90話『餞別』
散歩していた靖治とイリスの二人が、旅人の馬を預かったりしている厩舎の裏をひょっこり覗いてみると、牧場の柵の前で馬と触れ合うガンクロスとメメヒトの姿があった。
二人共さっきまでと同じ格好だが、ガンクロスはなぜか両腰のデザートイーグルに加えて、後ろポケットにもう一丁の銃を銃口から突っ込んでいた。
「ガンクロスさん」
「ん? よぉ、さっきの今でどうした坊主ども」
声をかけながら二人が歩み出すと、ガンクロスとメメヒトが二人の声に気づいて振り返った。
ガンクロスは目は見えていないはずだが、足音と呼吸を頼りにして靖治たちの方へしっかりと顔を向けてくる。
「実はお金のほうが都合が付きまして、銃の弾を購入しとこうかと」
「おっ、本当か!? いやー、よかったな! しかしどうやった?」
「あの骨のモンスターに賞金が付いてたらしいんですよ」
「おー、そうかそうか。あんだけの難敵だもんなぁ。いや倒した甲斐あったじゃねえか、お手柄だな嬢ちゃん!」
「ハイ! 靖治さんのお役に立ててよかったです!」
ガンクロスは自分のことのように喜んでくれて、ガハハと声を上げて笑ってみせた。妻のメメヒトも静かに笑いながら「みんな良かったわねぇ」と口をそろえる。
「えーと、銃弾な。ここじゃぁなんだなぁ。オレらの宿教えとくから後で来な」
「わかりました」
靖治がガンクロスから宿の場所を教えてもらっているあいだ、イリスは馬の前にゆっくりと歩み出て、その馬の顔をじっと見つめていた。
虹の瞳がまっすぐ向けられるのに対して、馬は彼女の色合いと不思議そうに見つめ合ってから、やがて気をそらして舌で口の周りを拭った。
その光景を横から見ていたメメヒトが、イリスに声をかけた。
「イリスちゃん、お馬さんが気になるの?」
「ハイ。片方は守れませんでした」
少し硬い声を出すイリスに、話し終わった靖治とガンクロスも顔を向けた。
イリスは一歩下がって靖治の隣に立つと、ガンクロス夫妻へと口を開く。
「ガンクロスさんとメメヒトさんは、宿から馬の様子を見に戻ってきたのですか?」
「あぁ、ジミーのやつ片割れがやられちまって、どうにも元気がねえみたいだからよ」
そう言いながらガンクロスがで馬に近寄って顔を撫でた。
生き残ったジミーという名の馬は、ガンクロスの手に大人しく頭を差し出しているが、その様子は以前より少し覇気がないように感じられた。
「こいつ一匹で馬車引かすのは無理だし、早いとこ新しい相棒を見繕って仲良くさせてやらにゃあな」
それを聞いてイリスは少しだけ眉を下げた。
近しい者の死が、生きている者の心を痛ませることを知っていた彼女は、ガンクロスたちに背を屈めて頭を下げる。
「……すみません、あそこで私が防げてれば、馬は死なずに済みました」
「えっ、あっ!? 頭下げてんのか!? いやいや、気にすんなって! 生き残れただけでも十分ラッキーだ」
「そんなに謝らなくても大丈夫よイリスちゃん」
気のいい夫婦は慌ててイリスに顔を上げさせる。
「この前の骨は守護者が出張ってこなかったってことは、オレら下々の者でなんとかできる範囲だったんだろうが……それでもあの難所をしのげる冒険者はそう多くねぇ。最初は心配だったがお前らに頼んで良かったってマジで思ってる。報酬はなしにしたが、オレもメメヒトももう気にしてねえよ。命懸けで戦ってくれて感謝してるくらいさ」
「えぇ、セイジくんもイリスちゃんもありがとうね」
ガンクロスたちに対して、どう返せばいいかわからないイリスに変わって、靖治が「いえ、とんでもありません」と謙遜しながらイリスの細い肩を優しく叩いた。
「良かったねイリス、許してもらえて」
「許された……んでしょうか?」
「おうよ、モチよモチ! いやまぁ、馬代のこと考えると金欠でキチィが……」
「あなた、もう少し格好つけましょうよ」
やんわりとメメヒトに言われてしまい、ガンクロスは苦い笑いを浮かべて頭をかく。
