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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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93話『スイーツ同盟』

 荷物を脇に抱えて買い物から戻ってきた靖治とアリサが、TN(テイルネットワーク)社のスイングドアを開けて一階の食堂に足を踏み入れる。

 戻ってきた二人が見つけたのは、丸テーブルに座ったイリスとスプーンを咥えたナハトの姿だった。


「あっ、靖治さんおかえりなさいです!」

「おつふぁれさまです」

「ただいまー」

「あぁっ!? 菓子食ってやがる!?」


 靖治の後ろから顔を覗かせたアリサがおやつを楽しむ姿を見つけるなり、目くじらを立てて小走りで詰め寄る。

 見咎められながらも、ナハトは素知らぬ顔でお椀に盛られたあんみつを口に運んでまろやかな甘みを楽しんでいた。

 机の上に荷物を置いたアリサがけたたましく口を開きに行く。


「勝手にお金使ってー!」

「良いではないですか、この前はわたくしも働きましたし。それにこのお菓子とても良きものですよ、緑茶の苦さにピッタリで素晴らしい。息抜きも戦士の重要技術です」

「まあまあアリサ、おやつを楽しむのは重要だよ。かくいう僕も甘いの大好きさ」

「あんたの趣味は聞いてぬぇえ」


 いつも口が悪いアリサだが、お金のことになると五割増しくらいで語気を荒げてくる。

 うるさいアリサの前で、ナハトは一度お椀にスプーンを置き、神妙な顔つきで話し始める。


「確かに、アリサさんの言うこともわかります。わたくしは神に背きし愚かな咎人、この黒きダイヤモンドのような輝かしい味わいを楽しんで良い者ではないのかもしれません……」

「いや、誰もそこまで言ってないけど」

「けど……ダメなのです! スイーツは! この甘さだけは捨てられないのですー!!!」

「あんた卑屈なくせしてヘンなとこ厚かましいな!?」


 苦渋にまみれた顔をしたナハトが仰々しくあんみつを掲げて敬うように頭を下げてから、一口あんみつを口に運ぶとその甘さに顔をほころばせて、幸せな心地のまま緑茶をすすりスッキリした苦味を楽しむ。

 その横からイリスが人差し指を立てて得意げに意見を言った。


「ナハトさんの言う通り、メンタル面のケアは重要です! アリサさんも注文してみてはいかがですか? 店主さんのご自慢の一品らしいですよ!」

「いらねーし、金かかるし」


 ケチ性なアリサがツンとした態度を取るのを見て、靖治が「ほほーう」と眼鏡を光らせる。


「イリス! アリサを後ろから捕まえて!」

「ハイかしこまりましたあ!!」

「はあ!? ちょっ、なに!?」


 指令を受けたイリスが即座にアリサに飛びついて、後ろから羽交い締めにした。

 靖治がナハトと目を合わせて頷き合うと、彼女からお椀とスプーンを受け取り、あんみつを一口すくい上げる。


「硬いこと言わず、アリサも一口食べようじゃないかぁ……ほうら、美味しいよ? 天使様のお墨付きだよ?」

「そうですアリサさん、あなたもうら若き乙女ならばこの誘惑には勝てないはず……!」

「おまっ、天使の癖に悪魔みたいなこと言いやがるな!?」


 目を光らせた靖治とナハトが青い顔をするアリサににじり寄る。

 アリサを捕まえながら、イリスも後ろから口を挟んできた。


「人間の味覚についてはよくわかりませんが、我慢は体に毒ですよアリサさん!」

「味もわからんロボくせに人の食生活に口出しすな!」

「むむっ、ロボット差別はいただけません。元看護ロボットの言うことは聞くものですよー!」

「イダダダダダ! イタイってば!」


 不機嫌そうに膨れっ面をしたイリスに締め上げられて、アリサが顔を歪めて悲鳴をあげる。

 苦痛に開くその口に、靖治がいざスプーンを突きつけた。


「さあ、食べるんだアリサ……!」

「や、やめ! あたしの意思はそんなものには負け……や、止め、――――イヤァァァァァ……お、おいひー! おいひぃぃぃぃ!!!」


 一分後、口にしたスイーツを堪能し、悔しさに床を叩くアリサの姿があった。


「くぅぅ……知ってしまった……! 知らなければ、欲しいなんて思わなくて済んだのに……!」

「堕ちましたわね」

「これでアリサもスイーツ同士だね」


 勝利の美酒に酔いしれるナハトが、お椀を返してもらって再びあんみつを楽しみ始める。

 その悔しがりをイリスが興味深そうに覗き込む前で、アリサは怖い顔をして床の木目を見つめながらブツブツと呟きを呪詛みたいに吐き出した。


「スイーツなんて安いの頼んだって二回も食べれば一食分。一週間で3.5食分、一ヶ月も食べ続ければ半月分の食費が……!!」

「人間がおやつ一つでここまで悩めるとは、食べ物の持つ力はすごいですねー」

「このお方、勘定細かすぎません?」

「これが頼りになっていいんだよ」


 スプーンを咥えながらナハトも流石に呆れた顔になる。

 その隣から顔色を覗き込んできた靖治が、安心したように微笑んだ。


「ナハトも調子が出てきたみたいでよかったよ」

「えぇと、それは……」


 また気まずそうに言葉を濁すナハトに、靖治は言葉を荒立てず穏やかな口調で続けた。


「君の過去について嫌なようなら深くは聞かない。ナハトが言いたくなければ言わなくていいし、話したいなら僕たちは聞く」


 言葉の奥に溢れる思いやりが、ナハトの怯えや不安でひび割れた心に染み渡っていくようだった。

 冷えた心を暖められる思いで、ナハトは肩の力を抜いて靖治の目と見つめ合う。


「楽しんでいこうよ。悩むぶんだけ悩んだら、あとは自由にさ」

「……はい。そのお心遣いにいたみいります」


 ようやくナハトは安心し、お椀にあった残り僅かなあんみつをスプーンで掬い口に運ぶ。

 最後の一口は、なんとなくさっきより美味しく感じられた。

http://www.cg-con.com/novel/7_novelcon/info/005.html

ネット小説大賞に応募してみてたんですが、一次通過しましたやったーーーーーーーーーーーー!!!

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