違うから!? 何トチ狂ってるの駄メイドロボ!?」


 からからと笑う靖治の顔をポケットから取り出したハンカチで拭う甲斐甲斐しいイリスと、もの寂しげな顔をして頭を下げるナハト。四面楚歌な状況でアリサが吠え立ててイリスの発言の意味を追求した。


「だって、靖治さんがあんまりにもアリサさんを助けたがるものですから、もしかしてこれは人間で言う恋では!? と考え至りまして……」

「そして僕は思いっきり頷きました!」

「あんたそれその場のノリでしょ!?」


 ドヤ顔でサムズアップする靖治を、アリサはいっそ味噌汁をお椀ごと叩きつけたい衝動に駆られながら怒鳴りつける。

 今更ながら判明した事実に、イリスは愕然とした顔で口元を押さえた。


「えっ!? じゃあ嘘だったんですか!?」

「うむ、そうとも言えるけど、アリサが相手なら一向にかまわないからあながち嘘でもない」

「うわぁ、引くわコイツ……」

「節操なさすぎですわね……」


 したり顔で語る靖治に、アリサとナハトから批判的な視線が投げかけられた。もっともそうしたところで、この優男はまったく動じていないようだったが。

 すると疑問に思ったイリスが更に尋ねる。


「じゃあ、靖治さんは恋人にするならアリサさんとナハトさん、どちらを選びますか?」


 純粋無垢なイリスから投げかけられた、無邪気さ故の殺人ストレートに、一瞬アリサとナハトの眉がピクリと動いた。

 雰囲気が変わったヒロインたちにイリスが振り向くが、咄嗟に二人は澄ました態度で顔を背けながら、なんでもない風体を装って呟く。


「ま、まあ別に? 話のネタくらいでなら聞いてやってもいいけど?」

「んゴホンッ! えぇ、そうですね、忌憚なく真摯に述べていただければ、はい」


 もっとも、アリサはしきりに靖治へチラチラと視線を送っていたし、ナハトも背中の片翼が落ち着かなさそうにバサバサと風を起こしていたのだが。

 だがそんな二人を前にしても、靖治はいつもどおりの態度を崩さずに、イリスをまっすぐ見つめて口を開く。


「まずいいかいイリス? ここはかつてあって日本という国も崩壊し、これといって定められた法律もない。ルールがないのは厳しいことだが、同時により自由な選択を取れることでもある」

「ハイ」


 そして靖治は眼鏡を光らせ、満面の笑みを輝かせた。


「だから一夫多妻とか選ぶ自由だってあるよね!!」


 その直後、テーブルの下で二つの爪先が靖治の脛にドンッと音を立ててねじ込まれた。


「はぅあっ!?」

「ど、どうしたんですか靖治さん!? 急に呼吸と脈拍が乱れて白目を剥いて……!?」

「サイッテー」

「天使的にそれはどうかと思うのです」


 そっぽを向くアリサと、冷たい表情でお茶をすするナハト。

 二人から軽蔑の言葉を投げかけられながら、靖治は青い顔をして悶絶していたのだった。

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