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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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91話『命の免罪符』

 上空を覆って飛行するのはやはり『守護者』だ。ごうごうと唸りを上げ、翼を広げて飛んでいく。その速度は行きしよりも随分と遅かった。


「ご帰還か」

「帰りはゆっくり飛ぶんですね」

「みてえだな、仕事以外はのんびりらしい」

「これなら飛んでる姿がよく見れて良いです」


 まじまじと見上げる靖治だが、やはりこの威圧感には圧倒される。

 ドキドキしながら見ていると体を覆う甲殻の一部が爪痕のように砕けて、煙が上がっていたりした。これから富士の樹海に身を寝かせ、傷を癒やすのかもしれない。


「なぁおい、お前から見て、あれはどんな風に見える?」

「ん? 恐ろしいまでにデカくて、怖いものがないくらい強そうだって見えます」

「だったよなぁ、うん。オレも見たのは何年も前だがあの迫力は覚えてるわ」


 山の如き大竜が、翼を広げて飛んでいく。同じ空を飛ぶのでも、鳥なら少しずつ小さくなって最後には豆粒のようになるだろうに、守護者はあまりに大きすぎて小さくなるより地平線に隠れるほうが早い。

 見えなくなっていく姿を見送る靖治の隣で、ガンクロスがふと呟いた。


「守護者かぁ……オレらにとっちゃ生きてる世界を守ってくれるありがてえやつだが、アイツは何考えて何百年も戦ってるんだろうな」


 ガンクロスの言葉はどこか虚ろで、心ここにあらずとも言うべきか、少し寂しい音色に聞こえた。

 彼の妻であるメメヒトは、少し離れたところから男たちの会話を見守っている。


「あんなのが闊歩する世界で、銃なんて売ったところで意味があるのか……でも、オレにはこれ以上にやれることが見つからねえ。もどかしいな」


 そう言うとガンクロスがバツが悪そうに渋い顔を浮かべて、いつも付けているサングラスを外した。

 果たして、盲目の瞳でどこを見つめているのだろうか。かつて銃を売って手助けした人々か、寄り添ってくれたメメヒトの顔か、それとも彼が身を寄せていた村の人々だろうか。

 ガンクロスは濁った目に何も浮かべられないまま、道に迷った人のように、心細そうな声で静かに語りかけてくる。


「たまに考えるよ、アレには崇高な目的意識でもあるのか、正しいことをしなくちゃって思ってるのか、それともただ戦いたいだけなのか……お前はどう思う?」

「僕ですか?」


 尋ねられ、靖治はわずかに考え込んでからもう一度口を開く。

 もしかしたらガンクロスの言う通り正義の心で動いているのかも知れない、それとも別の目的があり結果的に世界を守っているだけかも知れない。

 だがどちらにせよ、なんとなくアレに対して『善良である』と期待をかけるのは憚られた。

 というよりも靖治は『善良な存在でなくていい』と思った。


「なんでしょうね、そもそも意識があるかも不明じゃないですか。もしかしたら守護者はどこかの文明が作ったただの機械的な防衛装置で、考えることもなく義務を全うしてるだけかも知れない」

「確かになぁ、じゃねぇと何百年も戦えてねえわな。オレはちょっと怖えよ。アレがいつかオレらに牙を剥くんじゃないかって。今までなかったからって、これからもないなんてわかんねえからな」