靖治は小さな声でイリスに耳打ちして、「甘えられるところで甘えとこうよ。そういうのも大事だよ」と付け加えた。その声は無論ガンクロスにも聞こえていたが、何も言わずに見守った
「それじゃあ僕たちはそろそろ。後で出直しますね」
「あぁ、んじゃまたな」
踵を返しながら手を振る靖治の隣でイリスもペコリと頭を下げて、二人はその場から去ろうとした。
しかし手を振替していたガンクロスが、何事かに気付いてもう一度声を掛けた。
「っと、そうだ坊主! あとちょっといいか!?」
「? はい」
イリスに待っていてもらい靖治が引き返すと、ガンクロスもメメヒト置いて自分一人で靖治に歩み寄った。
「これからもお前さん、村から村へ旅して回るんだよな」
「えぇ」
「じゃあ、手ぇ出しな」
そう言ってガンクロスが後ろポケットから手渡してきたのは、黒くて軽い一丁の拳銃と、やけに長い空のマガジンが二つだった。
「グロックのフルオートモデルだ。使用弾は9mmパラベラム弾、装弾数は通常で17発、ロングマガジンなら33発撃てる。やるよ」
グロックの名前なら聞いたことがあった。靖治が生きていた時代でも有名だ。
その有用性からいくつかの国の機関でも採用されている名銃だが。
「いいんですか? お金の余裕はないんじゃ」
「いいんだよ、どうせこいつは売りもんじゃねえしな」
ガンクロスは、渋い顔をしてポリポリと頭をかくと理由を話し始めた。
「こいつはまあ、元から対人を想定した銃だ。つっても銃なんてほとんどそうなんだが、こいつは殺傷よりも負傷を目標としてて、モンスターや能力者相手には特に役に立ちにくい。
つまりは"無力な人間が化け物みてえなやつらから身を護るため"に銃を作ってるオレからすりゃぁ、あんま売りたくねぇのさ。こういう村のやつらに売るなら、拠点防衛に適した汎用機関銃とかアサルトライフルが良いし、ハンドガンを使うにしてもまだ使いやすいのがある。
こいつは大部分がポリマー使っててでバカ軽だが、そのぶん反動がモロに来るし、フルオートで調子乗れば一瞬で弾切れだ。要は初心者にゃ使いづらいんだよ、パンピー用じゃねぇ」
ポリマーとはプラスチックの一種だ。グロックはいくつかのパーツに金属ではなくこちらを使っており、大幅な軽量化がなされている。
しかしいかに強力とはいえ、それは靖治が住んででいた時代のような、普通の人間だけの世界での評価である、このワンダフルワールドではそれほどまで有効な代物ではないのだろう。
使っている銃弾も、ガバメントより貫通力や命中精度では上だが単純な破壊力では劣る。連射能力が高いとは言え、火力については正直不安だ。
「だが、死ぬ危険がある中、何の能力もねえのに一度も自分を見失わなかったお前なら上手く使えるかもなんて、まあそんな淡い希望だ。オレにとって作った銃は子供も同じだ。我が子を死蔵しとくのも忍びねえ」
ガンクロスは、靖治から数奇な運命を無意識のうちに感じていた。もしかしたらこの少年は、自分が予想だにしない旅路を辿るかも知れない。
それならば、この銃もまた彼になら使いみちがあるかもしれない。そう思ったガンクロスの親切心だった。
靖治はグロックの黒いボディをしげしげと見つめ、やがて学生服の裏ポケットにしまいこんだ。
「ありがとうございます、いざって時に使ってみますね」
「おうよ、まぁ頑張れよ。あっ! でも弾はタダじゃやんねえからな、後で買いに来い! オレらもちょっと懐やべえからマジで!」
「あはは。道中じゃ試し打ちでサービスしてもらいましたし、贔屓にしますよ」
焦った風に言うガンクロスに笑って返していると、突如として上空から大気が揺さぶられる重い音が聞こえてきて、二人が顔をあげると同時に日が遮られた。
巨大な竜の厳しい頭部が村の上空に逆行を浴びて現れる。かの『守護者』が青空に大きすぎる翼を広げていた。