「確かに、そういう考え方もありますね」


 わからないからこそ、そこに恐怖を映すのも人の自由だ。それはそれでいいだろう。


「でも、僕はあの姿を見てると安心します」

「安心?」


 思いもがけない言葉だったのか、ガンクロスがそのまま言葉を繰り返した。

 靖治は竜が消えた天と地の狭間を、とても輝かしい顔をして見つめていた。それは希望を見るような、生命の歓びを受け取ったような清々しさで。

 ガンクロスにはその表情までは見えなかったが、その呼吸、その胸の高鳴りから靖治の気持ちを読み取った。


「あんなのまでゆうゆうと空を飛び回ってるんだ、だったらどんな生き物だって許されていい。誰だって生きててんだって、そう思い知らされてる気になるんです」

「許されてる……か」


 初めて聞いた言葉を覚えるように、ガンクロスが深く深く頷きながらサングラスを掛け直した。


「なぁ、セイジよ」


 靖治が振り向く前で、ガンクロスが改めて胸中のわだかまりを吐き捨てた。


「オレぁ偽善者だった、天使の姉ちゃんを苦しませる言葉しか吐けなかった時にそれがわかった。力のねえやつに銃を売るのだって、過去の埋め合わせをしたいだけなんだってな」


 それは彼自身がずっと思い込んでいたことだ。何度も自問自答したことだ。

 ずっと抱えていて、だからこそ怖くて、生きることの言い訳を繰り返すガンクロスは、死にたがっていたナハトに声を荒げてしまった。

 そのことが、彼の中に残っていた。


「そんなオレでも、お前さんはまだカッコいいって言ってくれるかい?」

「……僕は善とか悪とか興味ありません、だから偽善かどうかはどうでもいい」


 あくまで靖治は、自身のスタンスを崩さずに、自分の言葉だけを語り紡ぐ。


「自分にできることを探して前を向ける人は、みんなカッコいいですよ」


 それ以上は言う必要なく、靖治はイリスのいるほうへと足を向けた。


「待たせてゴメンね、イリス」

「大丈夫です。私なら百年だって待てます!」

「あはは、ありがとう。でもそんなに待たせないよう気をつけるよ」


 歩き去っていく二人の足音を聞きながら、ガンクロスがぼんやりと肩を落とす。

 口を半開きにして呆けたガンクロスの隣にメメヒトがやってきてから、彼はようやく言葉を零す。


「……作るか、銃」

「えぇ、お供しますよ。あなた」


 なんというか、それで良い気がしたのだ。




 ガンクロスたちと別れ、靖治とイリスは一旦TN(テイルネットワーク)社の宿に戻ることにした。

 道を歩きながら、イリスが胸を押さえながら口を開く。


「ミールさんの時は憎まれたのに、今回は感謝されました。なんだか不思議な感じです」

「人によって感じ方は色々あるからね。それにイリスがみんなのために頑張ってくれてたからだよ」


 TN(テイルネットワーク)社に付くと、二人はすぐに扉をあけて中に入った。


「戻ったよー……って、あら。どしたの?」


 中にはカウンターの前に立つアリサとナハトがいたのだが、アリサのほうが何かを覗き込んだまま驚いた顔をして固まっている。

 隣りにいたナハトが、純白の翼を振り回しながら靖治たちに顔を向けた。


「あぁ、セイジさんにイリスさん。お戻りになられましたか。それが、アリサさんが私のカード? を見てから固まってしまって……」

「アリサさん、すっごい顔してますねぇ」


 何事かと戻ってきた二人が興味を惹かれながら近づくと、アリサは剣呑な顔をして振り向いて、手に持った冒険者カードを突き出してきた。


「これ見なさい」

「どれどれ?」


 靖治が受け取り、イリスとともに表示された内容を覗き込む。



―――――――――――――――――――

 種別:ハーフエンジェル ランク:シルバー

 カルマ:ヘビィ


 クエスト発注数 0/0 0%

 クエスト受領数 0/0 0%

 裏切り回数 0

―――――――――――――――――――



「あっ、シルバーです。アリサさんと同じですね!」

「違う! あたしはさっき見たらゴールドに戻った! じゃなくてその下!!」


 暢気に明るい顔をするイリスに、アリサがドギツイ目をしてまくしたてる。

 まあ、アリサが言おうとしてるのは"ヘビィ"と表示された項目だろう。


「ナハト、ヘビィって悪いことでもしたの?」

「えっ!? えーと、その……アハハ?」


 靖治の問いかけに、ナハトは苦笑いを浮かべて誤魔化すのだった。

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